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第3章
【3-110】きっと誰にも分からない
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涙を拭う幼馴染をじっと見つめ、リアムは穏やかに質問を投げかけた。
「お前の目には、今の俺が不幸なように映っているのか?」
「……っ、それは、」
「薄情だと感じるかもしれないが、今の俺は不幸ではない」
言葉に詰まるキャサリンへ向けられた一言を聞き、俯いていた彼女は弾かれたように顔を上げる。リアムを凝視している翠眼は、信じられないというように大きく見開かれていた。
「ソフィアとランドルフの死に対しては、悲しいとも悔しいとも思っている。彼らには幸せになってほしかったし、やっと気持ちが通じ合って、これから子どもも生まれようというときに、さぞや無念だっただろうとも思う。あの二人の運命は、不幸だ。……だが、俺は不幸ではない」
「……ソフィーと添い遂げられなかったことは、不幸ではないと?」
キャサリンの声音は、無意識かもしれないが責めるような響きを孕んでいる。リアムは小さく溜息をつき、気だるげに首を振った。
「確かに、ソフィアと結婚できなかったことは、俺にとって不幸であったのは事実だ。両親を恨めしく感じたこともあったし、己の運命を呪ったこともある」
「だったら……!」
「だが、俺たちは五年間も顔を合わさなかったんだ。互いの状況を顧みれば当然かもしれないが、どうしても相手が必要だと思えば、常識を捨てて禁忌を犯すことも出来たはずだ。だが、そうしなかった。それが事実だ」
リアムの口調はいたって冷静で、怒りも詰りも含んでいない。しかし、キャサリンはまるで自分が叱られたかのような表情で狼狽える。
「ソフィーは、本当はリアと結婚したかっんですの。御両親に言われて仕方なく、ランドルフと結婚したはず。……あなたの手を取る道があったなら、きっとそうしたはずですわ」
「手段を選ばなければ、方法はいくらでもあった。ソフィアも、俺も、どちらもだ。キャシー、お前ならそれを痛いほど分かっているだろう」
「ソフィーは、わたくしほど強くもなければ、愚かでもないだけです!」
「ソフィアは弱くはないし、キャシーは愚かではない。……勘違いしないでほしいんだが、俺は別にソフィアを責めようとは思っていない。無論、キャシーのことも」
キャサリンは次第に感情的になっていったが、リアムはどこまでも冷徹な態度を崩さない。そんな幼馴染の冷静さを不思議に感じているキャサリンに対し、リアムは静かに言葉を続けた。
「確かに俺は不幸だったかもしれない。それは否定しない。──だが、その不幸の連鎖が無ければ、俺はキリエの騎士にはなれなかった」
「リア……」
「もしも家が没落していなければ、俺はじきにマデリン様の側近として召されていただろう。キリエがオズワルド様の子であると判明した流れが同じであったとしても、あいつの傍にいることは叶わなかったはずだ。そして、俺があいつの傍にいなければ、キリエは王都へ到着する前に賊に攫われていたかもしれないし、次期国王選抜時期に命を落としていたかもしれない」
リアムが語る可能性を聞き、キャサリンの顔色が蒼白くなる。絶句している彼女をじっと見据え、リアムは噛み締めるように言った。
「キリエは生きていてくれて、その隣に俺がいる。これは、至福の事実だ。もしも、これまでの不幸を全て無かったことにする代わりにキリエを差し出せと言われても、俺はその申し出を即座に蹴るだろう」
キャサリンは、微妙な面持ちで押し黙る。今しがたのリアムの発言は、たとえソフィアや両親の命が救えるとしても、キリエを犠牲にするなどありえないというものだった。側近騎士としては模範解答なのだろうが、それが上辺だけの言葉ではないのだと彼女は分かっているのだろう。昔からの友人であるからこそ、リアムの頑なな意志に戸惑っているのかもしれない。
「……キリエ様は素晴らしい御方だと、わたくしも思っておりますわ。お優しくて、純粋で、尊い御方。……ですが、リアがそこまで心酔するのはどうしてなのか、わたくしにはよく分かりません。最初の出会いから再会まで間が空いていたようですし、それでも、再会してすぐにあなたはキリエ様を至上の存在とされていた。一体、何があったというんですの?」
「……俺がキリエを何よりも尊重しているのは、そんなにおかしいことか?」
「いえ、そんな……! わたくし、そんなつもりでは、」
「いいんだ。世間的に見れば、俺がキリエに肩入れしすぎていると捉えられるのだと理解している。別にいい」
慌てて否定しようとするキャサリンをやんわりと制し、リアムは微笑を浮かべて首を振った。そして、どこか諦めたようでいて、しかし穏やかな声音で呟くように言う。
「俺がどんな気持ちでキリエの傍にいるのか、それはきっと誰にも理解できないことだ。あいつに伝える気も無いし、他の誰かに理解されたいとも思わない。……お前が思っていたような人間ではなくて、すまないな」
「いいえ。決して、そのようなことはございません」
そう言って首を振りながらも、キャサリンの瞳にはわずかな動揺が滲んでいる。それに気づかぬふりをして、リアムは隣室で眠っている主君の気配を探り、紫眼を伏せた。
「お前の目には、今の俺が不幸なように映っているのか?」
「……っ、それは、」
「薄情だと感じるかもしれないが、今の俺は不幸ではない」
言葉に詰まるキャサリンへ向けられた一言を聞き、俯いていた彼女は弾かれたように顔を上げる。リアムを凝視している翠眼は、信じられないというように大きく見開かれていた。
「ソフィアとランドルフの死に対しては、悲しいとも悔しいとも思っている。彼らには幸せになってほしかったし、やっと気持ちが通じ合って、これから子どもも生まれようというときに、さぞや無念だっただろうとも思う。あの二人の運命は、不幸だ。……だが、俺は不幸ではない」
「……ソフィーと添い遂げられなかったことは、不幸ではないと?」
キャサリンの声音は、無意識かもしれないが責めるような響きを孕んでいる。リアムは小さく溜息をつき、気だるげに首を振った。
「確かに、ソフィアと結婚できなかったことは、俺にとって不幸であったのは事実だ。両親を恨めしく感じたこともあったし、己の運命を呪ったこともある」
「だったら……!」
「だが、俺たちは五年間も顔を合わさなかったんだ。互いの状況を顧みれば当然かもしれないが、どうしても相手が必要だと思えば、常識を捨てて禁忌を犯すことも出来たはずだ。だが、そうしなかった。それが事実だ」
リアムの口調はいたって冷静で、怒りも詰りも含んでいない。しかし、キャサリンはまるで自分が叱られたかのような表情で狼狽える。
「ソフィーは、本当はリアと結婚したかっんですの。御両親に言われて仕方なく、ランドルフと結婚したはず。……あなたの手を取る道があったなら、きっとそうしたはずですわ」
「手段を選ばなければ、方法はいくらでもあった。ソフィアも、俺も、どちらもだ。キャシー、お前ならそれを痛いほど分かっているだろう」
「ソフィーは、わたくしほど強くもなければ、愚かでもないだけです!」
「ソフィアは弱くはないし、キャシーは愚かではない。……勘違いしないでほしいんだが、俺は別にソフィアを責めようとは思っていない。無論、キャシーのことも」
キャサリンは次第に感情的になっていったが、リアムはどこまでも冷徹な態度を崩さない。そんな幼馴染の冷静さを不思議に感じているキャサリンに対し、リアムは静かに言葉を続けた。
「確かに俺は不幸だったかもしれない。それは否定しない。──だが、その不幸の連鎖が無ければ、俺はキリエの騎士にはなれなかった」
「リア……」
「もしも家が没落していなければ、俺はじきにマデリン様の側近として召されていただろう。キリエがオズワルド様の子であると判明した流れが同じであったとしても、あいつの傍にいることは叶わなかったはずだ。そして、俺があいつの傍にいなければ、キリエは王都へ到着する前に賊に攫われていたかもしれないし、次期国王選抜時期に命を落としていたかもしれない」
リアムが語る可能性を聞き、キャサリンの顔色が蒼白くなる。絶句している彼女をじっと見据え、リアムは噛み締めるように言った。
「キリエは生きていてくれて、その隣に俺がいる。これは、至福の事実だ。もしも、これまでの不幸を全て無かったことにする代わりにキリエを差し出せと言われても、俺はその申し出を即座に蹴るだろう」
キャサリンは、微妙な面持ちで押し黙る。今しがたのリアムの発言は、たとえソフィアや両親の命が救えるとしても、キリエを犠牲にするなどありえないというものだった。側近騎士としては模範解答なのだろうが、それが上辺だけの言葉ではないのだと彼女は分かっているのだろう。昔からの友人であるからこそ、リアムの頑なな意志に戸惑っているのかもしれない。
「……キリエ様は素晴らしい御方だと、わたくしも思っておりますわ。お優しくて、純粋で、尊い御方。……ですが、リアがそこまで心酔するのはどうしてなのか、わたくしにはよく分かりません。最初の出会いから再会まで間が空いていたようですし、それでも、再会してすぐにあなたはキリエ様を至上の存在とされていた。一体、何があったというんですの?」
「……俺がキリエを何よりも尊重しているのは、そんなにおかしいことか?」
「いえ、そんな……! わたくし、そんなつもりでは、」
「いいんだ。世間的に見れば、俺がキリエに肩入れしすぎていると捉えられるのだと理解している。別にいい」
慌てて否定しようとするキャサリンをやんわりと制し、リアムは微笑を浮かべて首を振った。そして、どこか諦めたようでいて、しかし穏やかな声音で呟くように言う。
「俺がどんな気持ちでキリエの傍にいるのか、それはきっと誰にも理解できないことだ。あいつに伝える気も無いし、他の誰かに理解されたいとも思わない。……お前が思っていたような人間ではなくて、すまないな」
「いいえ。決して、そのようなことはございません」
そう言って首を振りながらも、キャサリンの瞳にはわずかな動揺が滲んでいる。それに気づかぬふりをして、リアムは隣室で眠っている主君の気配を探り、紫眼を伏せた。
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