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第3章

【3-100】両隣国に不足しているもの

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「あははっ! なんだお前、兎みてぇな奴だな。そんなに心配すんなよ。話し合いが決裂してたら、ここに来てねーっての」
「安心してください、キリエ。険悪な空気になど、まったくなっていませんから」
「そうでしたか……、よかった」

 ジェイデンが両隣国を支配する企みを持っているとは考え難かったが、今回の談話が相当に重要な役割を担っている以上、どんな流れになったのかが不安だったのだ。結果的には互いにとって良い展開になったようで、キリエは肩の力を抜く。均衡を崩して倒れそうになったその身体を、リアムが支えた。

「キリエ様、そろそろこの体勢はお辛いのでは……」
「いいえ、もう少しこのままでお願いします」

 リアムの気遣いに対し、キリエは首を振る。だが、リツとチェットとジャスミンはそれぞれが心配そうに首を傾げた。

「キリエ、無理しなくてよいのですよ」
「そうだぜ。アンタが調子悪ぃってのは、オレたちも分かってんだから。寝とけ寝とけ」
「そうよ。ほら、キリエ。ちゃんと寝て」
「わ……っ」

 最終的にジャスミンがキリエの肩を押し、傾いた身体をリアムの腕が抱き支えたうえで、そのまま寝かせる。
 確かにこのほうが身体が楽だとは思うのだが、自分だけが横たわり、皆から見下ろされるというのも、どこか気まずい。

「なんだか……、すみません……」
「気にすんなって。おい、リツ。長引くとキリエに負担がかかる。さっさと話しちまおうぜ」
「そうですね。では、キリエ、ジャスミン。端的に結論を申し上げますと、三国で協力して魔族を退けた後は、それぞれ国交を正常化させ、助け合うということになりました。アルスもモンスも一度国へ話を持ち帰りますが、そのまま問題無く協約締結となるでしょう。後日また改めてウィスタリア王国を訪れ、正式な書面で署名を取り交わす運びとなりそうです」

 要点だけを並べて語ったリツはチェットをちらりと見たが、赤髪の青年はそのまま続けろと手で示した。語り手をリツに任せておいたほうが良いと思ったのだろう。リツは頷き、続きを話した。

「アルスにもモンスにもそれぞれ不足しているものがあり、両国間で補い合うことが出来ると確認しました。そして、我々がやり取りするためには、ウィスタリア王国を中継地点にする必要があるのです。そこで、ある一定額・一定量までの貿易は、関税を掛けずにウィスタリア王国内の決められた地で取引させていただく約束をジェイデン陛下にしていただきました。無論、最初に取り決めた以上の取引に関しては関税をお支払いしますし、ウィスタリア王国にも情報や物品の提供は行いますので、どこかの国に抜きん出た損得が発生しないようにいたします」

 キリエにはよく分からなかったが、リアムもジャスミンもダリオも成程と納得した表情をしている。学のある人たちから見て問題が無い取引なのであれば、きっと大丈夫だろう。そう判断したキリエは、疑問の声を上げずおとなしく頷いた。
 だが、チェットにはそれを見抜かれたらしい。モンスの頭領は、楽しそうに喉奥でくつくつと笑った。

「いやー……、ほんっと可愛い奴だなぁ。なぁ、アンタ、リアムって云ったか? 毎日毎日この小動物を観察してるの、楽しいだろ?」
「……私は、主君を小動物と認識してはおりませんので」
「おいおい、真面目くんかよ。まぁ、真面目くんだな。でもよぉ、小動物云々は抜きにしても、見てて飽きねぇだろ?」
「それは……、確かに、否定はいたしませんが……」

 リアムの返答を聞いたキリエは「えっ?」と銀眼を瞬かせたが、すぐに藍紫の瞳がそういう意味ではないと弁解すつような眼差しを向けてくる。そんな主従の視線の攻防をニヤニヤと眺めていたチェットだが、ふと表情を改め、リツの言葉を補足する説明を始めた。

「今のモンスはな、百五十年前に独立したときと比べると、人口が三分の一くらいになってる。所有している土地に対して、人間が少なすぎるくらいだ。その理由はな、モンスが自然の力に頼りすぎたことにあるのさ。……大自然の力だけでは治せねぇ病や怪我は多い。だが、文明を置き去りにしてきたオレたちは、治療方法なんか知らねぇんだ。だから、これまでに多くの民が死んじまった」

 チェットの言葉に頷き、リツも深刻そうに眉根を寄せる。

「逆に、私たちアルス市国は、医療やその他の技術は非常に発展しています。貴方がたには想像できないかもしれませんが、顔が見えないほど遠くにいる相手と話ができる電話や、馬よりも早く走り多くの人間を乗せることが出来る汽車、馬が引かなくとも走ることが出来る車など、そういった様々な便利なものを発明しています。……ただ、そのぶん、大自然の力を失いすぎました。植物が減り、空気が汚染され、自然の中から採掘できる資源がかなり少なくなってしまったのです」
「そういうこった。……魔族との争いが無かったとしても、オレはウィスタリアに助けを求めるつもりでいた。頭が固ぇジジイ共の中には、恥さらしとオレを罵る奴もいるがな。大事な民の命を守るためなら、恥なんかいくらだって晒してやるってんだ」

 鼻息荒く語るチェットの横顔を見つめるジャスミンの瞳に変化があり、それに気づいた赤髪の男は不思議そうに見つめ返した。

「ん? どうした? 今のは何も失礼じゃなかったと思うけど」
「ええ、失礼なんかじゃないわ。ビックリしただけなの。……あなた、意外と深く考えていて優しい人なのね」

 一瞬目が点になったチェットだが、すぐに吹き出し、愉快そうに大声で笑い始めた。
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