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第3章
【3-99】来訪の目的
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「まぁ、とにかく、アンタや妖精人に嫌悪感なんか無ぇよ。──だが、魔族とやらはダメだ」
「ええ、私も同感です。……さて、キリエとジャスミンにも、我々の所へ届いた密書についておはなししなければなりませんね」
密書と聞き、キリエはハッとして入口のほうを見る。そういえば、客人たちをここまで案内してきたのはリリーなのだ。いずれは彼女も知ることになるだろうが、妖精人だの魔族だのといった機密事項を平然と口に出して大丈夫だっただろうか。
扉はきちんと閉ざされており、リリーが入室していた気配も無い。おそらく、何も聞かれていないだろう。
「急に小動物みてぇな警戒して、どうした?あの年齢不詳の可愛い姉ちゃんなら、オレたちを案内してきただけで、オレたちが部屋に入った時点でドア閉めてたし、何も聞こえてねぇと思うぜ」
キリエの懸念を読み取ったのか、チェットが明るく言った。彼が言う「可愛い姉ちゃん」はリリーを指しているのだろう。
「大丈夫ですよ、キリエ。私も一応はその辺りを気にしておりましたし、そもそも貴方がたの側近もいらっしゃるのです。私たち以上に気を張っておられるはずですよ」
おっとりとしたリツの言葉に頷き、キリエはリアムを見上げる。すぐに視線が交わった藍紫の瞳は、大丈夫だと告げてきた。
確かに、リツの言う通りだ。聡く警戒心も高いリアムであれば、その程度の配慮は当然のようにしているだろう。改めて安心したキリエは、本題へ切り込んでゆくことにした。
「そちらに届いた密書には、どのようなことが書かれていたのですか?」
客人たちは視線を交わらせたが、キリエの問いへ答えを返してきたのはリツだった。
「今から約千年前にウィスタリア中大陸で何が起きていたのかを詳細に記してあり、アルス市国も無関係ではない、ウィスタリア王国の一部として滅ぼされる覚悟はあるか、と問いかけてきているものでした。モンス山岳国にもほぼ同じ文書が届けられたそうです」
キリエは神妙な面持ちで頷いたうえで、次の質問を差し出す。
「悪戯ではないかと疑ったりはしなかったのですか?」
これに答えたのは、チェットだった。
「悪戯だって思えねぇ情報も一緒に書かれてたんだよ。流石にここで言うわけにはいかねぇ内容でさ、ごく一部の限られた者しか知らない情報なんだ。それを部外者に把握されてるなんて、とんでもねぇ話だ。それに、その手紙の届けられ方も不気味だったぜ。オレの枕元に黒い羽があって、手に取ったら手紙に化けやがった」
「アルスに届いたものも同様です。王族の一部しか知らない機密が書き添えられていて、更には国王の枕元に黒い羽があって文書へ変化したのも同じです。……ジェイデン陛下の元に届いた怪しげな文書も、やはり枕元の黒い羽だったそうですね」
似たような内容、同じような届け方をされた、三通の密書。先程のライアンから聞いた話も併せて考えれば、その差出人は全てカインなのだろう。
「その手紙が本物だと思ったとして、どうしてわざわざウィスタリア王国まで来たの? しかも、手紙を受け取ってから割とすぐに来訪を決めたんでしょ? ──この国に何かあると、疑っているの?」
そう言ったジャスミンは、リツとチェットそれぞれ平等に探りの眼差しを向ける。彼女の母はアルス市国の姫君ではあるが、ジャスミン自身としてはウィスタリア王国の者であるという意識が強いのかもしれない。もしもリツがウィスタリア王国へ敵意を向けるのであれば、容赦なく歯向かうはずだ。
しかし、リツは温和な雰囲気を少しも崩さず、穏やかに首を振る。
「妙な文書の裏で手を引いているだとか、密かに魔族と繋がっているのではないかとか、そういった疑いをウィスタリア王国へ向けているわけではありません。必要があれば、共に手を取り合って不気味な脅威へ立ち向かうべきだとも思っています。これは私個人の見解ではなく、アルスの国王も同意見です。──ただ、そのためにも、どうしても確かめておかねばならないことがありました。だからこそ、こうして急いで駆けつけたわけです」
リツの言葉が途切れると、今度はチェットがさばさばと語り出した。
「モンスも、そうだ。つまり、文書の中で最高に気になる部分……『ウィスタリア王国の一部』ってのを、きちんとケジメつけておきたかったってゆーか……、まぁ、あれだ。要は、モンス山岳国は百五十年前にウィスタリア王国から完全に独立したつもりでいるからさ、いまだにこっちの国の『一部』って認識をされるのは嫌だなって話さ」
「そう、そこが気掛かりでした。元々アルス市国はこちらと国交を正常化させるつもりで動いておりましたが、その認識に齟齬があると困るのです。この中大陸には三国が在る、という感覚を失っていただくわけにはまいりませんので」
どちらも口調こそは落ち着いているが、チェットもリツも真剣な眼差しだ。
得体の知れない文書ではあるものの、海を越えた先の国から戦を仕掛けられようとしているという予感を感じた両国は、立ち向かうためには三国の結束が重要だと瞬時に考えたのだろう。それにあたり、手を取り合うことが独立解消と捉えられては困る、自分たちの国がウィスタリア王国に吸収されてしかるべき小国と思われるのは遺憾だ、という意識も抱いた。だからこそ、直接顔を合わせて腹を割って話すためにやって来たのだろう。
キリエは緊張を高め、口腔内に湧いていた生唾を嚥下してから、恐る恐る問いかけた。
「それで……、話し合いはいかがでしたか?」
「ええ、私も同感です。……さて、キリエとジャスミンにも、我々の所へ届いた密書についておはなししなければなりませんね」
密書と聞き、キリエはハッとして入口のほうを見る。そういえば、客人たちをここまで案内してきたのはリリーなのだ。いずれは彼女も知ることになるだろうが、妖精人だの魔族だのといった機密事項を平然と口に出して大丈夫だっただろうか。
扉はきちんと閉ざされており、リリーが入室していた気配も無い。おそらく、何も聞かれていないだろう。
「急に小動物みてぇな警戒して、どうした?あの年齢不詳の可愛い姉ちゃんなら、オレたちを案内してきただけで、オレたちが部屋に入った時点でドア閉めてたし、何も聞こえてねぇと思うぜ」
キリエの懸念を読み取ったのか、チェットが明るく言った。彼が言う「可愛い姉ちゃん」はリリーを指しているのだろう。
「大丈夫ですよ、キリエ。私も一応はその辺りを気にしておりましたし、そもそも貴方がたの側近もいらっしゃるのです。私たち以上に気を張っておられるはずですよ」
おっとりとしたリツの言葉に頷き、キリエはリアムを見上げる。すぐに視線が交わった藍紫の瞳は、大丈夫だと告げてきた。
確かに、リツの言う通りだ。聡く警戒心も高いリアムであれば、その程度の配慮は当然のようにしているだろう。改めて安心したキリエは、本題へ切り込んでゆくことにした。
「そちらに届いた密書には、どのようなことが書かれていたのですか?」
客人たちは視線を交わらせたが、キリエの問いへ答えを返してきたのはリツだった。
「今から約千年前にウィスタリア中大陸で何が起きていたのかを詳細に記してあり、アルス市国も無関係ではない、ウィスタリア王国の一部として滅ぼされる覚悟はあるか、と問いかけてきているものでした。モンス山岳国にもほぼ同じ文書が届けられたそうです」
キリエは神妙な面持ちで頷いたうえで、次の質問を差し出す。
「悪戯ではないかと疑ったりはしなかったのですか?」
これに答えたのは、チェットだった。
「悪戯だって思えねぇ情報も一緒に書かれてたんだよ。流石にここで言うわけにはいかねぇ内容でさ、ごく一部の限られた者しか知らない情報なんだ。それを部外者に把握されてるなんて、とんでもねぇ話だ。それに、その手紙の届けられ方も不気味だったぜ。オレの枕元に黒い羽があって、手に取ったら手紙に化けやがった」
「アルスに届いたものも同様です。王族の一部しか知らない機密が書き添えられていて、更には国王の枕元に黒い羽があって文書へ変化したのも同じです。……ジェイデン陛下の元に届いた怪しげな文書も、やはり枕元の黒い羽だったそうですね」
似たような内容、同じような届け方をされた、三通の密書。先程のライアンから聞いた話も併せて考えれば、その差出人は全てカインなのだろう。
「その手紙が本物だと思ったとして、どうしてわざわざウィスタリア王国まで来たの? しかも、手紙を受け取ってから割とすぐに来訪を決めたんでしょ? ──この国に何かあると、疑っているの?」
そう言ったジャスミンは、リツとチェットそれぞれ平等に探りの眼差しを向ける。彼女の母はアルス市国の姫君ではあるが、ジャスミン自身としてはウィスタリア王国の者であるという意識が強いのかもしれない。もしもリツがウィスタリア王国へ敵意を向けるのであれば、容赦なく歯向かうはずだ。
しかし、リツは温和な雰囲気を少しも崩さず、穏やかに首を振る。
「妙な文書の裏で手を引いているだとか、密かに魔族と繋がっているのではないかとか、そういった疑いをウィスタリア王国へ向けているわけではありません。必要があれば、共に手を取り合って不気味な脅威へ立ち向かうべきだとも思っています。これは私個人の見解ではなく、アルスの国王も同意見です。──ただ、そのためにも、どうしても確かめておかねばならないことがありました。だからこそ、こうして急いで駆けつけたわけです」
リツの言葉が途切れると、今度はチェットがさばさばと語り出した。
「モンスも、そうだ。つまり、文書の中で最高に気になる部分……『ウィスタリア王国の一部』ってのを、きちんとケジメつけておきたかったってゆーか……、まぁ、あれだ。要は、モンス山岳国は百五十年前にウィスタリア王国から完全に独立したつもりでいるからさ、いまだにこっちの国の『一部』って認識をされるのは嫌だなって話さ」
「そう、そこが気掛かりでした。元々アルス市国はこちらと国交を正常化させるつもりで動いておりましたが、その認識に齟齬があると困るのです。この中大陸には三国が在る、という感覚を失っていただくわけにはまいりませんので」
どちらも口調こそは落ち着いているが、チェットもリツも真剣な眼差しだ。
得体の知れない文書ではあるものの、海を越えた先の国から戦を仕掛けられようとしているという予感を感じた両国は、立ち向かうためには三国の結束が重要だと瞬時に考えたのだろう。それにあたり、手を取り合うことが独立解消と捉えられては困る、自分たちの国がウィスタリア王国に吸収されてしかるべき小国と思われるのは遺憾だ、という意識も抱いた。だからこそ、直接顔を合わせて腹を割って話すためにやって来たのだろう。
キリエは緊張を高め、口腔内に湧いていた生唾を嚥下してから、恐る恐る問いかけた。
「それで……、話し合いはいかがでしたか?」
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