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第3章
【3-67】若かりし頃の罪
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◇
──夜。リアムは久しぶりの自室で机に向かいつつ、ジョセフが代行して処理していた書類に目を通していた。
「どれも問題なさそうだ。流石は、ジョセフ。あまり甘えてばかりにはなりたくないが、お前に任せておけば全て安心だと心底思う」
「勿体無いほどの御言葉を賜り、恐縮でございます」
白髪の量が随分と多くなった執事は、目を細めて軽く頭を下げる。そんな彼に書類の束を手渡しながらリアムは暫し逡巡し、静かに言った。
「……ジョセフ。戦争が起きるかもしれない」
「戦争、……ですか」
「ああ。その際には、お前に手伝ってもらうこともあるかもしれない。陛下に御相談申し上げてからにはなるが、もし騎士を戦争に出すための育成をするのであれば、お前の知識や経験があると良いと思うんだ」
「……」
ジョセフは答えず、唇を閉ざす。彼がリアムの言葉へすぐに反応しないことなど、滅多に無い。リアムは傍らに立つ男を不思議そうに見上げる。
「ジョセフ?」
「……リアム様、私はあまり王家へ関わらないほうがよいのではないかと存じます。……本来であれば、此処へキリエ様をお迎えしたときに、私は消えるべきだったのかもしれません。……いいえ、貴方が無事に王国騎士へなられた時点でそうするべきだったのでしょう」
「ジョセフ、何が言いたい?」
「リアム様は勘付いていらっしゃるのではないですか? ──かつて、私が犯した大罪のことを」
藍紫の瞳と灰色の瞳の視線が交わった。互いの心境を探る眼差しを無言で向け合っていたが、先に口を開いたのはリアムだ。
「それは、先々代国王陛下の暗殺のことか?」
「その通りでございます」
リアムの問いに対し、ジョセフは今度はすぐに答えを返す。リアムは動じることなく頷き、溜息を零した。
「……まぁ、なんとなく予想はしていた。王城内へ忍び込み、誰にも悟られず王の私室へ侵入し、暗殺を実行できる者など相当に稀有な存在だ。……お前の能力であれば可能なのではないかと、ジョセフの教えを受けながら考えたことは何度かあった」
「御明察の通りでございます。従いまして、私の身柄は、」
「それが真実だとして、それを今さら表沙汰にしてお前はどうしたいんだ? 悪いが、そんなお前の自己満足に構っていられるほど暇ではない。その件は、俺の胸の内に仕舞っておこう」
「リアム様……」
想定外のことを言われ、ジョセフは戸惑いを声に滲ませる。リアムは机上の新しい書類を手に取り、眺める振りを始めた。それらは今は処理する必要のないもののため、単なる誤魔化しの動作である。
「俺はまだ生まれていなかったから、詳しく知っているわけではないが、先々代の国王陛下が国民を苦しめ続けていたことは知っている。お前の罪を肯定すればいいのか、否定すればいいのか、俺には判断が出来ない。お前が人の命を奪ったことは事実だが、それによって救われた者が多いのもまた事実だ。……俺も、騎士として賊の命を斬り捨てたことは何度もある。人命を奪った経験があるという点では、俺もお前も変わらない」
「いいえ! それは違います、リアム様。貴方の正義は、決して私の行いのようなものではございません……!」
「お前だって、それが正義の行いだったんだろう?」
リアムは意味も無く手元の紙を何度も捲りながら、淡々と先を続けた。
「自ら思い立ったのか、誰かに頼まれたのか、そこまで追求するつもりもないし、知りたいとも思わんが。お前がそこまで思い切った行動に出たのなら、それは己の正義のためだったのだろうと思う」
「……」
「ただ、もしその行いを悔いていて、罪を償いたいというのなら、それこそ今の王家に貢献したほうがいい。そのほうが、よほど身になる罪滅ぼしだと思うがな」
ジョセフは、黙りこくる。様々な想いを渦巻かせている初老の男へ向けて、リアムはうっすらと笑った。
「最低なことを言うが、先々代の国王陛下のことなど、俺はどうでもいい。それよりも、今の王家の存続──、もっと個人的な感情を吐露すれば、キリエが生きていくこの国を、この地を、どうやってより良い形で守り保っていくべきかが重要なんだ。他の余計なことに煩わされたくない」
「リアム様……、私は今後もサリバン家に、……いいえ、貴方とキリエ様に、お仕えしてもよろしいのですか?」
「言っただろう? 俺は、今は余計なことに気を回している余裕は無い。この家のことも、十分に気に掛けていられないんだ。今お前がいなくなってしまっては、困る」
ジョセフは深々と頭を下げる。顔を上げろとリアムが手で促しても、初老の紳士はそのままの姿勢を保っていた。
「感謝を。心からの感謝を、申し上げます。……私は、現在の素晴らしいウィスタリア王家を壊したくございません。そして、何より、今のサリバン家の在り方をお守りしたい。そのために出来ることならば、何なりと、命を賭しても実行いたします」
「そうか。……キリエには、何も言わないでくれ。他の誰にも、言わなくていい。お前の罪は、俺があの世の果てまで持って行く」
「御意。……ありがとうございます、リアム様」
頭を下げ続けるジョセフの腕を宥めるように叩き、リアムは頷きながら笑った。
──夜。リアムは久しぶりの自室で机に向かいつつ、ジョセフが代行して処理していた書類に目を通していた。
「どれも問題なさそうだ。流石は、ジョセフ。あまり甘えてばかりにはなりたくないが、お前に任せておけば全て安心だと心底思う」
「勿体無いほどの御言葉を賜り、恐縮でございます」
白髪の量が随分と多くなった執事は、目を細めて軽く頭を下げる。そんな彼に書類の束を手渡しながらリアムは暫し逡巡し、静かに言った。
「……ジョセフ。戦争が起きるかもしれない」
「戦争、……ですか」
「ああ。その際には、お前に手伝ってもらうこともあるかもしれない。陛下に御相談申し上げてからにはなるが、もし騎士を戦争に出すための育成をするのであれば、お前の知識や経験があると良いと思うんだ」
「……」
ジョセフは答えず、唇を閉ざす。彼がリアムの言葉へすぐに反応しないことなど、滅多に無い。リアムは傍らに立つ男を不思議そうに見上げる。
「ジョセフ?」
「……リアム様、私はあまり王家へ関わらないほうがよいのではないかと存じます。……本来であれば、此処へキリエ様をお迎えしたときに、私は消えるべきだったのかもしれません。……いいえ、貴方が無事に王国騎士へなられた時点でそうするべきだったのでしょう」
「ジョセフ、何が言いたい?」
「リアム様は勘付いていらっしゃるのではないですか? ──かつて、私が犯した大罪のことを」
藍紫の瞳と灰色の瞳の視線が交わった。互いの心境を探る眼差しを無言で向け合っていたが、先に口を開いたのはリアムだ。
「それは、先々代国王陛下の暗殺のことか?」
「その通りでございます」
リアムの問いに対し、ジョセフは今度はすぐに答えを返す。リアムは動じることなく頷き、溜息を零した。
「……まぁ、なんとなく予想はしていた。王城内へ忍び込み、誰にも悟られず王の私室へ侵入し、暗殺を実行できる者など相当に稀有な存在だ。……お前の能力であれば可能なのではないかと、ジョセフの教えを受けながら考えたことは何度かあった」
「御明察の通りでございます。従いまして、私の身柄は、」
「それが真実だとして、それを今さら表沙汰にしてお前はどうしたいんだ? 悪いが、そんなお前の自己満足に構っていられるほど暇ではない。その件は、俺の胸の内に仕舞っておこう」
「リアム様……」
想定外のことを言われ、ジョセフは戸惑いを声に滲ませる。リアムは机上の新しい書類を手に取り、眺める振りを始めた。それらは今は処理する必要のないもののため、単なる誤魔化しの動作である。
「俺はまだ生まれていなかったから、詳しく知っているわけではないが、先々代の国王陛下が国民を苦しめ続けていたことは知っている。お前の罪を肯定すればいいのか、否定すればいいのか、俺には判断が出来ない。お前が人の命を奪ったことは事実だが、それによって救われた者が多いのもまた事実だ。……俺も、騎士として賊の命を斬り捨てたことは何度もある。人命を奪った経験があるという点では、俺もお前も変わらない」
「いいえ! それは違います、リアム様。貴方の正義は、決して私の行いのようなものではございません……!」
「お前だって、それが正義の行いだったんだろう?」
リアムは意味も無く手元の紙を何度も捲りながら、淡々と先を続けた。
「自ら思い立ったのか、誰かに頼まれたのか、そこまで追求するつもりもないし、知りたいとも思わんが。お前がそこまで思い切った行動に出たのなら、それは己の正義のためだったのだろうと思う」
「……」
「ただ、もしその行いを悔いていて、罪を償いたいというのなら、それこそ今の王家に貢献したほうがいい。そのほうが、よほど身になる罪滅ぼしだと思うがな」
ジョセフは、黙りこくる。様々な想いを渦巻かせている初老の男へ向けて、リアムはうっすらと笑った。
「最低なことを言うが、先々代の国王陛下のことなど、俺はどうでもいい。それよりも、今の王家の存続──、もっと個人的な感情を吐露すれば、キリエが生きていくこの国を、この地を、どうやってより良い形で守り保っていくべきかが重要なんだ。他の余計なことに煩わされたくない」
「リアム様……、私は今後もサリバン家に、……いいえ、貴方とキリエ様に、お仕えしてもよろしいのですか?」
「言っただろう? 俺は、今は余計なことに気を回している余裕は無い。この家のことも、十分に気に掛けていられないんだ。今お前がいなくなってしまっては、困る」
ジョセフは深々と頭を下げる。顔を上げろとリアムが手で促しても、初老の紳士はそのままの姿勢を保っていた。
「感謝を。心からの感謝を、申し上げます。……私は、現在の素晴らしいウィスタリア王家を壊したくございません。そして、何より、今のサリバン家の在り方をお守りしたい。そのために出来ることならば、何なりと、命を賭しても実行いたします」
「そうか。……キリエには、何も言わないでくれ。他の誰にも、言わなくていい。お前の罪は、俺があの世の果てまで持って行く」
「御意。……ありがとうございます、リアム様」
頭を下げ続けるジョセフの腕を宥めるように叩き、リアムは頷きながら笑った。
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