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第3章

【3-28】手離す痛みを知っているからこそ

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 馬車の間近まで戻ってきたのはルーナだけだった。隠密部隊の他の者たちは再び身を隠したようだ。

「ルーナ、怪我はありませんか?」

 扉を薄く開いて顔を覗かせた黒髪の女は、心配そうに発された言葉に対し目を細める。

「ふふ、相変わらず優しいねぇ、キリエは。私も、他の仲間たちも大丈夫さ。ちょいと掠り傷を負った奴もいるが、全く問題無い」
「ご無事だったのは何よりです。……その、……ありがとうございました」

 尋ねたいことは色々とあるが、どう切り出せばよいのかも分からず、キリエはとりあえず守ってもらえた礼を伝えた。襲撃してきた賊たちは恐らく死んだのだろうと考えてやや沈痛な面持ちになっている銀髪の青年を見下ろしたルーナは、あえて気さくな口調を崩さず、小さく笑う。

「何か訊きたいことがあるんじゃないかい? ふふ、キリエはすぐに顔に出ちまうのが可愛いねぇ」

 キリエに対する態度を改める気が皆無のルーナを、リアムはじとりと睨みつけたものの、文句は言わない。自身が敬語を崩していた姿を見られたことがあるだけに、口出ししづらいのだろう。主君が不快に感じている様子があれば話は別だろうが、キリエは元盗賊から敬われずとも全く気にしないのだ。
 むしろ、キリエが引っ掛かったのは他の部分だった。

「僕は可愛くはないと思いますが……童顔と言われがちですが、一応は成人していますし……」
「ははっ。成人してるったって、まだ二十年も生きていないじゃないか。私から見りゃあ、可愛いもんだねぇ。賊が死んだことに胸を痛めていることも含めてさ」
「……やはり、亡くなったのですね」
「まぁね。だが、そりゃあ仕方がないってもんさ。他人様の宝なり命なりを狙うってことは、それなりに危険が伴う。そんなの、賊のほうだって覚悟の上だ」
「……君も、覚悟をしていたのですか?」

 ルーナは感情の読めない微笑を浮かべ、馬車の扉の横あたりに凭れ掛かる。

「まぁね。……先に言っておくけど、私が王家に捕まったのは私の意思だ。キリエが気にするようなことじゃない」
「でも……」
「キリエ、貴方は守る価値がある宝だ。生きてこそ輝く、宝物。まぁ、人質を取られているとはいえ、王様に従って動くのもなかなか面白い。キリエの護衛も出来るしねぇ。私は満足しているよ」

 その言葉通り、ルーナは満足そうに笑った。しかし、聞き逃せない言葉を捉え、キリエは驚いて目を瞬かせる。

「ちょ、ちょっと待ってください。人質? もしかして、仲間がジェイデンに殺されかけているのですか?」
「いや。根っからの盗賊気質の奴らは牢獄にいるが、人質ってわけじゃない。事情があって私に従ってくれてただけの優秀な奴らは、今一緒に隠密部隊に加えてもらってるねぇ」
「じゃあ、人質というのは……」
「……息子さ」
「息子……さん?」
「ああ、人質といっても、別に捕まってるわけじゃない。息子は自由に生きているだろうさ。孤児院でだけどね。いやいや、今の王様は侮れないね。まさか、こっそり産んでた息子のことを突き止められるとは思わなかった」

 理解と気持ちが追い付かず、キリエは絶句した。そんな青年に代わり、リアムが問いかける。

「お前……、子どもがいたのか」
「子どもっていっても、私は産んだだけで、育ててはいないけどねぇ」

 そうは言いつつも、子どもの存在をジェイデンに知られたからと彼に従順になっているということは、ルーナにとってはそれだけ大切なのだろう。
 戸惑いの眼差しを向けてくる主従の顔を順に眺めながら、元盗賊の頭領は喉奥で小さな笑い声を上げた。

「そんなに興味があるのかい? 大した話じゃないけどねぇ。……私の部下がとんでもないことをやらかしたことがあってね、そこで危うく敵に回しかけたのが結構なお偉方の貴族様だった。王族に比べたらちっぽけな相手だけど、敵対したら裏競売の仕事がやりづらい奴だったのさ。で、だ。そいつは水に流す条件として、私が一月のあいだ愛人になることを望んだ。そんなことでいいのなら、と私は応じた。その期間中に授かったのが息子さ」

 何と言えばよいのか分からず、キリエは押し黙る。その隣にいるリアムも、流石に口ごもり、唇を閉ざした。そんな彼らを眺め、ルーナは鼻で嗤う。

「そんなに珍しい話じゃないだろう? こんなの、王都内でだってゴロゴロ転がってる話さ。まぁ、息子は可哀想だったかもしれないけどねぇ。少なくとも私は、あの男の愛人になったことも、息子を身籠ったことも、ちっとも不幸だとは思わなかったさ」
「……なぜ、自分で育てようとしなかったのですか?」
「私は盗賊の頭だった。危険の中に身を置いて生きているのに、赤子を連れ回せるもんか。だからといって、子どものために部下たちを見捨てるわけにもいかないし、私自身、何かに縛られず自由に生きていたかったのさ」
「──相手の貴族に託さなかったのか? 子の親はお前だけじゃない。その男にも責任はあるだろう」
「ちゃんとした奥さんも、後を継がせる子どももいる貴族が、盗賊の女が産んだ子どもを引き取るもんか。むしろ、事前に堕ろすか、産んだら殺せとすら言われたよ。だから、殺したことにして孤児院に任せたのさ。あいつの子だなんて、きっと誰も思わないだろう」

 痛ましい顔をしている男たちに対し、ルーナの表情はさっぱりとしている。それは決して無理をしているものではなく、自然体だった。

「時々、寄付金を置きがてら顔を見てさ、ああ、それなりにちゃんと育っているのかって確認するのが楽しみだった。親がいない不幸はあるだろうが、あんな男とこんな女が親だって知る不幸よりはマシだろう。少なくとも、私はそう思うねぇ。……子どもを孤児院なり教会なりに託す親の全員がそうとは言わないが、子を手離す側はそれなりに愛着を持っていたりするもんさ。私だって、こんな人間だが、ちっぽけな母性はあった。腹を痛めて産んだし、そもそも十ヶ月も自分の身体の中で育ててたんだ。手離すのが惜しくなかったわけないじゃないか」

 そう呟いた彼女は、今まで見たことがないような穏やかな眼差しをキリエへ向ける。その黒い瞳には、確かに母性が滲んでいるように思えた。

「だからさ、キリエ。憎もうが恨もうが自由だし、考えを押しつけるつもりじゃないが、貴方の母親もきっと、何かどうしようもない事情があったんだろうさ。……こんなに可愛い子を、好きで手離したりしない」

 ジェイデンは今回のキリエの遠征の目的をルーナに打ち明けてはいないだろうし、彼女もそれを探ったりはしないだろう。だから、今このときにこういった話が出たのは偶然のはずだ。キリエが孤児だったという事実を知ったうえで聞かせた、他愛ない世間話のひとつ。
 しかし、ルーナが零した本音と打ち明け話は、キリエの胸の片隅を熱くした。その感情を確かめるように胸へ手を当てつつ、キリエは「ありがとうございます」と泣き笑いの顔で言った。
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