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第3章

【3-15】今はまだ敵わなくとも

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 リツを送り届けた後、キリエとリアムはそのまま王城入口へと向かい、エドワードが待機していた馬車へと乗り込んだ。ジェイデンや他の者たちには、晩餐会が終了した時点で挨拶してあるので、このまま帰宅して全く問題無い。

 長時間待機していた疲労など微塵も感じさせない笑顔で出迎えてくれたエドワードは主人たちの顔を見て何か思うところがあったのか、お疲れ様でしたと労った後すぐに御者台へと向かい、速やかに馬車を出発させた。

 馬車が動き出すやいなや、リアムは深い溜息をつく。リツの客室を出てからずっと強張った面持ちだった彼だが、ようやく少しだけ気を抜いたようだ。

「お疲れ様でした、リアム。君はずっと飲まず食わずでしたし、辛かったですよね。お屋敷に戻ったら、ゆっくりと休んでください」

 従者であるリアムたち側近騎士はずっと給仕役を務めていたため、食事どころか水も飲めない状態が長時間続いていたのだ。その疲れが強く出ているのだろうと考えたキリエからの労いを受けたリアムは一瞬だけ戸惑いの色を浮かべたが、すぐに表情を緩めて苦笑する。

「俺は大丈夫だ。王国騎士は、職務の都合上、飲食が出来ない状態が続こうと、腰を下ろせない状態が続こうと、ある程度の長時間は平気なように鍛えている。今日程度の任務なら、何も問題は無い。……キリエのほうこそ、疲れただろう? よく頑張ったな」
「いえ、僕は君ほどではありませんよ。ジェイデンやジャスミンのフォローもありましたし、リツも優しい人でしたから、思っていたほど気疲れしたわけではありません。……でも、リアムはずっと浮かない顔をしています。リツを送り届けてから、ずっと」
「そうか……?」
「そうです。騎士だって人間なのですから、疲れるのは当たり前です。僕たちは主従である以前に、友人であり、家族でしょう? 疲れているのを隠して無理されたくなんてありません」

 心配そうに見上げるキリエの銀髪に手を伸ばし、ゆっくりと撫でながら、リアムは苦笑を柔らかな微笑へと変えていった。

「ありがとう、キリエ。確かに少しも疲れていないと言えば嘘になるが、俺は本当にそこまで疲弊しているわけではないんだ。──ただ、俺の表情が硬かったと云うのなら、それは、まぁ、気掛かりを隠せていなかったということになるな」

 リアムの言葉に嘘は無いだろう。そう思ったキリエは、藍紫の瞳をまっすぐに見つめて問いかけた。

「その気掛かりは、リツに関することですか? ……僕は、彼はとても良い人だと感じました。でも、リアムは違うように感じたのでしょうか?」

 キリエは、リアムの警戒心を信じると彼自身に約束している。そのため、キリエから見たリツがいかに善人であろうと、リアムが疑いの目を向けるのであればそれに従うつもりだ。
 しかし、リアムは穏やかに首を振った。

「いや、リツ様に関しては、現時点では特に警戒する必要は無いように感じる。少々風変わりな御人ではあるが、ウィスタリア王国に敵意を抱いているようには見えないし、キリエと友好的に接している姿に偽りは無いように感じた」
「そうですか……、良かった。それならば、君の気掛かりとは一体……?」
「それは、……リツ様が持っていらっしゃった拳銃という武器のことだ」

 見慣れぬ形をした鉄の塊のようなもの──、拳銃。どのように使用するのかはキリエにはよく分からなかったが、それが恐ろしい物であることは伝わってきた。

「あのような武器は、見たことがない。かつての戦争時には大岩を投擲していたらしいが、それは互いに敵陣を落とすための大掛かりなもので、あのような小型のものではない。それに、金属の弾が超速で発射されるなど……、弓矢よりも速いのだろう。──そう考えたとき、俺は今のままではいけないと思った」
「……えっ?」
「俺は今まで、剣の腕を鍛えれば強くなれると思っていた。そう考えて懸命に鍛錬に打ち込み、ジョセフには敵わないものの、国内の騎士の中では誰にも負けない自信を持てるところまでは成長した。──だが、剣だけでは勝てない存在が続々と現れる。今のままでは、お前を守りきれない可能性もある。それが怖い」

 切々と訴えかけるようなリアムの言葉の中で、キリエが引っ掛かりをおぼえたものがあった。

「続々と……? けんじゅう、の他にも何かありましたか?」

 リアムはハッとしたような表情を浮かべる。しまった、と言いたげな顔だ。彼としては、キリエに気づかれたくない部分だったのだろう。

「……キリエ。俺は、キリエを本当に大切に思っているし、奇異の目を向けているつもりもない」
「分かっていますよ。ちゃんと、分かってます。だから、何でも言ってください」

 リアムがキリエに対しての悪意など一欠片も抱いていないことは、重々わかっている。小さく笑ったキリエが促すと、リアムは静かに言った。

「……キリエの、不可思議な力もそうだ。キリエだけではなく、他にもあの力を使える者がいたとして、そしてそれが敵だったとするならば、俺はどう立ち向かえばいいのか。リツ様の拳銃のような、見たことがない武器で攻められたとき、どう立ち振る舞うべきなのか。……どうしたらお前を守れるのか、ずっと考えていた」

 もしも、キリエが本当に妖精人エルフの血を継いでいるのであれば、あの不思議な現象が妖精人の特性のひとつで妖精人が敵対する存在であったとするならば。
 もしも、アルス市国の中にウィスタリア王国を攻めたいと考えている者がいるならば、見知らぬ武器を持った多勢に攻め入られてしまったとするならば。

 ──そういった想像が現実のものになってしまったのなら、確かに、リアムの剣の腕ひとつでどうにかならない場面が出てきてしまうのかもしれない。夜霧の騎士が憂いているのも、理解できる。

「……君ひとりでどうにも出来ないときに、僕の力が加わることで乗り越えられたらいいですよね」

 キリエの呟きを聞き、リアムは目を瞠った。

「僕が何者であるのかが分かって、よく分からない力を僕が自分で制御できるようになれば、それも可能になるのかもしれません」
「キリエ……」
「言ったでしょう? 君が僕を守ってくれると言ってくれるのは嬉しいですが、僕だって同じように思っています。君の心が挫けそうなときには、僕が支えになりたいのです。君が、そうしてくれたように」

 馬車内の薄暗闇の中、藍紫の瞳に光が戻ってくる。彼の目をまっすぐに見つめながら、キリエは笑みを深めた。

「一緒に考えていきましょう。今すぐに答えは見つからなくても、二人で一緒に考えれば、きっと道は拓けていくはずです」
「……ああ、そうだな」

 リアムはキリエの手を取り、その甲へそっと額を押し当てるのだった。
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