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第2章

【2-114】たくさんの感謝と祝福を

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「えっ……、キリエ様、こちらはリアム様へお渡しするのでは?」

 差し出された小箱を見て、キャサリンは戸惑いながら緑の瞳を瞬かせる。

「はい、リアムにも渡します。でも、これはキャシーにお渡ししたいです。今日はショコラフェスタ、大切な人に感謝を伝える日なのですよね? ……まぁ、これは半分以上はキャシーが作ってくださったようなものですが」

 そう言いながら、キリエはキャサリンの白い手を取って小箱を乗せた。

「キャシー、いつも美味しいごはんやおやつを作ってくださってありがとうございます。僕にも馴染みのある野菜を多めに使ってくださったり、量を加減してくださったり、キャシーが優しく気遣ってくれるから、僕はちゃんと食事をとれるようになってきました。僕からの感謝の気持ちとして、受け取っていただけると嬉しいです」
「まぁ……、キリエ様。ありがとうございます。喜んで受け取らせていただきますわ」

 キャサリンは小箱を両手でそっと包み込み、瞳をうっすら潤ませる。

「わたくし、こんなに嬉しいショコラは初めてですわ。大切にいただきます。わたくしも午後にショコラのお菓子を色々とご用意いたしますので、ぜひ召し上がってくださいませ」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね。──では、次はノアに」
「えっ、自分にもいただけるのですか……?」
「勿論です! あと、セシルと、エドにも!」

 次々に小箱へトリュフを詰めたキリエは、感謝の気持ちを告げながら使用人の手のひらへ順に乗せていった。

「ノア、いつも丁寧に接していただいてありがとうございます。ノアが洗濯してくださった服に袖を通した瞬間の良い匂い、とっても気持ちいいです。セシル、いつも優しく励ましてくださって、ありがとうございます。セシルが細かくお掃除や管理をしてくださっているお屋敷で過ごしていると、とっても安心するのです。エドも、いつも元気を分けてくれてありがとうございます。公務で疲れていても、君の笑顔に迎えてもらえると幸せな気持ちになります。みんなが支えてくれるから、僕はここでしっかりとした生活が出来ているのだと思います。本当に、ありがとうございます」

 はにかみながらキリエが一礼すると、使用人たちも深々と頭を下げる。

「キリエ様の御厚意、ありがたく頂戴いたします。心より感謝申し上げます。自分もお渡ししたいショコラがございますので、後程お持ちいたします」
「ボクも後でショコラをお渡ししますね。本当にありがとうございます、キリエ様。こちらこそ、いつもキリエ様のあたたかな御心と笑顔に感謝しているんですよ」
「オレも! キリエ様がいらしてから、このお屋敷の空気がとっても明るくなったっす。本当にありがとうございます、キリエ様!」

 日頃から感謝の気持ちを抱いていても、近しい者であればあるほど、毎度その思いを言葉にするのは難しい。だからこそ、それを改めて伝え合うショコラフェスタは良い祭事だとキリエは感じる。
 そして、いつの日か、どんな国民でもショコラを口にすることが可能な豊かで優しい王国になり、ショコラフェスタが王都以外にも広まってゆくことを願った。

 和やかな空気が満ちている部屋へ、新たな来訪者たちがやって来た。──リアムとジョセフだ。

「嫌な空気ではないものの随分と賑やかだったように感じたから様子を見に来たんだが──、お前たち、何をしているんだ? ……おはよう、キリエ」

 リアムは不思議そうに首を傾げて皆を見渡し、最後にキリエと視線を合わせて朝の挨拶をする。

「おはようございます、リアム、ジョセフ」
「おはようございます、キリエ様。お早いお目覚めのようですが、彼らが何かご迷惑をおかけいたしましたか?」
「いいえ、違います! 今日は早く起こしてほしいと、僕からお願いしていたのです。……ということで、まずはジョセフにお渡ししますね」

 新たにトリュフを詰めた小箱を持ってジョセフへ近づいたキリエは、皺があって節くれ立っている手へそれを乗せた。いつも穏やかな執事だが、これには流石に驚いたようで目を瞠る。

「これは……、昨夜の。私がいただいてよろしいのですか?」
「はい。他の皆にもお渡ししたんです。今日は、大切な人へ感謝を伝えるショコラフェスタなのですよね? ジョセフ、いつも色々なことを優しく教えてくださって、あたたかく見守ってくださって、ありがとうございます」
「ああ……、キリエ様。ありがとうございます。なんと誉れ高いショコラでございましょうか。心より感謝を申し上げます」

 嬉しそうに目を細めるジョセフへ頷きを返し、キリエは再び寝台へ引き返した。そして、他の皆よりも一回り大きな箱に残りのトリュフを全て詰め、誕生日祝いのカードを乗せ、リアムへと差し出す。
 一連の出来事を気の抜けた表情で見ていたリアムは、唐突に差し出された贈り物を見下ろして驚き、何度も瞬きを繰り返した。

「リアム、お誕生日おめでとうございます! あと、いつも僕の傍にいてくれて、本当にありがとうございます。今の僕があるのは、全て君のおかげだと思っています。この胸にある感謝の気持ちは、どんな言葉でも言い表すことが出来ません。これからも、よろしくお願いします」

 呆然としたままプレゼントを受け取ったリアムは、その重みを感じたことで我に返ったのか、感じ入ったように箱を見つめてからキリエと視線を合わせ、幸せそうに微笑んだ。

「ありがとう、キリエ。とても嬉しい。本当に……、すごく嬉しくて、幸せだ」
「ふふっ、喜んでもらえたのなら良かったです。トリュフは不格好な仕上がりですが、殆どキャシーが作ってくださったようなものなので味は美味しいはずですよ」
「いいえ、それは違いますわ。リアム様、このトリュフはキリエ様が心を込めて作ってくださったものですの」

 キリエの謙遜を打ち消すように、キャサリンが言葉を挟んでくる。

「昨夜、一生懸命に作っていらしたのですよ。わたくしは、ほんの少しお手伝いをしただけですわ。ひとつひとつに気持ちを込めて、キリエ様が自らトリュフを丸めていらっしゃいました」
「私も、御傍についておりましたのでキリエ様の御奮闘を拝見しておりました。リアム様が御入浴中に、とても頑張っていらしたのですよ」
「お誕生日お祝いのカードも、めっちゃ一生懸命に書いていらっしゃいました! キリエ様の真心が大盛りっす!」
「いえ、そんな……」

 キャサリンに続き、ジョセフとエドワードも目撃証言を繰り出してきたため、キリエは照れくさくなって頬を赤く染めた。
 リアムは、まだ不慣れで不器用な上位文字で綴られているカードに目を通して頬を緩め、そっと懐にしまう。そして、箱の中の歪な形のトリュフをひとつ抓んで口の中へ放り込み、笑みを深めた。

「うん、すごく美味しい。キリエらしい、優しい味わいのショコラだな」

 嬉しそうに甘味を味わうリアムの姿を目の当たりにして、キリエもまた幸せそうに満面の笑みを浮かべるのだった。
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