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第2章
【2-108】王立教会の闇
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「大掃除……、ただの聖堂清掃ではなさそうですね」
「そうだな。綺麗に掃除しなくてはならないのは聖堂ではなく、聖職者なのだよ」
ジェイデンの言葉を受け、リアムはますます表情を引き締める。
王立教会に関しては、以前から王国騎士団内でも黒い噂が流れていた。唯一神への信仰を重んじているウィスタリア王国民として、聖職者を疑うのは良くないことだとされているため、表立って悪し様に言う者はいなかったが、有力貴族と裏取引をしているらしいという噂は定期的に発生している。
「次期国王選抜においての敵勢力を色々と調べていて辿り着いた情報なんだが、──王立教会の現在の大神父の弱みを握っている有力貴族がいるらしい。しかも、その有力貴族はライアンの後ろ盾のひとつだ。加えて、君も重々承知だろうが、次期国王選抜において上流貴族たちの投票受付場所は王立教会なのだよ」
「なるほど……、ライアン様に有利なように票数を操作できるというわけですか」
次期国王を決めるための大事な投票を教会が主体になって管理しているのは、神の前において平等で清く正しい結果を得るためだ。にも関わらず、唯一、王家と公式な繋がりを持っている王立教会が不正を働くなど、あってはならない。
「大神父の弱みが何かというのは、お伺いしても差し支えないのでしょうか?」
「僕はリアムを信頼している。当然、話すことは可能だが、君の耳が腐ってしまうかもしれないぞ?」
「私の耳であれば、いくらでも腐らせましょう。我が主に影響が出ないよう、何か対策が出来るのであれば心掛けたいものですから、よろしければお聞かせ願いたいです」
リアムの意志は固い。ジェイデンは頷いて了承したものの、なかなか言いづらいのか、打ち明ける前に茶を一口飲んで呼吸を整える。
「大神父の弱み、すなわち彼が犯している大罪は、──孤児の凌辱および殺害だ」
「……まさか、……そんな」
心の準備は整えていたはずだが、それでもリアムは驚きのあまり絶句した。
リアムはキリエほどではないが信心深く、その自覚もある。聖職者──しかも、王国内で最も立場が上位である聖職者・王立教会の大神父がそのような罪を犯しているとは考えたくもなかった。
「リアムも知っているだろう? 孤児を保護している教会の一部では、聖職者による性的虐待や、孤児に売春を強いる行為が頻発しているらしいと」
「……はい、存じております」
その問題を知っているからこそ、サリバン邸に来たばかりのキリエが「独りで寝ることに慣れていない」と発言したことに戸惑ったのだ。実際には、キリエは貧しいながらも大切に育てられており、彼が育ったマルティヌス教会は善良で清らかな場所だったのだが。
しかし、キリエはたまたま被害に遭っていなかっただけで、多くの孤児が男女問わず酷い目に遭っているのは事実である。
「大神父は変態貴族と組んで、誘拐してきた孤児を王立教会の地下室で弄んでいるそうだ。──そして、散々いたぶったあとは、川に投げ捨てているらしい。生き埋めならぬ生き流し。既に多くの孤児が性別を問わず犠牲になっているようだ。……下衆どもが!」
ジェイデンは金眼に怒りを滾らせ、衝動的にテーブルを叩こうとしたが、咄嗟に拳を収めた。大きな物音を立てて、隣室のキリエを驚かせてはならないと思ったからだろう。
リアムもまた、激しい憤りを感じてはいるが、声は出さずに奥歯を食いしばり、爪が食い込むほど拳を握りしめることで衝動を抑えた。
「道徳的にも人道的にも赦されざる、卑劣な悪魔的行為だ。ただでさえ許しがたいというのに、一歩間違えればキリエがその被害に遭っていたかもしれないと思うと、そう考えるだけで、頭がおかしくなりそうなほどの怒りが込み上げてくるのだよ」
「同感です」
「……ははっ。眼だけで人を殺せそうだぞ、君」
そう言って乾いた笑い声を上げるジェイデンもまた随分と凶悪な顔をしているが、リアムはそこへの言及は避ける。代わりに視線で先を促すと、ジェイデンは溜息をひとつ零し、冷静さを取り戻した口調で言葉を続けた。
「もう少しで確実な証拠が手に入る見込みがある。そうしたら、大神父と、彼と繋がっている貴族を吊し上げるつもりだ。まぁ、国民への影響も考えて、可能であれば罪状を誤魔化しつつ捕らえ、裏でしっかりと仕置きしてやりたいところなんだが……」
「それは……、相当に難しいでしょうね」
「だろうな。だから、状況と展開次第では、数人が行方不明になってしまうかもしれないな。あるいは、数名が自ら命を絶ってしまう可能性も、無いとはいえないな」
つまり、場合によってはジェイデンが抱える隠密部隊が暗躍するということだ。ジェイデンの言葉の裏に隠れている事柄を的確に読み取り、リアムは首肯した。
「承知いたしました」
「うん。……くれぐれも、キリエには悟られないように頼む。あの子は、とても信心深い。教会育ちということもあり、聖職者へ向けている信頼も厚い。大切な兄弟を、余計なことで傷つけたくはないのだよ」
「はい。……ですが、ジェイデン様。キリエ様も、ジェイデン様のことを大切な御兄弟だと思っていらっしゃいます。ジェイデン様に傷ついてほしくないと、同じように考えていらっしゃるのではないかと」
あまり無理をしないように、というリアムからの心配の言葉だ。分かっている、というように苦笑したジェイデンは、照れ隠しなのか唐突に焼き菓子へ手を伸ばした。そして、あえて行儀の悪い仕草でかじりつつ、飲み込む合間に言葉を発する。
「僕なら大丈夫だ。キリエのような純粋さはとうの昔に失ったし、腹黒い狸と渡り合うのにも慣れているのだよ。──月夜の人形会の件も、少しずつ調査を進めているんだが、あいつらの埃はなかなか拾えず苦戦している。リアムはとにかく、キリエの心身を守ることを何よりも優先してあげてくれ」
「……かしこまりました」
そう答えたリアムは、敬意を示すように深々と頭を下げて一礼した。
「そうだな。綺麗に掃除しなくてはならないのは聖堂ではなく、聖職者なのだよ」
ジェイデンの言葉を受け、リアムはますます表情を引き締める。
王立教会に関しては、以前から王国騎士団内でも黒い噂が流れていた。唯一神への信仰を重んじているウィスタリア王国民として、聖職者を疑うのは良くないことだとされているため、表立って悪し様に言う者はいなかったが、有力貴族と裏取引をしているらしいという噂は定期的に発生している。
「次期国王選抜においての敵勢力を色々と調べていて辿り着いた情報なんだが、──王立教会の現在の大神父の弱みを握っている有力貴族がいるらしい。しかも、その有力貴族はライアンの後ろ盾のひとつだ。加えて、君も重々承知だろうが、次期国王選抜において上流貴族たちの投票受付場所は王立教会なのだよ」
「なるほど……、ライアン様に有利なように票数を操作できるというわけですか」
次期国王を決めるための大事な投票を教会が主体になって管理しているのは、神の前において平等で清く正しい結果を得るためだ。にも関わらず、唯一、王家と公式な繋がりを持っている王立教会が不正を働くなど、あってはならない。
「大神父の弱みが何かというのは、お伺いしても差し支えないのでしょうか?」
「僕はリアムを信頼している。当然、話すことは可能だが、君の耳が腐ってしまうかもしれないぞ?」
「私の耳であれば、いくらでも腐らせましょう。我が主に影響が出ないよう、何か対策が出来るのであれば心掛けたいものですから、よろしければお聞かせ願いたいです」
リアムの意志は固い。ジェイデンは頷いて了承したものの、なかなか言いづらいのか、打ち明ける前に茶を一口飲んで呼吸を整える。
「大神父の弱み、すなわち彼が犯している大罪は、──孤児の凌辱および殺害だ」
「……まさか、……そんな」
心の準備は整えていたはずだが、それでもリアムは驚きのあまり絶句した。
リアムはキリエほどではないが信心深く、その自覚もある。聖職者──しかも、王国内で最も立場が上位である聖職者・王立教会の大神父がそのような罪を犯しているとは考えたくもなかった。
「リアムも知っているだろう? 孤児を保護している教会の一部では、聖職者による性的虐待や、孤児に売春を強いる行為が頻発しているらしいと」
「……はい、存じております」
その問題を知っているからこそ、サリバン邸に来たばかりのキリエが「独りで寝ることに慣れていない」と発言したことに戸惑ったのだ。実際には、キリエは貧しいながらも大切に育てられており、彼が育ったマルティヌス教会は善良で清らかな場所だったのだが。
しかし、キリエはたまたま被害に遭っていなかっただけで、多くの孤児が男女問わず酷い目に遭っているのは事実である。
「大神父は変態貴族と組んで、誘拐してきた孤児を王立教会の地下室で弄んでいるそうだ。──そして、散々いたぶったあとは、川に投げ捨てているらしい。生き埋めならぬ生き流し。既に多くの孤児が性別を問わず犠牲になっているようだ。……下衆どもが!」
ジェイデンは金眼に怒りを滾らせ、衝動的にテーブルを叩こうとしたが、咄嗟に拳を収めた。大きな物音を立てて、隣室のキリエを驚かせてはならないと思ったからだろう。
リアムもまた、激しい憤りを感じてはいるが、声は出さずに奥歯を食いしばり、爪が食い込むほど拳を握りしめることで衝動を抑えた。
「道徳的にも人道的にも赦されざる、卑劣な悪魔的行為だ。ただでさえ許しがたいというのに、一歩間違えればキリエがその被害に遭っていたかもしれないと思うと、そう考えるだけで、頭がおかしくなりそうなほどの怒りが込み上げてくるのだよ」
「同感です」
「……ははっ。眼だけで人を殺せそうだぞ、君」
そう言って乾いた笑い声を上げるジェイデンもまた随分と凶悪な顔をしているが、リアムはそこへの言及は避ける。代わりに視線で先を促すと、ジェイデンは溜息をひとつ零し、冷静さを取り戻した口調で言葉を続けた。
「もう少しで確実な証拠が手に入る見込みがある。そうしたら、大神父と、彼と繋がっている貴族を吊し上げるつもりだ。まぁ、国民への影響も考えて、可能であれば罪状を誤魔化しつつ捕らえ、裏でしっかりと仕置きしてやりたいところなんだが……」
「それは……、相当に難しいでしょうね」
「だろうな。だから、状況と展開次第では、数人が行方不明になってしまうかもしれないな。あるいは、数名が自ら命を絶ってしまう可能性も、無いとはいえないな」
つまり、場合によってはジェイデンが抱える隠密部隊が暗躍するということだ。ジェイデンの言葉の裏に隠れている事柄を的確に読み取り、リアムは首肯した。
「承知いたしました」
「うん。……くれぐれも、キリエには悟られないように頼む。あの子は、とても信心深い。教会育ちということもあり、聖職者へ向けている信頼も厚い。大切な兄弟を、余計なことで傷つけたくはないのだよ」
「はい。……ですが、ジェイデン様。キリエ様も、ジェイデン様のことを大切な御兄弟だと思っていらっしゃいます。ジェイデン様に傷ついてほしくないと、同じように考えていらっしゃるのではないかと」
あまり無理をしないように、というリアムからの心配の言葉だ。分かっている、というように苦笑したジェイデンは、照れ隠しなのか唐突に焼き菓子へ手を伸ばした。そして、あえて行儀の悪い仕草でかじりつつ、飲み込む合間に言葉を発する。
「僕なら大丈夫だ。キリエのような純粋さはとうの昔に失ったし、腹黒い狸と渡り合うのにも慣れているのだよ。──月夜の人形会の件も、少しずつ調査を進めているんだが、あいつらの埃はなかなか拾えず苦戦している。リアムはとにかく、キリエの心身を守ることを何よりも優先してあげてくれ」
「……かしこまりました」
そう答えたリアムは、敬意を示すように深々と頭を下げて一礼した。
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