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第2章

【2-51】不透明な血統

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 ◇


 一騎打ちが終わった後、見物していた騎士たちは退場させつつも、キリエたちは特別席に残っていた。城内の休憩室等へ移動してもよかったのだが、演練場は王城入口に近いため、そのほうが帰る際に楽だろうと考えたのだ。
 マデリンは凄まじい勢いで演練場を後にしてしまったため、彼女とは何も話せていない。ジェイデンとマクシミリアンと共に見ていた決闘について会話を交わしていたのだが、不意に金髪の王子が真剣な瞳でキリエを見つめてきた。

「なぁ、キリエ。今の一騎打ちとは全然違うことなのだが、少し真面目な話をしてもいいだろうか?」
「勿論です。……なんでしょうか?」
「君が読み上げていた挨拶なのだが……、君は本当に国王の座を目指さないのか? こういう国になってほしいという希望があるのなら、自身が国王になるのが手っ取り早いだろうに」

 ジェイデンの金色の瞳には、悪意などは一切無い。ただひたむきにキリエの真意を知ろうとしている眼差しだ。

「国王になると、多くの責任が付き纏う。我らが父上はそれらを投げ出していたが、それを補えるだけの右腕の存在があったからこそ、国政は成り立っていたのだ。……だが、コンラッドは高齢だ。いかに優秀であろうとも、寿命はいずれ尽きてしまう。コンラッドが亡くなってしまったら、その後で次期国王が負わねばならない重責は、父上の比ではない。そういった責任を全て押し付けるのに、それでも次期国王へ己の理想を突き付けようというのは、些か傲慢なようにも感じたのだ」
「……そうですね」

 ジェイデンの指摘は、もっともだろう。キリエは表情を曇らせながらも、頷いた。マクシミリアンは気遣わしげにキリエの背を撫でてくれたが、口は挟まない。ジェイデンは言葉を続けた。

「嫌味な言い方になってしまって、すまない。キリエを傷つけるつもりはないのだが、少し引っ掛かりを覚えたのも事実なのだよ。……君が目指したいものは、おそらくこの国の正しい在り方なのだと思う。だが、君が一歩引いた姿勢でいることに、少々疑問を感じてもいる」

 ジェイデンは、誠意をもって問いかけてくれている。だからこそ、キリエも誠意をもって答えねばならない。何度か頷きながら考えをまとめつつ、キリエは口を開いた。

「ジェイデン、君の疑問はもっともなものだと思います。だから、僕は嘘のない正直な気持ちをおはなしします。僕は話が下手なので、少し分かりづらいかもしれませんが……」
「構わない。こちらも真剣に耳を傾ける」
「ありがとうございます。……僕は、自分が次期国王候補の一人であると判明したとき、まず咄嗟に『無理だ』と思いました。学校にも通えなかった孤児だったので教養も無いですし、人々を導いていけるような素質も無い。でも、その立場があれば次期国王に進言する程度のことは出来るだろうと、そう思って王都へ来ましたし、現在も基本的にはその考えに従って行動しています。──ただ、そんな僕でも、何度か考えたことはあるのです。自分が国王を目指してみたらどうなのか、と」

 キリエの言葉を聞き、マクシミリアンは意外だと感じたのか小さな驚きを見せたが、ジェイデンは何も動じず視線だけで先を促してくる。

「自分が目指したい王国の姿へ近づけるには僕が国王になれるのが一番手っ取り早いですし、それに、何より……、リアムが国王の側近になればサリバン家はまた栄えることも出来るのではないかと考えました。彼自身はそれを望んでいないのかもしれませんが、でも……、彼の名誉や正しい評価を取り戻したいと思いまして。……だけど、僕にはやっぱり無理です」
「何故だ? 確かに、現時点でのキリエには足りない知識があるのかもしれない。だが、それはこれから補っていけばいい。努力は必要になるだろうが、不可能ではない。キリエは努力を怠る者には見えないし、無理だと言い切るのは感心しないな」
「そうですね。僕に不足しているものが教養や経験など、後から補えるものだけならば、どうにかなるかもしれません。後ろ盾になってくれる支援者の当てがないことも、どうにか出来るのかもしれません。……けれど、血はどうにもなりません」
「血? 血筋という話なら、それこそキリエは王家の血を継いでいるではないか」
「ええ、半分だけはハッキリしていますね。でも、もう半分は? 僕の母親は一体どこの誰なのでしょうか? この銀髪と銀眼はきっと母譲りのものなのでしょう。その母親は一体、何者なのでしょうか」

 ジェイデンはハッとした顔で口を噤む。マクシミリアンも神妙な面持ちで沈黙を貫き続けた。

「国王は、子孫を残さねばなりません。もしも僕が国王になったなら、いずれは奥さんを迎えて子どもを授かるようにしなければならないでしょう。……でも、考えてみてください。どこの誰かも分からない血脈を、国王直結の血筋に組み込んでもよいものですか?」

 ジェイデンも、マクシミリアンも、答えを出せない。──そして、それはキリエ自身も答えを出せずにいることだった。
 髪や瞳の色が他の国民と同じであれば、もしくは隣国で見られるような色合いであれば、そんなことで悩んだりはしなかっただろう。だが、銀色の髪や瞳は隣国でも見られないものらしい。──その色を持つ者は、妖精人エルフだけ。それが共通認識だ。

「髪や目の色だけの問題ではなく、僕は本当に……人間ではないのかもしれません」
「……どういうことだ?」
「だって、僕は、」
「キリエ様」

 キリエの言葉を遮るように、静かな声が響いた。──リアムだ。
 キリエが振り返ると、そこには穏やかな表情のリアムが立っている。彼はキリエとジェイデンに一礼して、そっと傍に寄って来た。

「ジェイデン様。手前どもの一騎打ちにお付き合いいただき、足止めをしてしまい、感謝と謝罪の念を同時に申し上げたく存じます」
「いや、いいのだよ。見事な勝利だったな」
「恐れ入ります。……御二人はまだお話し中でしたでしょうか?」

 リアムの問い掛けは落ち着いた口調ではあるものの、牽制の意図も少々含まれている。それを察したジェイデンは、笑って首を振った。

「いや、今日のところはもういい。……ただ、今後の次期国王選抜での動きについて、また改めて話をする機会を設けたい。キリエ、構わないだろうか?」
「勿論です。僕も、君とはもっとおはなししたいですから」
「ありがとう。では、キリエ、リアム、また会おう」
「はい! マックスも、ありがとうございました」
「恐縮です。キリエ様、どうぞ健やかにお過ごしくださいませ」

 キリエに続き、リアムも挨拶の言葉を口にする。

「ジェイデン様、ごきげんよう。……マクシミリアンも、ありがとう」
「とんでもない。リアムらしい、良い闘いだったね」

 四人はそれぞれ頷き合い、先にジェイデンとマクシミリアンが演練場を後にした。残された二人の間には奇妙な沈黙が漂う。それを最初に打ち破ったのは、キリエだった。

「とりあえず、馬車へ移動しませんか?」
「そうですね。……そういたしましょう」

 その後はまた、なんともいえない沈黙が続くのだった。
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