上 下
19 / 335
第2章

【2-1】王都到着

しおりを挟む
「わぁ……、まるで別世界ですね!」

 馬車の窓に張り付くようにして外を眺めているキリエの銀色の瞳が、興味深そうに周囲を観察して煌めいた。
 マルティヌス教会の近くにあった街・ルースとは比べ物にならないほど、建物が所狭しと並んでおり、そのひとつひとつが大きく豪奢だ。今はまだ、外門での入都検問を受けている途中だが、ここから見える範囲だけでも王都の華やかさは伝わってきた。

「キリエ、動くぞ。検問が終わったようだ」
「あっ、はい」

 キリエが居住まいを正すのと同時に、馬車が動き出す。マルティヌス教会の礼拝堂くらいなら丸ごとくぐれそうなほど大きな門を通ったところで、行き交う人や馬車の多さに驚くキリエの耳に一際大きな声が聞こえてきた。

「リアム様ぁ! リアム様ぁ、聞こえてるっすかー!? あっれー、この馬車ってリアム様のっすよね? お爺さん、オレの代わりについてったお爺さんっすよね? あれ? 違った? それとも合ってる? すんません、正直お爺さんの見分け方ってよく分かんないんすよねー!」

 窓から覗いて見ると、燕尾服に身を包んだ長身の美青年が困り顔で声を上げていた。薄茶色の髪に鮮やかな青い瞳の彼は、おそらく真顔で黙っていれば有名劇場の舞台俳優かと思われそうな美貌の持ち主だが、表情と発言内容がその雰囲気を見事に粉砕している。

「エド……、あいつ、何故あんな所に?」
「リアムのお知合いですか?」
「うちのフットマンのエドワードだ。根はいい奴なんだが、致命的に頭が悪いし、無駄に声が大きいし、やけに足が速い。少し話を聞いてみてもいいか?」
「は、はい、もちろん」

 トーマスが道の端に馬車を寄せるなり、青年は物凄い勢いで駆け寄ってくる。瞬間移動したのではないかと思うほどの速さだ。確かに、俊足の持ち主のようである。外から何度も扉を叩かれ、リアムは眉間に皺を寄せながら扉を開いた。

「うるさいぞ、エド! なんなんだ、一体」
「リアム様ぁ! 大変なんすよー!」
「だから、何がだ?」
「それがぁ、って、あーっ! すっげぇ! 綺麗な銀色!」

 エドワードはリアムの肩越しに様子を窺っていたキリエを見つけ、嬉しそうに指差してくる。その途端に、リアムはエドワードの頭を思いきり叩いた。

「痛ぇっすよ! もー、これ以上バカになったらどうするんすかぁ!」
「安心しろ。お前は今以上のバカにはならん。たとえなりたくても、なれないだろう。それより! キリエ様を指差すとは、無礼にも程があるぞ。お連れするのがどういう立場の御方なのか、きちんと説明してあっただろう? ……キリエ様。拙宅の使用人が無礼な真似をして、申し訳ございません。どうか、ご容赦ください」
「あっ、そっか、偉い人なんだった! 申し訳ありません!」
「あ、いえ、僕は別に気にしていませんので……」

 相手の勢いに圧倒されながらキリエが首を振ると、エドワードは捨て犬のような表情から一転して破顔する。

「えっと、キリエ様っすよね? オレ、サリバン家のフットマンで、エドワードっていいます! すごいっすねぇ、銀色の髪も、銀色の瞳も、キラキラしてて……銀食器みたいで綺麗っすねー!」
「ぎ、銀食器……」
「おい、エド。食器扱いはどうかと……」
「えー、オレ、銀食器だいすきっすよ! ピッカピカでかわいいじゃないっすかー!」
「……申し訳ありません、キリエ様。エドワードには全く悪気が無いのですが」
「いえいえ、僕は全然気になりませんので」

 むしろ、妖精人エルフのようだと言われるよりも嬉しい。銀食器に例えられたのは初めてだが、嫌な気分には全くなっていない。キリエが本心からそう言っているらしいと納得したのか、リアムは改めてエドワードと向き直った。

「それで、エドは一体なにを騒いでいたんだ?」
「あっ、そうだった! 大変なんすよ! 昨夜、王家からの使者が来ちゃって、リアム様たちが王都に着いたら、お屋敷に寄っちゃダメだって言うんすよぉ。そのまんま城まで来いって。ありえないっすよねー! ちょっとくらい休ませろって話っすよ」
「屋敷に寄るな、だと? ……どこまでも悪趣味だな」

 苦々しく吐き捨てるリアムは、苛立ちを隠せていない。どちらにせよ本日中には顔を出さなければならないのであれば、このまま直行しても大差は無いのではないだろうか。彼は何をそんなに怒っているのだろう。
 キリエの不思議そうな視線を受け、リアムは真摯に見つめ返してくる。

「つまり、キリエ様に御休息および御召し替えの時間を与えないということです。馬車旅を乗り越えられたばかりの、今の御姿のままでの参上を強要されている、と」
「ああ、なるほど……」

 エドワードがいることもあって、リアムは直接的な言い方を避けたようだが、要はキリエの身なりがみすぼらしいままなのだ。一応、所持していた中では一張羅を着用してきたのだが、上着もシャツもズボンも安っぽい生地であるうえに、寄付された古着を譲り受けたもののため、微妙に大きさも合っていない。

 王家の人間──つまり、次期国王候補たちは、孤児育ちのキリエが貧乏人そのものの姿で王都まで来ることを分かっていて、着替える猶予を与えないつもりだということだ。その姿のまま城まで来させて、恥と屈辱を与えたいという算段だろう。

「エド、屋敷に見張りはいるか?」
「誰かに見張られてる気がするってジョセフさんとノアは言ってたっす!」
「やはりな。……ということは、門番から伝令を受けている可能性もある。仕立て屋どころか、既製品の服屋に寄っている猶予も無いか」
「王家の命を無視するってわけにもいかないっすよねぇ、やっぱり」
「キリエ様が正式な次期国王候補であるという認めの文書を、まだ宰相閣下からいただいていない。現時点ではまだ対等の立場だと言い難く、拒否もしがたいな」

 悔しげに唇を噛んだリアムは、申し訳なさそうな表情で、キリエへ苦しげに語り掛けてくる。

「キリエ様。このまま城へ向かえば、貴方はおそらく心を痛められるような経験をすることになるでしょう。それでも、我々は城へ直行せざるをえない状況にあります。大変心苦しいのですが、このまま向かわせていただいてもよろしいでしょうか?」

 自分の方がよっぽど辛そうな騎士を安心させるように微笑み、キリエはしっかりと頷いた。

「僕は大丈夫です。このまま直行でお願いします」
「……承知しました」

 他の孤児に比べれば悪意を向けられる経験は殆ど無かったとはいえ、キリエも孤児としての差別は十八年に渡って受け続けてきたのだ。嫌な思いをするのは日常茶飯事だった。
 そんなキリエを強がっていると思ったのかリアムは心配そうに見つめた後、その視線をエドワードへと移す。

「エド、お前はいつからここにいたんだ?」
「朝、外門が開いてからずっといたっす! 何時にお帰りか分からなかったんで」
「そうか……、じゃあ疲れているよな」
「オレ、全然平気っすよ! 体力モリモリあるんで」
「もし可能なら、トーマスと御者を代わってもらえるか? 実は道中で襲撃を受けてな、問題無く対処できたものの、トーマスは軽く怪我をしているんだ。出来れば、このまま帰してやりたい」
「かしこまりましたぁ!」

 笑顔で敬礼して見せたエドワードは、元気に扉を閉めて、御者台へと駆けて行った。それを見送っていた視線を、小さな溜息を零してからキリエへと戻したリアムは、眉尻を下げる。

「すまない、キリエ。俺が……、サリバン家がもっと力を持っていれば、ここまでコケにされなかっただろうに」
「謝らないでください。君は何も悪くありません。大丈夫です。僕、けっこう精神面は強いんですよ」

 わざと得意気に胸を張って見せると、夜霧の騎士は苦笑した。そうこうしているうちに、馬車が動き出す。窓の外では、トーマスが深々と頭を下げていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...