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第1章
【1-14】王国一の騎士
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「現在、王国一の騎士とされているのは、自称・太陽の騎士──ランドルフ=ランドルフだ」
「……二点ほど引っ掛かりを感じるのですが」
短い紹介の中で既に大きな突っ込みどころを見つけてしまい、キリエは頭を抱えたくなった。リアムは同感と言わんばかりに頷き、更に説明を続けた。
「ランドルフはランドルフ騎士団長の息子なんだが、再婚した奥様の連れ子なんだ。だから、奇遇にも少々愉快な名前になってしまっている」
「そういう事情が……。ランドルフさんご自身は微妙な心境でしょうね」
「いや、大いに気に入っているらしい。よく高らかに『僕の名はランドルフ=ランドルフゥ!』と名乗りを上げているぞ。その相手は大体が厩の馬たちだが」
「……、……そうですか」
リアムが真面目に演じてくれた物真似が似ているとするならば、割と──いや、けっこう残念な人物のような気がした。そのような男にリアムが劣っているとされているというのが、どうしても納得できないキリエである。
「自称・太陽の騎士というのは? 君の称号である夜霧の騎士は、自称ではないのでしょう?」
「称号なんていう気恥ずかしいものを自称するなど、俺は御免被る。通常、騎士の名誉称号は国王陛下から賜るものだ。先代国王陛下は公務の大半を宰相閣下にお任せされていたから、俺の場合は宰相閣下からいただいたようなものだが、一応は国王陛下から賜った扱いになっている」
「ということは、ランドルフさんはそのように賜ったわけではないと?」
「ああ。ある日突然、何の前触れもなく王国騎士団の詰所にやって来て、いきなり『僕は太陽の騎士だ!』と宣言していた」
「そんなことが許されていいのですか!?」
とうとう頭が痛くなってきたキリエが両手でこめかみを押さえると、リアムが心配そうに頭を撫でてきた。微妙にずれている心遣いは微笑ましくありがたいが、彼に気にしてほしいのはもっと別の事柄である。
今までの会話の中で、リアムが「現時点で騎士団一と言われている男」を好ましく思っていないのは察していたが、彼はもっと怒っていいはずだ。没落貴族という負い目が歯止めをかけているのかもしれないと思うと、キリエはもどかしい。
「許されていいとは思わないんだが、──王国騎士団長という役職は非常に発言力が高く、肩書きの印象以上に高位だ。宰相閣下の次点といってもいい。つまり、その息子を蔑ろにするわけにはいかない。いかに幼子の戯言のような発言でも、騎士団長が否定しない限りは通ってしまう」
「騎士団長も否定しなかったのですか……?」
「ランドルフ騎士団長ご自身は真面目な御方なんだが、どうにも奥様へ頭が上がらないらしく、義理の息子であるランドルフの愚行にも口出しできないようだ」
王国騎士団といえば、騎士団の中でも最精鋭であり最高峰でもある存在だ。少なくとも、庶民は皆そうだと思っているし、キリエもそう思っていた。上流階級ならではの平民以下への見下し意識等、鼻につく部分があったとしても、剣技の実力は確かなものだと信じていたのだ。それがまさか、そんなお粗末な実情があるとは予想もしていなかった。
「それまでは独自に何か商売をしていたらしいが派手に失敗したらしく、そんなときに父の影響で俺が失脚したのを好機とばかりに、唐突に騎士になってしまった。まともな訓練を受けたこともないのに。──王国騎士団内で定期的に剣技大会が開催されているんだが、騎士団長の息子が相手では皆も思うように全力が出せず、結果的に自称・太陽の騎士は勝ち上がっていき、ここ五年ほどは『王国騎士団一の男』の座にいるというわけだ。剣技大会は王家公認の公式戦で、戦果そのものには宰相閣下でも口出しは出来ない。その結果、事情をご存知ないマデリン様が、ランドルフ=ランドルフを国一番の騎士だと信じて召し抱えられている」
「……リアムも、その大会では全力を出せないのですか?」
「いや、俺のように正式に名誉称号を与えられている騎士は、その剣技大会の参加名簿から外されている。騎士団長の温情で、開催日を含めた期間で遠方での任務が与えられるんだ」
本当に優れている騎士たちの栄誉を地に落とさないよう、せめてもの配慮なのだろう。そもそも、騎士団長がそのドラ息子を制御できていればよかった話であり、キリエはますます納得がいかない。そればかりか、新たな疑問点が浮かび上がってきてしまった。
「なんというか……、酷い話です。でも、側近ということは、何かあったら護衛しなくてはならないのですよね。ランドルフさんのような方で大丈夫なのですか?」
「側近が主君を護るのは当然のことだが、まぁ、今のところは武力ではなく助言が必要なことが多いし、ランドルフもその点に関しては商売をしていただけあって頭も口も回る。単に小賢しいだけのようにも見えるが、それはそれだ。さらに、王子王女様方は──といってもジェイデン様以外だが、それぞれ側近騎士の他に護衛団を引き連れていらっしゃる。だから、問題は無いだろう」
「ジェイデンさんは、手薄で大丈夫なのですか?」
キリエの質問を受け、ふとリアムの表情が和らぐ。そして、彼はどこか誇らしげな口調で語った。
「大丈夫だ。ジェイデン様の側近は、暁の騎士の名誉称号を持つ男だからな。俺もよく知っている人間だが、あいつに任せるなら一人でも十分だと安心できる」
「暁の騎士──、強そうですね」
「もちろん、強い。かなり強い」
夜霧の騎士のお墨付きなのだから、よほど優秀なのだろう。リアムの得意げな様子から、どうやら彼と親しい相手なのだろうことも推察できる。
暁の騎士がリアムの友人であるのなら、自分も会ってみたい。キリエがそんなことを考えていると、リアムはふと真顔に戻って話を続けた。
「ライアン様やジャスミン様の側近もそれなりに強い騎士で、キリエ以外の候補者の側近は皆が良家の子息だ。当然、それぞれの騎士の生家は支援に回り、その親戚筋も……と、支援者の輪が広がっていく。──ということは、俺を側近にした場合のキリエは?」
「うっ……、こういう言い方をするのは本当に嫌ですし、決してリアムに落ち度があるわけではないと声高に主張したいのですが、その……、信じられないくらいの最弱ザコですね」
「その通り。道の険しさは理解できたか?」
微笑と共に拍手で讃えてくれる騎士へ、銀髪の青年は不満そうに頷く。自身の立場はどう言われても構わないが、夜霧の騎士の失脚については何もかもが腑に落ちないのだ。今後、孤児上がりの次期国王候補の側近という肩書を加えられたことにより、彼の名誉が下がってしまうのではないかと懸念した──そのとき、とある考えに到達してしまう。
「もし、僕の側近がリアムになったとして、──もしも、僕が国王になったとしたら、君の……サリバン家の名誉は回復するのですか?」
やや思い詰めた表情のキリエに対し、リアムは穏やかに笑って見せた。
「そんなことは考えなくていい。どのみち、俺はサリバン家を終わらせるつもりだ」
「終わらせる……?」
「結婚をするつもりもないし、子孫を残すこともない。俺が死ねば、サリバン家は終わる。それでいいと思っている」
「そんな、せっかくお父様が頑張って築いた家で、リアムもそれを継ぎたかったのでは?」
「サリバン家を作ったのは父だが、壊したのも父だ。領土も取り上げられ、生まれ育った屋敷も手放すことになった。代々残したいようなものは、もう何も無い。だから、俺の代で幕を閉じるべきなんだ」
それでいい、と繰り返すリアムの口調はやわらかく、彼が本当に納得しているらしいことが伝わってくる。キリエは歯がゆさを感じながらも、黙るしかなかった。
「……二点ほど引っ掛かりを感じるのですが」
短い紹介の中で既に大きな突っ込みどころを見つけてしまい、キリエは頭を抱えたくなった。リアムは同感と言わんばかりに頷き、更に説明を続けた。
「ランドルフはランドルフ騎士団長の息子なんだが、再婚した奥様の連れ子なんだ。だから、奇遇にも少々愉快な名前になってしまっている」
「そういう事情が……。ランドルフさんご自身は微妙な心境でしょうね」
「いや、大いに気に入っているらしい。よく高らかに『僕の名はランドルフ=ランドルフゥ!』と名乗りを上げているぞ。その相手は大体が厩の馬たちだが」
「……、……そうですか」
リアムが真面目に演じてくれた物真似が似ているとするならば、割と──いや、けっこう残念な人物のような気がした。そのような男にリアムが劣っているとされているというのが、どうしても納得できないキリエである。
「自称・太陽の騎士というのは? 君の称号である夜霧の騎士は、自称ではないのでしょう?」
「称号なんていう気恥ずかしいものを自称するなど、俺は御免被る。通常、騎士の名誉称号は国王陛下から賜るものだ。先代国王陛下は公務の大半を宰相閣下にお任せされていたから、俺の場合は宰相閣下からいただいたようなものだが、一応は国王陛下から賜った扱いになっている」
「ということは、ランドルフさんはそのように賜ったわけではないと?」
「ああ。ある日突然、何の前触れもなく王国騎士団の詰所にやって来て、いきなり『僕は太陽の騎士だ!』と宣言していた」
「そんなことが許されていいのですか!?」
とうとう頭が痛くなってきたキリエが両手でこめかみを押さえると、リアムが心配そうに頭を撫でてきた。微妙にずれている心遣いは微笑ましくありがたいが、彼に気にしてほしいのはもっと別の事柄である。
今までの会話の中で、リアムが「現時点で騎士団一と言われている男」を好ましく思っていないのは察していたが、彼はもっと怒っていいはずだ。没落貴族という負い目が歯止めをかけているのかもしれないと思うと、キリエはもどかしい。
「許されていいとは思わないんだが、──王国騎士団長という役職は非常に発言力が高く、肩書きの印象以上に高位だ。宰相閣下の次点といってもいい。つまり、その息子を蔑ろにするわけにはいかない。いかに幼子の戯言のような発言でも、騎士団長が否定しない限りは通ってしまう」
「騎士団長も否定しなかったのですか……?」
「ランドルフ騎士団長ご自身は真面目な御方なんだが、どうにも奥様へ頭が上がらないらしく、義理の息子であるランドルフの愚行にも口出しできないようだ」
王国騎士団といえば、騎士団の中でも最精鋭であり最高峰でもある存在だ。少なくとも、庶民は皆そうだと思っているし、キリエもそう思っていた。上流階級ならではの平民以下への見下し意識等、鼻につく部分があったとしても、剣技の実力は確かなものだと信じていたのだ。それがまさか、そんなお粗末な実情があるとは予想もしていなかった。
「それまでは独自に何か商売をしていたらしいが派手に失敗したらしく、そんなときに父の影響で俺が失脚したのを好機とばかりに、唐突に騎士になってしまった。まともな訓練を受けたこともないのに。──王国騎士団内で定期的に剣技大会が開催されているんだが、騎士団長の息子が相手では皆も思うように全力が出せず、結果的に自称・太陽の騎士は勝ち上がっていき、ここ五年ほどは『王国騎士団一の男』の座にいるというわけだ。剣技大会は王家公認の公式戦で、戦果そのものには宰相閣下でも口出しは出来ない。その結果、事情をご存知ないマデリン様が、ランドルフ=ランドルフを国一番の騎士だと信じて召し抱えられている」
「……リアムも、その大会では全力を出せないのですか?」
「いや、俺のように正式に名誉称号を与えられている騎士は、その剣技大会の参加名簿から外されている。騎士団長の温情で、開催日を含めた期間で遠方での任務が与えられるんだ」
本当に優れている騎士たちの栄誉を地に落とさないよう、せめてもの配慮なのだろう。そもそも、騎士団長がそのドラ息子を制御できていればよかった話であり、キリエはますます納得がいかない。そればかりか、新たな疑問点が浮かび上がってきてしまった。
「なんというか……、酷い話です。でも、側近ということは、何かあったら護衛しなくてはならないのですよね。ランドルフさんのような方で大丈夫なのですか?」
「側近が主君を護るのは当然のことだが、まぁ、今のところは武力ではなく助言が必要なことが多いし、ランドルフもその点に関しては商売をしていただけあって頭も口も回る。単に小賢しいだけのようにも見えるが、それはそれだ。さらに、王子王女様方は──といってもジェイデン様以外だが、それぞれ側近騎士の他に護衛団を引き連れていらっしゃる。だから、問題は無いだろう」
「ジェイデンさんは、手薄で大丈夫なのですか?」
キリエの質問を受け、ふとリアムの表情が和らぐ。そして、彼はどこか誇らしげな口調で語った。
「大丈夫だ。ジェイデン様の側近は、暁の騎士の名誉称号を持つ男だからな。俺もよく知っている人間だが、あいつに任せるなら一人でも十分だと安心できる」
「暁の騎士──、強そうですね」
「もちろん、強い。かなり強い」
夜霧の騎士のお墨付きなのだから、よほど優秀なのだろう。リアムの得意げな様子から、どうやら彼と親しい相手なのだろうことも推察できる。
暁の騎士がリアムの友人であるのなら、自分も会ってみたい。キリエがそんなことを考えていると、リアムはふと真顔に戻って話を続けた。
「ライアン様やジャスミン様の側近もそれなりに強い騎士で、キリエ以外の候補者の側近は皆が良家の子息だ。当然、それぞれの騎士の生家は支援に回り、その親戚筋も……と、支援者の輪が広がっていく。──ということは、俺を側近にした場合のキリエは?」
「うっ……、こういう言い方をするのは本当に嫌ですし、決してリアムに落ち度があるわけではないと声高に主張したいのですが、その……、信じられないくらいの最弱ザコですね」
「その通り。道の険しさは理解できたか?」
微笑と共に拍手で讃えてくれる騎士へ、銀髪の青年は不満そうに頷く。自身の立場はどう言われても構わないが、夜霧の騎士の失脚については何もかもが腑に落ちないのだ。今後、孤児上がりの次期国王候補の側近という肩書を加えられたことにより、彼の名誉が下がってしまうのではないかと懸念した──そのとき、とある考えに到達してしまう。
「もし、僕の側近がリアムになったとして、──もしも、僕が国王になったとしたら、君の……サリバン家の名誉は回復するのですか?」
やや思い詰めた表情のキリエに対し、リアムは穏やかに笑って見せた。
「そんなことは考えなくていい。どのみち、俺はサリバン家を終わらせるつもりだ」
「終わらせる……?」
「結婚をするつもりもないし、子孫を残すこともない。俺が死ねば、サリバン家は終わる。それでいいと思っている」
「そんな、せっかくお父様が頑張って築いた家で、リアムもそれを継ぎたかったのでは?」
「サリバン家を作ったのは父だが、壊したのも父だ。領土も取り上げられ、生まれ育った屋敷も手放すことになった。代々残したいようなものは、もう何も無い。だから、俺の代で幕を閉じるべきなんだ」
それでいい、と繰り返すリアムの口調はやわらかく、彼が本当に納得しているらしいことが伝わってくる。キリエは歯がゆさを感じながらも、黙るしかなかった。
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