242 / 246
【第11話】秋と冬の狭間で屋台料理を君たちと
【11-10】
しおりを挟む
閉じた瞼の向こう側で、景色が素早く変わるというか、次元や時空が違う場所へ引き摺られるような、不思議な感覚がする。僕に直接ではなく馬車に魔法が掛けられているからか、身体に異変は殆ど感じない。
時間経過は、ほんの数秒だっただろう。一瞬にして馬車は目的地に到着したようで、外側からすぐに扉がノックされる。
「ミカさん、大丈夫そうですか?」
「カミュ。うん、全然平気だったよ」
声を掛けながらドアを開き、中を覗き込んできたカミュへ笑い掛けると、美しい悪魔はほっとしたように微笑んだ。いつの間にか、彼も黒いローブを身に纏っている。僕が着せてもらっているものに比べればかなりシンプルなものだけれども、とてもよく似合っていた。背中の翼もいい感じに隠れている。
「ミカさん、お手をどうぞ。──マティアス様も既にご到着されております」
「分かった。ありがとう」
カミュの手を借りながら馬車の外へ降りると、そこは薄暗い森の中だった。ちょっと不気味な雰囲気というか、まだ日中とは思えないどんよりとした薄闇に覆われている。だからだろうか、なんだか少し息苦しい。
「ミカ。王都へようこそ。──よく来てくれた」
凛とした声で名前を呼ばれて、そちらを振り向くと、今となっては畏れ多くも見慣れてしまった銀髪の王子様が立っていた。フード部分を外しているから顔がよく見えるけれど、相変わらずキリッとしたシベリアンハスキーって感じで格好いい。
「こんにちは、マティ様。お待たせしちゃいましたか?」
「いや、そんなことはない。約束した時間通りだし、私たちも先程着いたばかりだ。──皆、こちらがミカだ。事前に事情を話してあるように、彼は魔法が使えない。そして、私にとって、とても大切な存在だ。我々王族を警護するのと同等に、ミカを手厚く守護することを肝に命じよ」
マティ様の言葉を受けて、その背後で背筋を伸ばしていた人たち──祭りの衣装ではなくきっちりとした制服を着こんでいる騎士と思われる人たちは、「はっ!」と声を揃えてマティ様へ敬礼してから、次に一斉に僕のほうを向き、深々と頭を下げてくる。そして、僕が慌てて一礼を返そうとする前に、口々に自己紹介をしてくれた。
自己紹介といっても長々とした口上ではなく、簡単に名前と「よろしくお願いいたします」を伝えてくれるだけだったけれど、それでも申し訳ないけど一度に名前をすべて覚えるのは難しい。ただ、彼らとの関わりは今回のお祭りの間だけだろうし、王子様の密会相手と気安く言葉を交わそうとは向こうも思っていないだろうから、お互い無難にやり過ごせればいいのかな。そう考えて、僕も簡単な挨拶だけを返した。
「──ここまでの見送り、ご苦労だった。ミカを借りていくぞ」
騎士たちと僕の顔合わせが終わった頃合いを見計らって、マティ様が後方で静かに佇むカミュへ声を掛ける。深々とフードを被って美しい顔を隠している悪魔は、恭しく頭を下げた。
「ミカさんのこと、くれぐれもよろしくお願いいたします。私は基本的にはここに控えておりますが、あるいは……、」
「ああ、分かっている。ミカのことは、何があろうと、どんな状況であろうと、きちんと守る。安心せよ」
「はい、ありがとうございます。ですが、念のために魔鳥を二羽同行させることをお許しください」
「了解した」
黙って聞きながら、この流れは上手いなぁ……と思ってしまう。
いくら感謝祭の雑踏に紛れているといっても、この世界の標準基準から考えて一個人が二羽も魔鳥を連れているのは悪目立ちするし、周囲の人たちは気にしなくとも護衛の騎士たちの間に変な邪推が横行しかねない。
ただ、こうして「僕の付き人」であるカミュが魔鳥を二羽同行させたいと願い出ることで、「王子様の密会相手」である「僕」は何やら高貴な身分で、魔鳥にしっかり守らせたい程の人物なんだなと印象づけることが出来る。
実際がどうであれ、今のやり取りがあることで、僕がクックとポッポを連れていても騎士たちは不自然に感じないだろうし、警護の士気も上がるはずだ。単純でさりげないやり取りだけれど、今の会話は必要なものだったと思う。クックとポッポも傍にいていい安心感のようなものを感じたのか、僕の両肩に乗って頬擦りしてきた。
「では、ミカ。そろそろ祭りの会場へ向かおうか。ここは気味が悪い場所のように感じているだろうが、王都の中へ入ってしまえばみちがえるように賑やかだぞ」
「はい、楽しみです。……じゃあ、カミュ、行ってくるね」
「はい。お気をつけて。そして、楽しんできてください。無事なお戻りをお待ちしております」
フードに隠れていても、カミュが優しく微笑んでくれているのだと分かる。そんな彼としっかり握手を交わしてから、僕はマティ様に手を取られて、王族の豪奢な馬車へとエスコートされるのだった。
時間経過は、ほんの数秒だっただろう。一瞬にして馬車は目的地に到着したようで、外側からすぐに扉がノックされる。
「ミカさん、大丈夫そうですか?」
「カミュ。うん、全然平気だったよ」
声を掛けながらドアを開き、中を覗き込んできたカミュへ笑い掛けると、美しい悪魔はほっとしたように微笑んだ。いつの間にか、彼も黒いローブを身に纏っている。僕が着せてもらっているものに比べればかなりシンプルなものだけれども、とてもよく似合っていた。背中の翼もいい感じに隠れている。
「ミカさん、お手をどうぞ。──マティアス様も既にご到着されております」
「分かった。ありがとう」
カミュの手を借りながら馬車の外へ降りると、そこは薄暗い森の中だった。ちょっと不気味な雰囲気というか、まだ日中とは思えないどんよりとした薄闇に覆われている。だからだろうか、なんだか少し息苦しい。
「ミカ。王都へようこそ。──よく来てくれた」
凛とした声で名前を呼ばれて、そちらを振り向くと、今となっては畏れ多くも見慣れてしまった銀髪の王子様が立っていた。フード部分を外しているから顔がよく見えるけれど、相変わらずキリッとしたシベリアンハスキーって感じで格好いい。
「こんにちは、マティ様。お待たせしちゃいましたか?」
「いや、そんなことはない。約束した時間通りだし、私たちも先程着いたばかりだ。──皆、こちらがミカだ。事前に事情を話してあるように、彼は魔法が使えない。そして、私にとって、とても大切な存在だ。我々王族を警護するのと同等に、ミカを手厚く守護することを肝に命じよ」
マティ様の言葉を受けて、その背後で背筋を伸ばしていた人たち──祭りの衣装ではなくきっちりとした制服を着こんでいる騎士と思われる人たちは、「はっ!」と声を揃えてマティ様へ敬礼してから、次に一斉に僕のほうを向き、深々と頭を下げてくる。そして、僕が慌てて一礼を返そうとする前に、口々に自己紹介をしてくれた。
自己紹介といっても長々とした口上ではなく、簡単に名前と「よろしくお願いいたします」を伝えてくれるだけだったけれど、それでも申し訳ないけど一度に名前をすべて覚えるのは難しい。ただ、彼らとの関わりは今回のお祭りの間だけだろうし、王子様の密会相手と気安く言葉を交わそうとは向こうも思っていないだろうから、お互い無難にやり過ごせればいいのかな。そう考えて、僕も簡単な挨拶だけを返した。
「──ここまでの見送り、ご苦労だった。ミカを借りていくぞ」
騎士たちと僕の顔合わせが終わった頃合いを見計らって、マティ様が後方で静かに佇むカミュへ声を掛ける。深々とフードを被って美しい顔を隠している悪魔は、恭しく頭を下げた。
「ミカさんのこと、くれぐれもよろしくお願いいたします。私は基本的にはここに控えておりますが、あるいは……、」
「ああ、分かっている。ミカのことは、何があろうと、どんな状況であろうと、きちんと守る。安心せよ」
「はい、ありがとうございます。ですが、念のために魔鳥を二羽同行させることをお許しください」
「了解した」
黙って聞きながら、この流れは上手いなぁ……と思ってしまう。
いくら感謝祭の雑踏に紛れているといっても、この世界の標準基準から考えて一個人が二羽も魔鳥を連れているのは悪目立ちするし、周囲の人たちは気にしなくとも護衛の騎士たちの間に変な邪推が横行しかねない。
ただ、こうして「僕の付き人」であるカミュが魔鳥を二羽同行させたいと願い出ることで、「王子様の密会相手」である「僕」は何やら高貴な身分で、魔鳥にしっかり守らせたい程の人物なんだなと印象づけることが出来る。
実際がどうであれ、今のやり取りがあることで、僕がクックとポッポを連れていても騎士たちは不自然に感じないだろうし、警護の士気も上がるはずだ。単純でさりげないやり取りだけれど、今の会話は必要なものだったと思う。クックとポッポも傍にいていい安心感のようなものを感じたのか、僕の両肩に乗って頬擦りしてきた。
「では、ミカ。そろそろ祭りの会場へ向かおうか。ここは気味が悪い場所のように感じているだろうが、王都の中へ入ってしまえばみちがえるように賑やかだぞ」
「はい、楽しみです。……じゃあ、カミュ、行ってくるね」
「はい。お気をつけて。そして、楽しんできてください。無事なお戻りをお待ちしております」
フードに隠れていても、カミュが優しく微笑んでくれているのだと分かる。そんな彼としっかり握手を交わしてから、僕はマティ様に手を取られて、王族の豪奢な馬車へとエスコートされるのだった。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる