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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-16】
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自分は会ったことのない父親に執着している母親。──遠い日の記憶が刺激された気がして、胸が痛む。
アマネくんはお母さんから直接責められているわけではないみたいだけど、それでも、自分の持つ魔力が低いことが原因となってお父さんに見放されたと思っていて、間接的に責任を擦り付けられてしまっている。僕の場合は、母親から直接的に詰られて怒鳴られて殴られて、罪悪感を植え付けられたんだ。
でも、物心ついた頃からそうだったから、僕は「そういうもの」だと思い続けて生きていた。つまり、ずっと自分という存在に対して罪悪感を抱き続けていたし、それは当然の罪の意識だと思っていたんだ。
──だけど、それは違うって、ジルとカミュが教えてくれた。きっと、中水上のおじさんも、僕の心の中で歪になってしまっている部分を癒して修正しようとしてくれていたんだと思う。でも、おじさんとはすぐに「お別れ」のときが来てしまったから。……だから僕は、一度死んで、この世界で再び生命をもらってから、やっとそれに気付く機会を得ることが出来た。
でも、アマネくんは、まだまだこれから先の人生が長いんだ。今のうちに、きちんと認識していることで、無駄に味わわなくて済む苦しみだってあるはず。
アマネくんの小さな肩に遠慮がちに手を置いて、僕はゆっくりと語り掛けた。
「あのね、アマネくん。これは大事なことだから、ぜひ覚えておいてほしいんだけど。……アマネくんのお父さんがいなくなっちゃったのは、アマネくんのせいじゃないからね」
「でも、オレの魔力が低いからって……」
「アマネくんも言ってたでしょ? 魔力は自分の努力でどうにかできるものじゃない、って。赤ちゃんだったら、もっとそうだよ。いなくなる理由を、生まれたばかりの子の、持って生まれた個性のせいにするなんて、それはただの大人の都合だよ。アマネくんのせいじゃない」
「……オレのせいじゃ、ない?」
大きくてくりくりとした金色の瞳が、じわじわと潤んでゆく。涙ぐんでいる金眼を見ていると、フィラスのことを思い出す。この世界で最初に出来た僕の友人は、こちらを励ますとき、包み込むようにギュッと抱きしめてくれた。あとは、金色の目じゃないけれど、中水上のおじさんも、よくギュッとしてくれたっけ。
あったかい気持ちと体温に触れると、とても癒されて、心の傷口を塞いでくれるような感じがする。だから、それがアマネくんにも伝わるように、小さな身体をそっと抱きしめてみた。
「そうだよ。アマネくんのせいじゃない。だから、自分が悪いなんて思わないでね。君の魔力が低いのは、君のせいじゃない。お父さんがいないのは、君のせいじゃない」
アマネくんに語り掛けると同時に、幼い頃の自分にも言い聞かせるように、根気強く話す。僕たちが悪いんじゃない。それが、ちゃんと伝わるように。
「でも、オレ、母さんが泣くの、嫌なんだ」
「うん、うん……、分かるよ。僕には、君の気持ちがよく分かる。僕にも、生まれたときから、お父さんがいなかったから」
腕の中で、アマネくんが驚いて息を呑んでいる様子が伝わって来る。それでも、彼はそのまま何も言わず、じっとしてくれていた。
「お母さんが悲しい思いをしているのは、嫌だよね。でも、それをなんとかしてあげたいっていう気持ちと、自分のせいだって考えちゃう気持ちは、同じじゃないから。……自分が悪いんだって、必要以上に自分のことを責めちゃうとね、だんだんと心が死んでいっちゃうんだよ。身体は生きているのに、自分でも気づかないうちに心が死んじゃうんだ。それは、とても悲しいことだから」
「アンタ……、心が死んじゃってたのか?」
「……そうだよ。僕はずっと、心が死んでいたんだ」
今なら、分かる。
──死んだときに何の未練も残らなかったなんて、それは普通じゃないんだって。自分に何の価値も持てずにいることは、よくないんだって。心を殺しながら生きていたとき、もう少し僕に人間らしい感情があったなら、また違った人生があったはずなんだって。
でも、時を戻すことは出来ない。だったら、せめて、僕が身に沁みて感じた後悔と同じものを、この子が感じなくて済むように、ちゃんと伝えてあげたい。
「僕は、心を殺しちゃったけど。でも、アマネくんは、まだ間に合うから。だから、自分のことをちゃんと認めて、心を守ってあげてね」
「……うん、分かった」
そっと身体を離してアマネくんの顔を覗き込んでみると、目を潤ませながらも、涙が零れ落ちないように唇を引き結びながらも頑張っている。──強い子だなぁ。僕よりもずっと、強い子だ。この子ならきっと、ちゃんとまっすぐに生きていけるだろう。
「よし。……じゃあ、アマネくんの話の続きを聞かせてくれるかな? 僕で力になれることを何か見つけられるといいなって考えながら聞くからね」
「うん、……分かった」
アマネくんは目元をゴシゴシと擦って、表情をキリッと改めた。
アマネくんはお母さんから直接責められているわけではないみたいだけど、それでも、自分の持つ魔力が低いことが原因となってお父さんに見放されたと思っていて、間接的に責任を擦り付けられてしまっている。僕の場合は、母親から直接的に詰られて怒鳴られて殴られて、罪悪感を植え付けられたんだ。
でも、物心ついた頃からそうだったから、僕は「そういうもの」だと思い続けて生きていた。つまり、ずっと自分という存在に対して罪悪感を抱き続けていたし、それは当然の罪の意識だと思っていたんだ。
──だけど、それは違うって、ジルとカミュが教えてくれた。きっと、中水上のおじさんも、僕の心の中で歪になってしまっている部分を癒して修正しようとしてくれていたんだと思う。でも、おじさんとはすぐに「お別れ」のときが来てしまったから。……だから僕は、一度死んで、この世界で再び生命をもらってから、やっとそれに気付く機会を得ることが出来た。
でも、アマネくんは、まだまだこれから先の人生が長いんだ。今のうちに、きちんと認識していることで、無駄に味わわなくて済む苦しみだってあるはず。
アマネくんの小さな肩に遠慮がちに手を置いて、僕はゆっくりと語り掛けた。
「あのね、アマネくん。これは大事なことだから、ぜひ覚えておいてほしいんだけど。……アマネくんのお父さんがいなくなっちゃったのは、アマネくんのせいじゃないからね」
「でも、オレの魔力が低いからって……」
「アマネくんも言ってたでしょ? 魔力は自分の努力でどうにかできるものじゃない、って。赤ちゃんだったら、もっとそうだよ。いなくなる理由を、生まれたばかりの子の、持って生まれた個性のせいにするなんて、それはただの大人の都合だよ。アマネくんのせいじゃない」
「……オレのせいじゃ、ない?」
大きくてくりくりとした金色の瞳が、じわじわと潤んでゆく。涙ぐんでいる金眼を見ていると、フィラスのことを思い出す。この世界で最初に出来た僕の友人は、こちらを励ますとき、包み込むようにギュッと抱きしめてくれた。あとは、金色の目じゃないけれど、中水上のおじさんも、よくギュッとしてくれたっけ。
あったかい気持ちと体温に触れると、とても癒されて、心の傷口を塞いでくれるような感じがする。だから、それがアマネくんにも伝わるように、小さな身体をそっと抱きしめてみた。
「そうだよ。アマネくんのせいじゃない。だから、自分が悪いなんて思わないでね。君の魔力が低いのは、君のせいじゃない。お父さんがいないのは、君のせいじゃない」
アマネくんに語り掛けると同時に、幼い頃の自分にも言い聞かせるように、根気強く話す。僕たちが悪いんじゃない。それが、ちゃんと伝わるように。
「でも、オレ、母さんが泣くの、嫌なんだ」
「うん、うん……、分かるよ。僕には、君の気持ちがよく分かる。僕にも、生まれたときから、お父さんがいなかったから」
腕の中で、アマネくんが驚いて息を呑んでいる様子が伝わって来る。それでも、彼はそのまま何も言わず、じっとしてくれていた。
「お母さんが悲しい思いをしているのは、嫌だよね。でも、それをなんとかしてあげたいっていう気持ちと、自分のせいだって考えちゃう気持ちは、同じじゃないから。……自分が悪いんだって、必要以上に自分のことを責めちゃうとね、だんだんと心が死んでいっちゃうんだよ。身体は生きているのに、自分でも気づかないうちに心が死んじゃうんだ。それは、とても悲しいことだから」
「アンタ……、心が死んじゃってたのか?」
「……そうだよ。僕はずっと、心が死んでいたんだ」
今なら、分かる。
──死んだときに何の未練も残らなかったなんて、それは普通じゃないんだって。自分に何の価値も持てずにいることは、よくないんだって。心を殺しながら生きていたとき、もう少し僕に人間らしい感情があったなら、また違った人生があったはずなんだって。
でも、時を戻すことは出来ない。だったら、せめて、僕が身に沁みて感じた後悔と同じものを、この子が感じなくて済むように、ちゃんと伝えてあげたい。
「僕は、心を殺しちゃったけど。でも、アマネくんは、まだ間に合うから。だから、自分のことをちゃんと認めて、心を守ってあげてね」
「……うん、分かった」
そっと身体を離してアマネくんの顔を覗き込んでみると、目を潤ませながらも、涙が零れ落ちないように唇を引き結びながらも頑張っている。──強い子だなぁ。僕よりもずっと、強い子だ。この子ならきっと、ちゃんとまっすぐに生きていけるだろう。
「よし。……じゃあ、アマネくんの話の続きを聞かせてくれるかな? 僕で力になれることを何か見つけられるといいなって考えながら聞くからね」
「うん、……分かった」
アマネくんは目元をゴシゴシと擦って、表情をキリッと改めた。
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