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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-12】
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念願の豚汁を作れそうでワクワクすると同時に、そういえば今回は新たなお客様をお迎えしていたんだったと思い出す。
「今夜は、ドノヴァンさんもいるんでした。慣れないものを召し上がるのって、きっと抵抗がありますよね……?」
王子様に付き合う形で、賢者もこの城に一泊する予定だけれど、普通に考えれば、そもそも魔王の手下が作った料理なんて抵抗をおぼえるだろう。ましてや、見慣れない食材で作られた初見の料理だったら、なおさら警戒するはずだ。
不安になってきた僕に対し、マティ様は穏やかに首を振る。
「それは大丈夫であろう。あの男は、知的好奇心の塊で作られているような人間だ。未知のもの、誰も到達したことのない知識、そういった類を何よりも好む。秘密裏に私に協力し、ジルに関する研究へ精力的に取り組んでいるのも、そういった人間性ゆえだ。異世界人が振る舞う手料理など、ドノヴァンにとっては金貨を支払ってでも食したいものだろう」
「いえ、そんな大層なものは僕には作れませんが……、でも、ひとまず抵抗感なく食事をしていただけそうなら安心しました」
「あやつは、いつだって好奇心が抵抗感を上回る。……それゆえ、時に倫理観を疑いたくなる言動をするから、こちらも戸惑ってしまうのだが」
マティ様が控えめに呟いたぼやきを聞き、カミュが微かにピクリと反応した。何か気になることでもあったのだろうか。
カミュは柔らかい表情のまま、マティ様へ探りを入れるように問い掛ける。
「悪魔の私が申し上げるのもおかしな話ですが、倫理観の欠如とは穏やかではないですね。そう思われるような出来事が、何かおありでしたか?」
「いや……、何か大きな出来事があったわけではないのだが。ただ、何気ないやり取りの中で、あやつの他者への気遣いの無さに驚くことがあるのだ。幼い子どもがいるというのに、あまりにも家族を顧みない。研究への尽力はありがたい限りだが、だからといって家族を蔑ろにされたくはない」
「幼いお子様……、魔力が低い、と賢者殿はしきりに仰っていましたね。蔑ろにされているとのことですが、王都から離れた場所へ追いやっているというようなことはないですか? 王都の貴族は疎ましい家族を遠方へ追い払ってしまう、というお話を耳にしたことがあるものですから、気になってしまいまして」
カミュはとてもさりげない様子で質問を重ねているけれど、魔物を引き連れてここへ向かっている「何者か」がドノヴァンさんと一緒に暮らしている子どもである可能性を探っているんだろう。
そこが同一人物だとしたら、少なくともジルの予想の中の「隠し子」という要素は塗り潰されることになる。隠し子ではないなら、「何者か」がドノヴァンさんの子どもで、こんな場所まで父を追い求めて来たのだとしても、親子のすれ違い激情が繰り広げられても、マティ様はさほど怒ったりはしないはずだ。
カミュもそれを期待して質問したんだと思う。しかし、マティ様は首を振った。
「いや、流石に家を追い出すような真似はしていない。確かに、そういう貴族もいるのは事実だが。ドノヴァンの場合は、むしろそこまでの興味を抱いていないのだろう。憎悪や嫌悪ではなく、無関心なのだ」
「──そうでしたか。……お父様が無関心でも、賑やかな王都内での生活で、お子様の心も慰められているかもしれませんね」
「さぁ、どうであろうな」
カミュは上手く落胆を隠して誤魔化し、マティ様は訝しがることもなく苦笑している。
──ある意味、一番平和的な展開の線は無くなってしまったということだろうか。生活を共にしている我が子にさえ無関心な賢者が、もしも他所で隠し子が産まれていたとして、その子を気に掛けてあげているとは思えない。
……いや、待て。もしも、賢者が、その子は魔物を引き連れているという事実を知らなかったとしたら? 好奇心が刺激されて、隠し子(仮)を可愛がり始めて、一緒に暮らしている子を見捨てたりとか、そういう未来もあったりするのだろうか。
「クックッ!」
「ポーッ! ポッ!」
僕が悶々とし始めたところで不意に、それまでずっと近くの低木の上で大人しくしていたクックとポッポが騒ぎ出した。──これって、もしや、例の「何者か」のお出ましなのではないだろうか。
急いでカミュを見ると、美しい悪魔の表情には緊張が滲み、神妙な面持ちで僕に向かって小さく頷いた。僕は他のみんなみたいに脳内で合図をそう受信したりする能力は無いから確実ではないけれど、でも、カミュの顔色から察するに、たぶんビンゴなんだろう。──つまり、ジルが予想した通り、魔物たちに導かれて来た子どもが到着したんだ。
どうしよう。よりにもよって、ここにはマティ様がいるのに。荷馬車を停めてあるここは、森にも近い。来訪者がどの方向から来るのか分からないけど、場合によっては、すぐにも遭遇してしまいかねない。
子どもとマティ様が直に出会ってしまうのは、可能な限り避けたい。でも、どうしたらいい……!?
僕が焦りながら思考をグルグルさせている横で、意を決したようにカミュが口を開いた。
「今夜は、ドノヴァンさんもいるんでした。慣れないものを召し上がるのって、きっと抵抗がありますよね……?」
王子様に付き合う形で、賢者もこの城に一泊する予定だけれど、普通に考えれば、そもそも魔王の手下が作った料理なんて抵抗をおぼえるだろう。ましてや、見慣れない食材で作られた初見の料理だったら、なおさら警戒するはずだ。
不安になってきた僕に対し、マティ様は穏やかに首を振る。
「それは大丈夫であろう。あの男は、知的好奇心の塊で作られているような人間だ。未知のもの、誰も到達したことのない知識、そういった類を何よりも好む。秘密裏に私に協力し、ジルに関する研究へ精力的に取り組んでいるのも、そういった人間性ゆえだ。異世界人が振る舞う手料理など、ドノヴァンにとっては金貨を支払ってでも食したいものだろう」
「いえ、そんな大層なものは僕には作れませんが……、でも、ひとまず抵抗感なく食事をしていただけそうなら安心しました」
「あやつは、いつだって好奇心が抵抗感を上回る。……それゆえ、時に倫理観を疑いたくなる言動をするから、こちらも戸惑ってしまうのだが」
マティ様が控えめに呟いたぼやきを聞き、カミュが微かにピクリと反応した。何か気になることでもあったのだろうか。
カミュは柔らかい表情のまま、マティ様へ探りを入れるように問い掛ける。
「悪魔の私が申し上げるのもおかしな話ですが、倫理観の欠如とは穏やかではないですね。そう思われるような出来事が、何かおありでしたか?」
「いや……、何か大きな出来事があったわけではないのだが。ただ、何気ないやり取りの中で、あやつの他者への気遣いの無さに驚くことがあるのだ。幼い子どもがいるというのに、あまりにも家族を顧みない。研究への尽力はありがたい限りだが、だからといって家族を蔑ろにされたくはない」
「幼いお子様……、魔力が低い、と賢者殿はしきりに仰っていましたね。蔑ろにされているとのことですが、王都から離れた場所へ追いやっているというようなことはないですか? 王都の貴族は疎ましい家族を遠方へ追い払ってしまう、というお話を耳にしたことがあるものですから、気になってしまいまして」
カミュはとてもさりげない様子で質問を重ねているけれど、魔物を引き連れてここへ向かっている「何者か」がドノヴァンさんと一緒に暮らしている子どもである可能性を探っているんだろう。
そこが同一人物だとしたら、少なくともジルの予想の中の「隠し子」という要素は塗り潰されることになる。隠し子ではないなら、「何者か」がドノヴァンさんの子どもで、こんな場所まで父を追い求めて来たのだとしても、親子のすれ違い激情が繰り広げられても、マティ様はさほど怒ったりはしないはずだ。
カミュもそれを期待して質問したんだと思う。しかし、マティ様は首を振った。
「いや、流石に家を追い出すような真似はしていない。確かに、そういう貴族もいるのは事実だが。ドノヴァンの場合は、むしろそこまでの興味を抱いていないのだろう。憎悪や嫌悪ではなく、無関心なのだ」
「──そうでしたか。……お父様が無関心でも、賑やかな王都内での生活で、お子様の心も慰められているかもしれませんね」
「さぁ、どうであろうな」
カミュは上手く落胆を隠して誤魔化し、マティ様は訝しがることもなく苦笑している。
──ある意味、一番平和的な展開の線は無くなってしまったということだろうか。生活を共にしている我が子にさえ無関心な賢者が、もしも他所で隠し子が産まれていたとして、その子を気に掛けてあげているとは思えない。
……いや、待て。もしも、賢者が、その子は魔物を引き連れているという事実を知らなかったとしたら? 好奇心が刺激されて、隠し子(仮)を可愛がり始めて、一緒に暮らしている子を見捨てたりとか、そういう未来もあったりするのだろうか。
「クックッ!」
「ポーッ! ポッ!」
僕が悶々とし始めたところで不意に、それまでずっと近くの低木の上で大人しくしていたクックとポッポが騒ぎ出した。──これって、もしや、例の「何者か」のお出ましなのではないだろうか。
急いでカミュを見ると、美しい悪魔の表情には緊張が滲み、神妙な面持ちで僕に向かって小さく頷いた。僕は他のみんなみたいに脳内で合図をそう受信したりする能力は無いから確実ではないけれど、でも、カミュの顔色から察するに、たぶんビンゴなんだろう。──つまり、ジルが予想した通り、魔物たちに導かれて来た子どもが到着したんだ。
どうしよう。よりにもよって、ここにはマティ様がいるのに。荷馬車を停めてあるここは、森にも近い。来訪者がどの方向から来るのか分からないけど、場合によっては、すぐにも遭遇してしまいかねない。
子どもとマティ様が直に出会ってしまうのは、可能な限り避けたい。でも、どうしたらいい……!?
僕が焦りながら思考をグルグルさせている横で、意を決したようにカミュが口を開いた。
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