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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ

【8-18】

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「そのカキゴォイって、一人では食べられないものなの?」

 相変わらず遠慮がない質問を発するマレシスカに対し、ジルベールはわずかに苛立ちをおぼえたが、当のミカ本人は気にした素振りもなく普通に答える。

「ううん、そんなことないよ。勿論、一人で食べることは出来るんだけど。……でも、かき氷が売ってるのはお祭りの屋台とか、何かの催しをやっている会場とか、そういう賑やかな場所が多かったし。フラッペも、綺麗な喫茶店とか街角の露店とかそういう場所にあって……。どちらにしても、誰かと一緒に味わうことが多いように感じててさ、興味があっても、一人で食べてみる気にはならなかったというか……。いずれにせよ、僕の勝手な印象なんだけどね」

 そう言って笑ったミカは、もう一度水を飲んでから、再度ヒャココを食べ始めた。氷の部分だけではなく、角切りの果実も食べているので、咀嚼する元気が戻ってきたのかもしれない。

「うん、美味しい! これは確かに、暑い夏に食べたくなる気持ちが分かるなぁ……。熱がある身体に沁み渡る感じがする」
「そうでしょ? あたしの故郷では、熱を出した子どものために作る特別なおやつが、このヒャココなの。これで身体の中を冷やしてから、軽い回復魔法を掛けるのが、子どもへの治療法の基本なんだ」
「そうなんだ。熱は嫌だけどこれは食べたい、って子が沢山いるんだろうなぁ」

 マレシスカの話を聞いて微笑ましそうに言葉を返したミカは、ふと傍らの魔王と悪魔を見つめてから、視線を彼女へ戻す。マレシスカが首を傾げると、ミカは何故か少し照れくさそうな微笑を浮かべた。

「どうしたの、ミカ?」
「うん、あのね……、キカさんにちゃんと言っておきたいなって思ってたことがあって」
「あら、なぁに? 調達する食材のこと?」
「ううん。……前に、キカさんが言ってたでしょ。僕はいいところに転生してきて良かったね、みたいなことを」
「あ、うん、……確かに言ったわね」

 その件でジルベールに叱られたマレシスカは気まずそうに隣の魔王を見上げ、その魔王もまたバツが悪そうに視線を彷徨わせる。しかしミカは、その微妙な空気を打ち払うように、明るい声で言った。

「本当にその通りだな、って思うよ。今なら、はっきりと言える。僕、ここに来て、本当に良かった。ジルとカミュのいる城で過ごせて、キカさんとか、クックやポッポとか、素敵な出会いも沢山あって。ここに来て、良かった」
「ミカ……」

 感極まったように掠れた声音で名を呼ぶジルベールの黒眼をしっかりと見つめて、ミカは頷く。

「僕は幸せだよ。この世界で、ここで生きている今が、とっても幸せ。幸せな毎日を、ありがとう。……ちょっと照れくさいけど、素直な気持ちを伝えておきたかったんだ。キカさんにも、前に随分と気を使わせちゃったから、ちゃんと言っておきたかったんだ」
「そう……、そうなの……、そうなのね、ミカ。よかった。……ああ、本当に、良かったわ」

 涙声で言いつつクシャクシャに笑ったマレシスカは、ヒャココが載ったトレーを押しやり、身を屈めてミカを思いきり抱きしめた。家族のような親愛を込めた抱擁だ。彼女は本当に姉のような立場からミカを見守り、心配していた。弟のような存在が幸福だと笑っている姿が、心底嬉しいのだろう。

「どうしてキカさんが泣くの? 僕、何か変なこと言った?」
「違うわよ、バカ! 嬉しいの。嬉しいのよ。アンタが幸せで、嬉しいの。幸せだって教えてくれて、ありがとうね。お姉ちゃん、嬉しいわ」
「お姉ちゃんって、もう……」

 呆れたように言いつつも、ミカは少し嬉しそうだ。以前のミカならば、姉を自称されても戸惑った苦笑を浮かべるだけだっただろう。それが今では、しょうがないなぁと言いたげな笑顔で、彼女の背を抱き返すようにして撫でている。
 ひとつの成長を目の当たりにしたように思えて目頭が熱くなったジルベールは、「もっと水を汲んでくる」とボソリと言い残し、急いで部屋を出た。近くの壁に背を預け、片手で目元を覆っていると、ひとつの人影がするりと外へ出てくる。──カマルティユだった。

「ジル様……」
「カミュ。お前は良い仕事をしたな。素晴らしい魂を選び取り、幸福を与えた」
「……幸福は、私ではなく、──いえ、私だけではなく、ジル様や、他にもミカさんが関わってきた皆さんが差し上げたものでしょう」
「……ああ。……あの子の幸せを、守ってやらねば。ささやかな願い事のはずなのに、この世の何よりも難題に思えてならない。……それでも、守らねば」
「ええ。……共に、お守りいたしましょう」

 悪魔は魔王に寄り添い立ち、その肩をそっと撫でる。覚悟が決まっていると同時に、まだ最善の道を探すべく粘りたいと考えているのは、二人とも同じだ。同一の願いを重ねる魔王と悪魔は、潤んだ瞳で視線を交わし、深く頷き合うのだった。
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