上 下
82 / 246
【第4話】応援フロランタンと祝福ケーキ

【4-19】

しおりを挟む
 ◇


 カミュから差し出されるハンカチを何枚びしょ濡れにしたか分からないほど大泣きした僕は、とうとう涙が出なくなったところで、ようやく嗚咽も収まった。泣きすぎて頭が痛いし、パンパンに腫れているだろう目元が熱を持っているし、なんだか喉も痛いし、お腹が空いた。
 そんな自分の感覚を幼子みたいだなと思うけれど、実際、子どもに負けないくらいの泣きっぷりだった。今しがたまでの醜態を思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。

「落ち着いたか、ミカ。ああ、目が真っ赤になってしまったな」
「おやおや。痛くはないですか? 腫れが引かないようなら治癒魔法を掛けましょうか」
「ううん、大丈夫。平気だよ。……ありがとう」

 ジルもカミュも僕を馬鹿にしたり呆れたりするどころか、いつも通りの過保護さで温かく接してくれる。いたたまれなさとありがたさが入り交じって、なんだか照れくさい。でも、自分の気持ちをきちんと言葉にして伝えるべきだと己を叱咤し、僕はジルとカミュを順番に見つめた。

「ジル。カミュ。急に泣いたりして、ごめんね。初めて、誕生日おめでとうって言われて。……初めて、自分が生きていてもいいんだ、って思えて。……いや、一度は死んでるんだけど。でも、ここで生きていていいんだって認めてもらえたような気がして、自分でもそれを認めてもいいような気がして、……嬉しかったんだ。……本当に、ありがとう」

 あまり纏まっていない言葉へ耳を傾けてくれた二人は、穏やかな表情で頷く。そして、ジルは僕の頭をぽんぽんと撫でてきた。

「そうか。それなら良かった。……声が枯れているな。ほら、水を飲め」
「うん、ありがとう」

 ジルに手渡されたカップの水を一気に飲み干した瞬間、結構な勢いでお腹が鳴る。うわ、恥ずかしい。
 たぶん僕は一瞬にして赤面したと思うけれど、両脇の二人はどことなく嬉しそうに視線を交わし合ってから、微笑ましそうな眼差しをこちらへ向けてきた。

「泣くのは体力を使うからな。腹が減ったんだろう。ほら、好きなものを食べろ」
「どれから召し上がっても良いのですよ。全部、ミカさんのためにご用意したものですから」
「あ、ありがとう……、さっきから、ちっちゃい子みたいで恥ずかしい」
「恥ずかしくなどないですよ。全て、ミカさんの中に湧き上がった自然な感情や反応によるものでしょう?」
「そうだ。何も恥じ入る必要は無い。……それより、どれから食べる? 食べたいものを取ってやろう」

 そう言ってジルは椅子に座り、テーブルに並んでいるお菓子を眺めながら、色々と説明してくれる。
 この世界では、誕生日を迎えた者が主催して日中に祝宴を開き、祝杯用の酒や果実水を用意するそうだ。そして、招待客たちは菓子を持ち寄り、皆で祝福の歌を歌いながら食べる。最後に主催者の家族もしくは近しい間柄の者が用意した炙り肉を食べて、もう一度乾杯をして締めくくるらしい。そして夜には家族のみでもう一度、ささやかな祝宴を行ってから、先祖に祈りを捧げるんだそうだ。

「夜の祝い方は厳かだが、昼はとにかく賑やかに祝う。いかに多くの招待客を呼べるか、どれだけ祝福の菓子が集まるか、そんなことを競い合う奴らもいる。まぁ、そんなのは大体が上流階級の者たちだが」

 なるほど。アリスちゃんが誕生日のお祝いをしたがっていた背景には、そんな事情もあったのかもしれない。
 納得して頷くと、ジルの白い指先がテーブルのお菓子たちを指した。

「そんなわけで、ミカの誕生日を祝うための菓子を、マティアスから贈ってもらった。本当はマレシスカにも頼みたかったんだが、本来、魔王から人間へ接触するわけにはいかないからな。だから、マティアスに張り切ってもらった。ここに並んでいるほぼ全てが、彼からの贈り物だ」
「えっ!? こ、こんなにたくさん……!?」

 テーブルを埋め尽くさんばかりのお菓子は種類が豊富で、地球での洋菓子によく似たものもあり、どれも美味しそうだ。素朴なものから豪華なものまで、数え切れないくらい大量にあって、食べ切れるのは何日後だろうというレベルだった。

「ミカの誕生日だと伝えたら、魔法の収納袋を鳥に持たせて送ってきた。本当はもっと贈りたい菓子があったそうだが、鳥に持たせられる量には限界があるから申し訳ないと、今度訪問するときにはミカへの手土産をたくさん持っていくと、そう伝えてくれと手紙に書かれていた」
「いやいや、十分すぎるくらいだよ……! ジルが返事を書くとき、僕がすごく喜んでいたって、十分たくさんいただきました、ありがとうございますって伝えてくれる?」
「ああ、分かった」

 ジルが快く了承してくれたところで、いつの間にか着席して僕たちの会話に耳を傾けていたカミュが、無邪気な笑みを浮かべて大きなケーキを指差す。

「ミカさん。このお菓子の殆どがマティアス様からの贈り物ですが、あれだけは私たちが作ったのです。マリオさんの真似をして、クレェムとやらを使ったケェクに挑戦しました。なかなかの出来栄えだと思いますが、どうでしょう?」

 褒めて褒めてと顔に書いてある子どものような悪魔が可愛らしくて、僕の頬もついつい緩んでしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

処理中です...