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【第3話】親交を深める鍋パーティー
【3-10】
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◇
もう到着する、という旨の手紙が届けられ、ジルとカミュと共に僕も玄関で待機することにした。
現在、第三星図期間。つまり、地球の北半球でいう三月のようなものだと思うのだけれど、まだ雪が融け残っているし、けっこう寒い。ただ、城内で僕がいる場所には大抵ジルかカミュのどちらかがいて、彼らが魔法で空気を温めてくれるから、僕は大半の時間を薄着でも快適に過ごせていてありがたかった。
今も、王族をお迎えするのに上着を着こんでいるのも失礼だろうと外套の類を着ていない僕のために、ジルがこの場を温めてくれている。──マティアス様のために温めているのかと思ったのに、それはきっぱりと否定されてしまった。それはそれでどうなんだろう……?
とにもかくにも、いよいよマティアス様のご登場だ。ジルとカミュの話を聞く限り、ちょっとクセがありそうだけれども悪い人だとは思えない。ただ、相手は王子様。ロイヤルな立場の御方だ。いくらご身分を振りかざすタイプの人ではないとしても、無礼が無いように気をつけなければ。
「ミカさん、随分と緊張しておられるようですね」
「そうだな。一度落ち着いたようだったのに……、まぁ、妙な勇ましさは削げ落ちているようだから少しはマシか」
「うう……、緊張するなというほうが無理だよ。だって、王子様だし」
魔王と悪魔からの冷静な指摘に対し、思わず弱音がポロリと零れてしまう。それを聞いた彼らは、わずかに苦笑を浮かべた。
「まぁ、多少は仕方がないかもしれませんね。一度耐性がつけば、このような緊張はされないようになるはずですし」
「そう願おう。──おや、とうとう来たようだ」
ジルの言葉通り、間もなく馬車が近づいて来る音が聞こえてくる。この世界の馬車の馬は、魔法で指示を受ければその通りに行動するように訓練を受けているらしく、御者や世話係が厩舎へ誘導しなくとも自分で勝手に行って休むらしい。つまり、一人で来ているマティアス様も、城の入口前で降車したらまっすぐ此方へ向かい、僕たちも揃ってお出迎えすることになる。
馬車が止まり、少しの間を置いて再び動き出す音がした。同時に、足音がひとつ近付いてくる。カミュが入口の扉へ向かってふわりと飛び、タイミングを見計らったかのように恭しく開く。──そこには、いかにも「王子様」という雰囲気の若い男性が立っていた。
腰のあたりまである長い銀色の髪は、高級そうな素材の細いリボンでひとまとめに結ばれている。一見冷たい印象のある切れ長の青い瞳は、冴え冴えとしていた。ジルほどではないにせよ僕に比べたらかなり高い背丈のすらりとした身体を包んでいるのは、やはり重厚なイメージの上品な衣服だ。彼が手にしている、片腕程度の長さの綺麗な杖のようなものも、──もう、全身どう見ても「王子様です」という感じの人だ。
「マティアス様、いらっしゃいませ。お久しぶりでございます」
「よく来たな、マティアス」
「ああ。……出迎え、ご苦労」
カミュとジルを一瞥した王子様──マティアス様は、堂々とした足取りで城内へ足を踏み入れる。ジルの横に立つ僕に気づいているのかいないのか、こちらには全く視線を向けない。
玄関の中ほどまで足を進めたマティアス様はふと立ち止まり、無表情のまま首を傾げた。
「……室内の温度が高い気がするのだが」
王子の質問に、魔王が答えを返す。
「ああ。ミカが風邪をひいたら大変だから、彼のいる場所は温めるようにしている」
「……ミカ? 誰だ?」
「新しい食事係だ。第一星図期間の中程から、世話になっている。……手紙にも書いただろう?」
ジルが、僕の肩を抱く体勢で軽く叩いた。その動きに合わせるように、マティアス様は視線を下げて、初めて僕と目が合った。もしかして、視線の高さが違いすぎて彼の視界に入れていなかったのだろうか。ちょっとショック……。
いずれにせよ、初めて僕を見つけたマティアス様はアイスブルーの瞳を大きく見開いて驚き、次にジルを睨みつけた。
「ジル! 貴様、どういうつもりだ!」
「何がだ」
「まだ子どもではないか! 確かに、新たな食事係を得たという報告は手紙に書いてあった。無論、私もそれを読み、把握している。だからこそ、今回の風変わりな要求物資も揃えて届けに来た。……だが、こんないたいけな少年を召喚したなどと聞いておらぬ! 貴様、随分と面倒くさい条件を付けて悪魔に召喚させていたはずだが、よもや子どもを条件内に含めていたわけではあるまいな!?」
「……やはり、そういう反応になるよな」
ジルは憂い気な溜息を零す。隣の魔王の横顔を見上げてみると、マティアス様の反応は予測済みであると同時に厄介だと感じているような、そんな表情をしていた。
「確かに、年齢制限はかけていなかった。その落ち度はあるだろう。だが、俺がカミュに命じていた召喚条件は、通常であれば子どもが引っ掛かるものではない。そして、ミカのような若者が引っ掛かることも想定外だった。しかし、ミカは子どもではない」
「何をゴチャゴチャと……!」
「マティアス。ミカは小柄かつ童顔ではあるが、子どもではない。元の世界においても成人していた、大人の男だ」
「……何?」
「大人といっても、大人になりたての若者だがな。それでも、子どもではない」
驚愕を宿した青い瞳が、再び僕を射抜いてきた。
もう到着する、という旨の手紙が届けられ、ジルとカミュと共に僕も玄関で待機することにした。
現在、第三星図期間。つまり、地球の北半球でいう三月のようなものだと思うのだけれど、まだ雪が融け残っているし、けっこう寒い。ただ、城内で僕がいる場所には大抵ジルかカミュのどちらかがいて、彼らが魔法で空気を温めてくれるから、僕は大半の時間を薄着でも快適に過ごせていてありがたかった。
今も、王族をお迎えするのに上着を着こんでいるのも失礼だろうと外套の類を着ていない僕のために、ジルがこの場を温めてくれている。──マティアス様のために温めているのかと思ったのに、それはきっぱりと否定されてしまった。それはそれでどうなんだろう……?
とにもかくにも、いよいよマティアス様のご登場だ。ジルとカミュの話を聞く限り、ちょっとクセがありそうだけれども悪い人だとは思えない。ただ、相手は王子様。ロイヤルな立場の御方だ。いくらご身分を振りかざすタイプの人ではないとしても、無礼が無いように気をつけなければ。
「ミカさん、随分と緊張しておられるようですね」
「そうだな。一度落ち着いたようだったのに……、まぁ、妙な勇ましさは削げ落ちているようだから少しはマシか」
「うう……、緊張するなというほうが無理だよ。だって、王子様だし」
魔王と悪魔からの冷静な指摘に対し、思わず弱音がポロリと零れてしまう。それを聞いた彼らは、わずかに苦笑を浮かべた。
「まぁ、多少は仕方がないかもしれませんね。一度耐性がつけば、このような緊張はされないようになるはずですし」
「そう願おう。──おや、とうとう来たようだ」
ジルの言葉通り、間もなく馬車が近づいて来る音が聞こえてくる。この世界の馬車の馬は、魔法で指示を受ければその通りに行動するように訓練を受けているらしく、御者や世話係が厩舎へ誘導しなくとも自分で勝手に行って休むらしい。つまり、一人で来ているマティアス様も、城の入口前で降車したらまっすぐ此方へ向かい、僕たちも揃ってお出迎えすることになる。
馬車が止まり、少しの間を置いて再び動き出す音がした。同時に、足音がひとつ近付いてくる。カミュが入口の扉へ向かってふわりと飛び、タイミングを見計らったかのように恭しく開く。──そこには、いかにも「王子様」という雰囲気の若い男性が立っていた。
腰のあたりまである長い銀色の髪は、高級そうな素材の細いリボンでひとまとめに結ばれている。一見冷たい印象のある切れ長の青い瞳は、冴え冴えとしていた。ジルほどではないにせよ僕に比べたらかなり高い背丈のすらりとした身体を包んでいるのは、やはり重厚なイメージの上品な衣服だ。彼が手にしている、片腕程度の長さの綺麗な杖のようなものも、──もう、全身どう見ても「王子様です」という感じの人だ。
「マティアス様、いらっしゃいませ。お久しぶりでございます」
「よく来たな、マティアス」
「ああ。……出迎え、ご苦労」
カミュとジルを一瞥した王子様──マティアス様は、堂々とした足取りで城内へ足を踏み入れる。ジルの横に立つ僕に気づいているのかいないのか、こちらには全く視線を向けない。
玄関の中ほどまで足を進めたマティアス様はふと立ち止まり、無表情のまま首を傾げた。
「……室内の温度が高い気がするのだが」
王子の質問に、魔王が答えを返す。
「ああ。ミカが風邪をひいたら大変だから、彼のいる場所は温めるようにしている」
「……ミカ? 誰だ?」
「新しい食事係だ。第一星図期間の中程から、世話になっている。……手紙にも書いただろう?」
ジルが、僕の肩を抱く体勢で軽く叩いた。その動きに合わせるように、マティアス様は視線を下げて、初めて僕と目が合った。もしかして、視線の高さが違いすぎて彼の視界に入れていなかったのだろうか。ちょっとショック……。
いずれにせよ、初めて僕を見つけたマティアス様はアイスブルーの瞳を大きく見開いて驚き、次にジルを睨みつけた。
「ジル! 貴様、どういうつもりだ!」
「何がだ」
「まだ子どもではないか! 確かに、新たな食事係を得たという報告は手紙に書いてあった。無論、私もそれを読み、把握している。だからこそ、今回の風変わりな要求物資も揃えて届けに来た。……だが、こんないたいけな少年を召喚したなどと聞いておらぬ! 貴様、随分と面倒くさい条件を付けて悪魔に召喚させていたはずだが、よもや子どもを条件内に含めていたわけではあるまいな!?」
「……やはり、そういう反応になるよな」
ジルは憂い気な溜息を零す。隣の魔王の横顔を見上げてみると、マティアス様の反応は予測済みであると同時に厄介だと感じているような、そんな表情をしていた。
「確かに、年齢制限はかけていなかった。その落ち度はあるだろう。だが、俺がカミュに命じていた召喚条件は、通常であれば子どもが引っ掛かるものではない。そして、ミカのような若者が引っ掛かることも想定外だった。しかし、ミカは子どもではない」
「何をゴチャゴチャと……!」
「マティアス。ミカは小柄かつ童顔ではあるが、子どもではない。元の世界においても成人していた、大人の男だ」
「……何?」
「大人といっても、大人になりたての若者だがな。それでも、子どもではない」
驚愕を宿した青い瞳が、再び僕を射抜いてきた。
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