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新しい俺は何者なのだろうか

顔は似ていなくとも、兄弟

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「あ、お前達の入学。次の春だからな、準備しとけよ」

 これは俺とコルアが揃って魔術の特訓をしているところに通りかかった父さんの言葉である。

「え? ちょっとまって父さん。兄さんは分かるけど、どうして僕も?」

 コルアは疑問を持ったようだが、俺は15になった時から学校の事は意識していたので、大して気にならない。強いていえば若干憂鬱にはなるが。

「そりゃ兄弟ひと部屋の方が寮も使いやすいからだろう。安心しろ、お前はしっかりしてるし、アールもいればどうにかなる」

「そんな理由……兄さんの一緒なのは、ありがたいけど」

 実はこちらの学校、年齢に縛りがない。それを知った時真っ先にコルアと一緒に入れるようにねだった。知識が豊富な弟がいれば頼りになるだろうという打算もあるが、兄弟が学校にいることに憧れる気持ちがあったからだ。

「それとアール、お前の氏名だけどな、あれで出すぞ。いいか?」

「そうして!」

「一度決めたら、この先も子孫もずっと受け継ぐんだぞ。分かるか?」

「大丈夫、ちゃんと分かってる!」

「ならよし。近くなったら出しとくからな」

 父さんからの確認に意思を持って答える。俺の望みを尊重してくれるようで、本当に理解がある人でよかったと心から思う。

「えと、何の話ですか?」

「え、あーーー!俺の姓の話だよ」

 戸惑った顔のコルアを見て、置いてけぼりにしていたことに気がつく。今の話は俺のタイラという勝手に名乗りだした姓を正式な氏名に加える、という話だ。

「……そっか、兄さんには苗字があるんでしたね」

「お、おう。でもな、お前まで巻き込むつもりは無いから! 安心してな」

 下を向いて難しげな雰囲気を漂わせ始めたので、慌ててフォローを入れる。この世界でも姓というのは重要な事なので、とばっちりを喰らうかも、と心配になるのは当たり前だと思ったのだ。
 姓は誰でも持つことが出来るが、それが子孫に受け継がれていく関係上無闇に持つ人はいない。なのでこの世界で苗字持ちなのは、貴族の人が多い。つまり、苗字を付けるイコール貴族と間違われるイコール面倒、ということになる。学校は制服があるので、身なりの善し悪しは全く意味が無い。

「いえ、そういうつもりじゃ……僕も」

「うん?」

 何か言いたげに言葉を切ったので、先を促すように問いかけてみる。しかしコルアはそれに答えることは無く、父さんの方を向いた。

「父さん、それはいつ出すんですか?」

「氏名変更の届け出か。遅くてもひと月後だな」

 それを聞いたコルアは、俺をちらっと目に映すとまた父さんを見つめた。

「なら、それまで待って貰えますか。お願いします」

「……いいぞ。期限に間に合えば、焦るもんでもないしな」

「ありがとうございます」

 コルアは頭を下げ、父さんはなにか察したようにその肩をポンポンと叩いている。

(……俺の知らない何かが進行してるんだけど)

 限りなく広い疎外感を感じたところで、今日は打ち止めになった。



 訓練を終えて部屋のベッドに座り込む。面倒ではあるが、父さんがああ言ってきたということは、そろそろ準備をしなければならない。

「コルアー、日用品以外の本とか、持ってくなら早めに用意して送らないとだよなー?」

「……兄さん。少し話、いいですか」

 心底軽く問いかけたつもりなのだが、コルアの顔は真剣そのものだ。その意味がわからずに背筋が伸びる。

「な、なんだ。本、持ってったらまずいとか」

「そうじゃなくて、苗字について聞きたくて」

 なんだそんなことか、と思ったがあまりに真っ直ぐ見つめてくるので、極めて凛とした表情を意識する。

「おう。なんでも聞いていいけど、何が知りたいんだ?」

「その、タイラという苗字にどんな意味があるのかと思って。聞いたことの無い言葉だし、それにしては兄さんが思い入れがあるようなので」

 初っ端から俺は少し固まってしまう。

(なんとも、答えにくいところを……前世とか異世界とか、さすがに言う気は無いしなー……)

 それは、この世界で生まれてこの世界で育ってきたコルアには関わりのない話だと思っているから。俺は前世の経験から、知ることが何かを引き起こしてしまう気がしてならなかった。あっちの世界に未練やこだわり、想い入れがあるのは俺の事情で、もっと言えばもう俺でもない俺のものであるのも、言葉を濁らせる要因になった。

「なんつか、大事な人との繋がりというか、自分への戒めというか……ア、アイデンティティ、ということで」

 精一杯、嘘をつかずに言える範囲で誤魔化した。最も大事な言葉を除いたおかしな答えなのは、賢いコルアなら分かっているだろう。
 
「分かりました。ありがとうございます。……じゃあ、引越しの準備、少しずつしていかないとですね!」

 だがそれ以上の言葉を求めることはせず、日常の会話へ戻っていった。俺はその態度に感謝しつつも、はっきりと答えてやれないことにどこか後ろめたさを感じた。



 それからしばらくして、俺たちの部屋はスッキリした。いよいよ入学の時期が近づいていて、既に少しホームシックぎみのベットのシーツが大好きな人間になっている。

(何気に実家出るの初めてだし、学校かぁー……だるい)

 俺の中にある学校のイメージは、一日中座って話を聞く場所という部分が大を占める。疲れるし眠いし、前世では部活と友達目当てで通っていたので、結構充実した生活を送っている今では通いたくないという思いが強い。それでも、この世界で生きていくための必須講習のようなものなので拒否はできない。だから、ここで異世界らしさを発揮してくれることを非常に願っている。

「兄さん……シーツも持っていきますか? それか、枕でもいいと思いますけど」

「あーいや、俺はコルアを持ってくからいい」

「なんですか、それ」

 先を憂いてシーツにくるまっているとコルアが声をかけてきて、まさにホームシックへの対応をしてきた。それに対して、俺に一番家を思い出させる効果がある名前を返すと、少し呆れたように笑いかけてくれる。

「そう言えばさ、あの姓の件。なんかあった? 俺、何も聞いてないんだけど」

 学校で思い出したそのことについて尋ねると、コルアはベットの上で正座をした。

「それなんですが、お願いがあって。兄さんが嫌だと言うなら、無理強いはしません。けど……そうじゃなければ、兄さんと同じ苗字を名乗らせてくれませんか」

 お願いします、と頭を下げられたあと真っ直ぐ目が合う。

(別にそれは全く構わないけど……)

 いいよ、といえば済む話だが、コルアの姿勢にそれだけで答えるのは違う気がした。俺が話さない苗字の意味や理由を汲んで、考えて悩んだ上で申し出ているのだろう。俺が重要視していたのは、コルアに俺がいた世界の情報を渡さないこと。名乗ることは俺にとっては戒めの意味があるが、コルアにただの苗字としてあつかってもらう分にはいいと思っている。

「分かった。コルアは察してると思うけど、この姓には理由がある。だけど、大袈裟に気にしなくていい。俺はお前が同じ姓を使いたいって思ってくれたことが、単純に嬉しいから、いいよ」

 なるべく心のままを言葉に変えて伝える。

「その理由はまだ聞けませんか」

「……うん」

  譲れないラインはもちろんある。たとえどれだけ時間が経っても、俺から厄介事の種は引き込まないし、もし何か起きるなら必ずそばにいる。守ってやることが出来なくても。

「分かりました。なら、それがどれだけ大きなことでも、背負えるような人になりますね!」

 俺の返事に不満を漏らすことも無く、コルアは頼もしい言葉を口にする。俺もそれに押されて言葉を選ぶ。

「おう! 兄ちゃんもどんなことが起きてもいいように頑張るとするか!」

 アール・タイラ、コルア・タイラの入学準備はこれで全て整った。神様の祝福はすべての人々に与えられている。どうか、子供たちの新しい門出に幸多きことを。
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