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17.酒場にて
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「それで……あんたはシエルが『天の英雄』ってやつだと思っていると?」
ウィントフォール大陸の港町、フォースアベニューの酒場で、ルナの話を聞いたグレイはため息交じりに答えた。
あのレッドオーガとの死闘から九日が経過していた。二人とも体の傷はルナの治癒術のおかげで残ることは無かったが、一週間かけて港町ウィントフォールまでたどり着いた二人は泥のように眠り続け、体力が回復したのはつい今朝がたである。現在、グレイとルナは食事をとるために町の酒場に赴き、ひと段落していたところだった。(最も、無気力なグレイをルナが強引に連れ出す形であったが……)
「じゃあ、なんであんな遺跡を目指したんだよ」
グレイは思っていた疑問を口にした。最初からもっと問い詰めれば良かったはずだ。
「私としても確信があるわけではありません。少しでも『天の英雄』の情報が欲しかったのです。そして、彼女の反応も一緒に見られればと思っていました。騙すようなことをしてしまってすみませんでした」
別に騙されたつもりもないが、落ち着いて考えるとシエルのあの力は謎すぎる。そして、『強すぎる』。一緒に居ただけの何のとりえもないグレイ(言い過ぎかもしれないが)にも、海賊の幹部や海の怪物を倒す力を分け与えることが出来、自身はその力を更に凌駕する力を行使している。正に英雄と呼ばれるに相応しい力と考えても違和感はない。
「まあ、アンタの言うことはわかるよ。今となってはな。だけど、アイツはもうここにはいない。ここで俺達の契約は終了ってことで良いよな?」
短い間ではあったが、グレイにとってルナとの冒険は楽しかった。だが、グレイはシエルにとって忌むべき相手だ。シエルの力を借りたいルナがこれ以上、グレイに関わるメリットは何もない。グレイはそう思っていた。しかし、ルナの考えは違った。
「いえ、契約は継続です。彼女はまた貴方の前に必ず現れる。少なくともそれまでは一緒に行動をして頂きます」
ルナはグレイを真っ直ぐに見据えて答えた。グレイは慌てる。
「おいおい、ちょっと待てよ! 俺はシエルに殺されかけた。一緒に居たら、今度こそ巻き添えを食うぞ?」
自分はいつ死んでも良い。だが、それに人を巻き込みたくない。グレイのその気持ちは今もなお変わりは無かった。ましてや、死の縁から一緒に生還したルナであればなおさらである。だが、ルナの回答は意外なものであった。
「本当にそうでしょうか?」
「あん? 何がだよ?」
危険だということもわからない程、愚かな女では無いはずだ。ルナの言葉にグレイは混乱した。
「彼女は……シエルさんは貴方を殺そうとしたようにはどうしても思えません」
グレイはさらに混乱した。シエルは確かにあの時に言ったのだ。「ここにいる亜人は凶暴だからね。ゆっくり嬲り殺されるが良いさ」……と。
(ん? 殺すとは言ってないのか?)
シエルは確かにグレイに恨みを持っている。だが、したことと言えば遺跡の最奥に置いていっただけだ。彼女の力であればグレイを殺すなど造作も無いことなのに。
「シエルさんもあの罠のことは知っていたはずなのに放置していた。そして、あのレッドオーガやゴブリン達……私たちが遺跡を出た時に襲って来なかったんですよね?」
そうだった。グレイはルナを担ぎながら外の馬車までたどり着いたが、決して亜人達が追えない速度では無かった。それなのに馬車についても追ってくる気配が全くしなかった。
「もしかしたらシエルさんが助けてくれていたのかもしれません」
ガン!
ルナの言葉が終わる前にグレイがテーブルを拳で叩いた。その音に一瞬、周囲が静まり返る。二人を見て痴話げんかと誤認した客達が興味を無くし、再び会話を始めたころ、グレイが口を開いた。
「そんなはずは無え。アイツが……シエルが俺を助けるなんてことは絶対に。……俺はそれだけのことをしたんだ。アイツに一生恨まれるだけのことを」
自分が黙って遺跡の宝石を持ち出したことで故郷の村が襲われるきっかけを作った。グレイがシエルだったら、グレイのことを絶対に許さないだろう。
「逆だったらどうなのですか?」
「逆?」
「宝石を持ち出したのがシエルさんで、生き残ったのは貴方だけだった」
「アイツはそんなことはしない。したとしても何か理由が……」
そう言ってグレイはハッとなった。
「シエルさんも貴方の事情を考えたことは無かったのでしょうか?」
ルナの言いたいことはわかる。だが、グレイが持ち出した理由は個人的な理由だ。
(そして、持ち出したにも拘わらず俺は何も成し遂げていない。あの村に残っていた方が今の俺よりもずっとまともな男として生活していたはずだ。)
黙りこんでいるグレイを見ながらルナは切り出した。
「二人で議論しても解が出るものではありません。シエルさんにもう一度会うべきなのです。私も貴方も。だから……」
「契約は継続する……と言うことか」
「その通りです。……いかがですか? グレイ」
グレイは目を閉じてまた思案する。
(あくまで可能性だ。シエルが俺を殺しに来る可能性も否定できない。だが……)
グレイはシエルにもう一度会いたい気持ちを抑えきれなくなった。そして、その時はきっとルナの力も必要なのだろう。こんな状況では、きっと、シエルと二人ではまともな会話が出来ない。
「……わかった。これからどうする?」
グレイは生きる目的を見つけていた。
ウィントフォール大陸の港町、フォースアベニューの酒場で、ルナの話を聞いたグレイはため息交じりに答えた。
あのレッドオーガとの死闘から九日が経過していた。二人とも体の傷はルナの治癒術のおかげで残ることは無かったが、一週間かけて港町ウィントフォールまでたどり着いた二人は泥のように眠り続け、体力が回復したのはつい今朝がたである。現在、グレイとルナは食事をとるために町の酒場に赴き、ひと段落していたところだった。(最も、無気力なグレイをルナが強引に連れ出す形であったが……)
「じゃあ、なんであんな遺跡を目指したんだよ」
グレイは思っていた疑問を口にした。最初からもっと問い詰めれば良かったはずだ。
「私としても確信があるわけではありません。少しでも『天の英雄』の情報が欲しかったのです。そして、彼女の反応も一緒に見られればと思っていました。騙すようなことをしてしまってすみませんでした」
別に騙されたつもりもないが、落ち着いて考えるとシエルのあの力は謎すぎる。そして、『強すぎる』。一緒に居ただけの何のとりえもないグレイ(言い過ぎかもしれないが)にも、海賊の幹部や海の怪物を倒す力を分け与えることが出来、自身はその力を更に凌駕する力を行使している。正に英雄と呼ばれるに相応しい力と考えても違和感はない。
「まあ、アンタの言うことはわかるよ。今となってはな。だけど、アイツはもうここにはいない。ここで俺達の契約は終了ってことで良いよな?」
短い間ではあったが、グレイにとってルナとの冒険は楽しかった。だが、グレイはシエルにとって忌むべき相手だ。シエルの力を借りたいルナがこれ以上、グレイに関わるメリットは何もない。グレイはそう思っていた。しかし、ルナの考えは違った。
「いえ、契約は継続です。彼女はまた貴方の前に必ず現れる。少なくともそれまでは一緒に行動をして頂きます」
ルナはグレイを真っ直ぐに見据えて答えた。グレイは慌てる。
「おいおい、ちょっと待てよ! 俺はシエルに殺されかけた。一緒に居たら、今度こそ巻き添えを食うぞ?」
自分はいつ死んでも良い。だが、それに人を巻き込みたくない。グレイのその気持ちは今もなお変わりは無かった。ましてや、死の縁から一緒に生還したルナであればなおさらである。だが、ルナの回答は意外なものであった。
「本当にそうでしょうか?」
「あん? 何がだよ?」
危険だということもわからない程、愚かな女では無いはずだ。ルナの言葉にグレイは混乱した。
「彼女は……シエルさんは貴方を殺そうとしたようにはどうしても思えません」
グレイはさらに混乱した。シエルは確かにあの時に言ったのだ。「ここにいる亜人は凶暴だからね。ゆっくり嬲り殺されるが良いさ」……と。
(ん? 殺すとは言ってないのか?)
シエルは確かにグレイに恨みを持っている。だが、したことと言えば遺跡の最奥に置いていっただけだ。彼女の力であればグレイを殺すなど造作も無いことなのに。
「シエルさんもあの罠のことは知っていたはずなのに放置していた。そして、あのレッドオーガやゴブリン達……私たちが遺跡を出た時に襲って来なかったんですよね?」
そうだった。グレイはルナを担ぎながら外の馬車までたどり着いたが、決して亜人達が追えない速度では無かった。それなのに馬車についても追ってくる気配が全くしなかった。
「もしかしたらシエルさんが助けてくれていたのかもしれません」
ガン!
ルナの言葉が終わる前にグレイがテーブルを拳で叩いた。その音に一瞬、周囲が静まり返る。二人を見て痴話げんかと誤認した客達が興味を無くし、再び会話を始めたころ、グレイが口を開いた。
「そんなはずは無え。アイツが……シエルが俺を助けるなんてことは絶対に。……俺はそれだけのことをしたんだ。アイツに一生恨まれるだけのことを」
自分が黙って遺跡の宝石を持ち出したことで故郷の村が襲われるきっかけを作った。グレイがシエルだったら、グレイのことを絶対に許さないだろう。
「逆だったらどうなのですか?」
「逆?」
「宝石を持ち出したのがシエルさんで、生き残ったのは貴方だけだった」
「アイツはそんなことはしない。したとしても何か理由が……」
そう言ってグレイはハッとなった。
「シエルさんも貴方の事情を考えたことは無かったのでしょうか?」
ルナの言いたいことはわかる。だが、グレイが持ち出した理由は個人的な理由だ。
(そして、持ち出したにも拘わらず俺は何も成し遂げていない。あの村に残っていた方が今の俺よりもずっとまともな男として生活していたはずだ。)
黙りこんでいるグレイを見ながらルナは切り出した。
「二人で議論しても解が出るものではありません。シエルさんにもう一度会うべきなのです。私も貴方も。だから……」
「契約は継続する……と言うことか」
「その通りです。……いかがですか? グレイ」
グレイは目を閉じてまた思案する。
(あくまで可能性だ。シエルが俺を殺しに来る可能性も否定できない。だが……)
グレイはシエルにもう一度会いたい気持ちを抑えきれなくなった。そして、その時はきっとルナの力も必要なのだろう。こんな状況では、きっと、シエルと二人ではまともな会話が出来ない。
「……わかった。これからどうする?」
グレイは生きる目的を見つけていた。
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