三代目

峯岸メイ

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    大阪府内にある近隣都市の交流会の話だ。その日はそれぞれの町から代表者たちが一同に集い、定められた議題をひとしきり熱く語りあった。

    とは言え、勝手知ったる地元のオヤジ同士の事。単に馴れ合い話でお茶を濁しただけである。

    閉会間近になって、
「これを機に我が大阪を、皆様の力でより一層盛り上げて行こうではありませんか!」
    などとのたまう、副知事代理補佐の言葉をきっかけに、会場は親睦という名の飲み会に変わったのだった。

    だいたい町会長になるような連中は、地元の名士で連れ合いがPTA会長などというパターンが多い。

    中央に出れば全く大したことは無いのだが、地元では古株なのでそれなりにへいこらしてくれる取り巻きがいて、こちらから頭を下げるなどいうことは、ついぞ無い。

    そんな集まりで酒を飲むのだから、お互いがぐいぐい前へ出るタイプで非常に面倒くさい。

    喧しさに辟易して、そこそこに退散する者が多い中、近頃は会費の使い道について町民より煩く追求され、飲む機会もないからとすっかり出来上がった爺さんが二人残った。

    酔わない前からなにかと周りに絡み、厄介がられていた二人である。

    片方が白髪頭を振り振りこう言った。

「うっとこの町の名前やけどな」
「おう、なんてよ」

    もはやビールを手酌の、バーコード状に頭頂部を残した爺さんが応じた。

「由緒ある名前なんや。これ太閤さんの頃にの。殿さんの名前の池田に、上の人やっちゅうんで、上池田とこない言うたんや」
「ほう、それが?」

    バーコードの気の無い返事に、白髪頭が目を剥いた。

「それが?や、あらへんやろが。おうっ!あんたんとこは、どないやねん!」
「はあ?そりゃ、どう言うこっちゃ?」

    突然逆上されて、面食らう半ハゲ。

「ええ、勝手に真似しくさって!おのれとこ池田上ってなんやねん!上、後ろに付けただけやろが、格好の悪い!あんたも町の主やったら、その辺ちゃんとしたらどやねん!」

    黙って聞いていたバーコードもぷちっとキレた。

「ああっ!なに抜かしよんな!阿保も休み休み言わんかい!なにが太閤さんやねん!その辺の百姓べえの名前、後生大事にしやがって!うちはなぁ、平安時代から池田上に決まっとるわ!」
「阿保はおのれじゃろがぃ!平安時代ってどないやねん、適当に言いやがって!由来を言わんかぃ!」
「そんなもん安倍晴明に決まっとろうが!」

    どちらも嘘である。思いつきである。
危うく掴みあいになりそうだったのを、まあまあと周りからなだめられた。

    かくして、上池田と池田上の町内会長同士のいがみ合いは、この時より始まったのだった。

    町会議では互いの町名を変えさせる会を発足させようとしたが、数人の取り巻きを除けば、ほぼ無視された。

    みんな忙しいのである。そんなことを議題にするくらいなら、ゴミ袋料金を値下げするように市にかけあって欲しいのである。不審者情報をもっと密に流して欲しいのである。

    そんな訳で町会長二人は、激しく不機嫌になった。プライドの高すぎる二人が重いストレスを抱えてしまったのだ。当然のように両方とも寝込んでしまった。

    二人ともいい歳である。上池田が七十五で池田上が七十八。病みつき果てた挙句に、奇しくも同じ日に危篤になった。病院は別だが。

    いまわの際に、枕元に最愛の孫を呼んでこう言った。

「ええか。あの町のガキには、絶対負けるんやあらへんぞ!」

    ほぼ異口同音。ガクッとそのまま逝ったのもほぼ同時刻だったと言う。確認はしてないが。

    孫たちは爺さん孝行だった。道で会っても口も利かなかった。二人とも爺さんに似ず、成績優秀だった。受け継いだのは負けず嫌いな性格だったのかも。

    地区で一番の東大進学校を彼らは狙った。勉強に次ぐ勉強。それはもう頑張った。そして試験当日。
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