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1章 異界の地

第四十九話 前兆

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 おかしい……
 
 この世界は色々おかしな所がある。

 ロゼさんとモンタスの大通りを歩きながら、昨日の宝飾店に向かう途中ユウジは首をひねる。

 ジャンやロゼさんが言うには、武器や防具に魔法効果が付いた物は一部の物しか無いと言っていた。
 実際には魔灯や魔物除けの魔道具、馬車等の揺れを抑える部品には、様々な紋様が刻まれ、人の生活に使われている。

 奴隷の奴隷紋も、紋様と言う技術が使われているのだ。

 だとすれば、武器や防具に紋様を刻めば魔法効果が現れるはずなのだが、実際には武器や防具に、紋様を刻む事が出来ないと言う。

 何故武器、防具だけなのだろうか?
 ユウジが考えるに"人"が武器、防具と認識した物にだけ、紋様が刻まれないような気がする。
 となると、何らかの摂理がこの世界を覆っている可能性がある。
 
 (……この世界にもしかすると神が存在するのか……)

 古代異物の中には稀に防具に魔法効果が付いた物があると言うことは、遥か昔に間違いなく、魔法効果をつけた者が存在したことを物語っている。
 
 隣を歩くロゼさんの横顔を見る。
 
 (…綺麗だな……じゃなくて!)

 「ロゼさん言い伝えでも良いのだけど、魔法が極端に進んだ文明が、過去にあったとか知ってますか?」
 
 突然の質問に少し驚いた表情を浮かべたロゼだが、直ぐに首を横に振った。

 「いえ、そういった話は私は知りません…ユウジさんはもしかして古代異物の事で…」
 「ああ……実物を見たわけでは無いけど、人を覆う白麗の何たらとかも、防具なんだから人が作ったわけでしょ?」
 「はい、私もそれに関して疑問があるんです……例えば、此処に来る途中に通ったマルガリ大坑道の遺跡です……これは、私と言うよりイヌラ教の聖典に書かれていることですが…」


 真っ暗な何もない空間に(ユウジ的に意味不明)イヌラ神が産まれた(これも意味不明)。

 イヌラ神は三日で大地と空と海を作る。
 その後二日掛け数多の生き物を作り出す。
 最後にイヌラ神は自らの姿を模した人を作り出すのだが、その際人が暮らしやすい様に住居を作り、人を守る為に防具を数多作り出した。
 だが、余り過保護にしては人が堕落すると思ったイヌラ神は、強力な人を守る防具を封印し、人を見守り続けている……。

 (………何か……ほんと都合の良いことしか書いてない聖典だな…突っ込みどころ満載なんだが…)

 「魔法効果が付いた武器が無いのはそのイヌラ神が争いを好まなかったから作って無い…とかか?」

 ユウジの言葉にロゼが肯く。

 「はい、確かそう書かれているようです…」
 
 (……全部が全部事実では無いだろうが……この世界に神が未だに存在している可能性があるか……人を作り出した時に武器や防具に紋様を刻め無い様に、何らかの細工を人に刻んだ…のか…)

 実際ユウジは自分の武器にエンチャントを施したわけだが、ユウジが"神たま"によって造られた肉体だからエンチャントが出来る……

 (可能性としては有りか……)

 指輪の受け取りにロゼと歩くユウジは"神たま"への報告に、この世界の神についての質問も盛り込む事を決めた。




 リーデンス・オルタニウスは神童だ。
 彼のその才能の片鱗が表れたのは彼が十三歳の時だったという。
 リーデンスは、この国でも有数の商家の三男として生まれた。
 生まれながら体が弱く直ぐに熱を出す手の掛かる子供だったと言う。

 二等市民以下であればリーデンスは間違いなく成長する事は出来なかっただろうと言われる程虚弱な子だった。
 
 リーデンスが五歳になった時に誰もが受ける祝福の儀を受けたが、神から授かった才能はそれ程秀でた所も無かったようだ。
 
 ある日を堺にリーデンスは変わる。
 十歳になったある日を境に彼は家の書斎に籠もり知識を頭に叩き込む。
 本来専門の指導を受けてのみ取れる様々な資格を取り周りの大人達を驚かせた。
 そんなリーデンスだったが、ガナ操作の才能が無かった事もあり、魔法に関する資格だけは取れずリーデンス本人は悩んでいたそうだ。
 その次に彼は、護衛を従え町や国を見て回る旅に出たという。
 リーデンスの上の兄弟達はもう成人していたので、父親の手伝いで家業の仕事をしていたし、虚弱な体質で友達もいないリーデンスを不憫と思った両親は、彼の行動に寛容だった。
 十五歳の成人式迄の約二年間、彼は旅を続けたという。
 リーデンスが成人になり直ぐに父親が亡くなる。
 長男が家業を引き継ぐ事になってから、家長となった長男はリーデンスに辛くあたることが多くなったと言う。
 虚弱とはいえ好き勝手に両親に甘やかされたリーデンスを、良く思っていなかった長男の不満が爆発する。

 リーデンスは馬車馬のように雑用を押し付けられた。
 不幸は続くのか、リーデンスの家にまた不幸が訪れる。
 長男、次男と相次ぎ亡くなり、リーデンスが十七歳の時、家業を継ぐ事になった。

 相次ぐ当主の不幸に良くない噂が広がり、リーデンスの家業の商売にも影響が出始めた。
 あらゆる雑貨、食品を扱っていた店をリーデンスはあっさりと閉め、薬品を売る店を開店させた。
 これが大当りし、良くない噂を吹き飛ばす程 市民、貴族に受け容れられる。
 リーデンスは薬学において並ぶものがない程に突出していたのだ。
 彼の噂は国を跨ぎ他国にも知れ渡る事になる。
 リーデンスが三十歳を超えた頃、薬のレシピを含む全ての財産を、母親とその親戚に譲り渡し彼は旅に出る。
 リーデンスはその才が一切無い魔法に拘っていたと、母親のマーガレットは日記に書き遺していた。
 リーデンスの残した薬屋は現在でも門外不出のレシピを使い、様々な病人を治し、栄え続けている。
 次にリーデンスの名が歴史に出てくるのは、それから約二十年後のパレモラ神聖国であった。
 五十歳を超えたリーデンスはパレモラ神聖国に現れる。
 聖地を巡礼中の老夫婦がリーデンスを見掛けたのだが、その時見たリーデンスの顔はまるで若返ったように二十歳頃の面影だったと言う。
 彼の残した薬の成分は様々な人々によって解明され多くの人々の命を救い続ける。
 リーデンスの残した業績は薬だけに留まらない。
 彼の第二の業績として…いや、最大の功績ともいえる紋様術式の発明がそれであった。
 紋様術式の発明は世界を一変させた。
 それまでは紋章と言う絵柄と文字の組み合わせで、簡単な命令しか組込めなかった。
 紋様と言う幾何学的な図形と文字を複雑に組み合わせる事により、奴隷(生物)にも命令を遵守じゅんしゅさせる事まで可能になったのだ。

 当然ながら、幾何学紋様と文字を似せても効果は現れない。
 初めは、リーデンスの実家だけで紋様商売を始めた。
 だが、その効果があまりにも人々の暮らしを助ける為、リーデンスは母親との手紙のやり取りで、許可制での紋様術式公開に踏み切る。
 それは国にとっても莫大な利益を生む事になったのだ……………
 
 リーデンスの母親が亡くなった後も信用ある者がオルタニウス商会を継いでいる。
 リーデンスとの連絡は母親の死後パッタリと途絶えた。



 「あ、そう言えば…」
 
 ロゼが突然声をあげた。

 「どうしたのロゼさん」
 「古代とかでは無いけど滅んだ国あったわ」
 「…………へー…戦争とかで?」
 
 ロゼが首を横に振る。

 「今のタティラ共和国の東方にギリヤ王国と言う小国があったのだけど、今から百年程前に国ごと消滅したのよ」
 「……え?……何で?」

 ユウジの疑問にロゼが肩を窄める。

 「原因は未だ不明ですが、一節には巨大な紋様実験が失敗したとか色々噂されてるわ」
 「…紋様ね……消滅したって本当に消滅したのか?」
 「ギリヤがあった土地は深さ三十メートル、広さ約六万平方キロメートルが消滅したの」
 「凄いなそれは………」

 (何をどうすればそんな馬鹿げた事が起きるんだ……)

 「ジャンの話を聞いて思い出したのですが…」
 「ん?何を?」
 「二百年以上も昔に生まれたリーデンス・オルタニウスと言う、紋様術の始祖とも言える人物が、今でも生きてると噂であるんです」
 「……へー…紋様術のね……」
 「血風が言っていた化物って言葉を聞いて、何となくリーデンス・オルタニウスの事を思い出したわ…仮に化物がいたとしたらリーデンスなら納得かなって」

 (確かにリーデンスと言う人物が今も生きていたのなら…化物かもな…まぁ俺も大概だけど…)

 「まぁジャンさんの報告待とう。今はロゼさんの指輪が先決だよ」
 
 二人は宝飾店に辿り着きドアに手を掛け店内に入ると、昨日の店員が丁寧に御辞儀をしてくる。

 「いらっしゃいませ。指輪の調整は済んでおります」
 
 ロゼが店員と指輪の最終確認をしている間に、ユウジは指輪の代金を済ませる。
 サイズに問題なかったのか、ロゼが包を持ちユウジの横に立つ。
 
 「サイズはピッタリだった?」
 「ええ、ユウジさんありがとう…」

 ロゼがユウジの腕にそっと自分の腕を絡めた。
 ロゼが小柄とはいえ、十三歳のユウジとは五センチ程ロゼの方が背が高いのだが、それ程不自然には見えない。

 意外に大胆なロゼの行動に少し面食らったユウジだったが、経験と言うカビが生えたような記憶が、その後の行動を考えるまでもなくトレースする。
 所謂これが条件反射と言うやつだろうか?
 
 (さて、昼食は何処かで食べて宿に帰るか…指輪にエンチャントしなきゃな…)

 ユウジとロゼは大通りの雑踏の中に溶け込むように消えていった。


 港の近くの食堂で船乗り達や商人が酒を飲んでいる。
 まだ昼にもなっていないが、食堂は繁盛していた。港街ならではの光景だろう。
 
 「いらっしゃ~い。テーブルはいっぱいだよー」
 「おお!カウンター空いてるならかまわねー、とりあえず酒をくれ!」
 「あいよー」

 テーブル席に座る船員達が酒を飲みながら、他の船の船員に話し掛ける。

 「そう言えばよ、港に入る前の入り江近くに何やら物騒な船の一団がいたがありゃ何だ?」
 「ああ、そいつらなら俺達も見たな…海賊じゃねーのはわかるがなー」
 「あー俺達も見たぜそいつ等。錨を降ろして停船してたからビビりゃしなかったがな」
 
 船員達の会話を聞いていた非番の騎士が眉を顰める。

 (怪しい船団か……一応報告しとくか…)
 
 非番の騎士はカウンターに金を置いて食堂を出ていった。
 


 草叢を掻き分け進むと岩場の高台に出る。
 
 (……あれか……7艘あるな…)

 岩場に伏せながらジャンは船の一団を観察していた。

 (海賊じゃないな……鎧は着けてはないがあれは騎士の動きだ…ん?…あれはまさか!)

 ジャンは"血風"の言葉を思い返す。
 もし、"血風"が隣国マーレと関係があるのが確かなら、あの船団がマーレ軍の可能性が高い…と言うより、チラリと一瞬見えた男を見て、あれ等がマーレ軍船だと確信する。
 
 (……潜り込むか……いや、もし"血風"があの船にいたら間違いなく察知されるな…さてどうしたもんか…)
 
 ゆっくりと草叢まで戻ったジャンは一息つき対応策に苦慮していた…

 (取り敢えず何があるかわからないから、この辺の地形を完全に記憶しておくか…逃げるにしても逃げ道は考えておかなきゃな…)

 ジャンは一通り地形を覚え、街へ向かい歩き出した。

 (ザイルバーンが出てきたか……一波乱あるのは確定だな…)
 
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