冷遇された聖女の結末

菜花

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セレスティア

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 女神によって山奥の村で暮らすことになったラナは満ち足りた生活を送っていた。そのお陰で過去を笑い飛ばせるくらいには精神的にも回復した。自分を愛してくれている人がいるってこんなにも幸せなのだと実感する。ただ、日に日に結婚しないの? と聞かれることだけが悩みの種だが、それだって充実した生活をしていれば贅沢な悩みだろう。

 しかし村に来て二年後、友人のアメリーの口から王都の話がされた。

「ねえラナってば聞いた? 隣村まで行った時に新聞貰ったんだけどさ、王都で聖女冷遇っていう事件が起こってたらしいよ!」

 それ自分のことです。

 とはさすがに言えずへーそうなんだーとやり過ごす。この村にいる間はただのラナでいたかった。

「聖女ってあれでしょ、女神様が定期的に呼ぶ愛し子でしょ。そんな人虐待しようとする人っているんだねー。すっごいバカじゃん。何なの? 世界滅ぼしたいの? 自殺するにしても一人で死んでよね」

 あ、これが世間一般の普通の反応なんだ、とラナは心中で思う。けれど、その聖女がどこにでもいるような外見で特に超能力もなく庶民同然と知ったらどう思うんだろう。それが納得いかなかったのがあの四人なんだよなあ。

「でさー、聖女を苛めてたのが四人いて、そのうち三人が男……って、よってたかってこの世界に来たばかりの女の子苛めてたんだ。引くわ。で、主犯が侯爵家のご令嬢で、この人が他の三人を誑かしてたって。へー、絵に描いたような意地悪貴族ね。セレスティアっていうんだ。貴族って気取った名前が多いよねえ」

 セレスティア。今となっては少し懐かしい。他の三人と違って結局謝罪には来なかったけど、元気にしてるんだろうか。まあ、あの三人が手助けするか。皆彼女のこと大好きだったし。

「で、今そのセレスティアが危ないんだって」

「え? 危ないって?」

「身体が弱ってるみたい。聖女への虐待をそっくりそのまま再現してるらしくてさ。一日二食とか風呂にも入れないとか」

「え……何でそんなことになってるの?」



 彼女が罰を受けたなんて聞いてない。日本に居た頃は、領地内の少女達を恐ろしい方法で何百人も殺してその血を美容液にしていたという殺人犯が、貴族ゆえにその罰は幽閉されるだけで済んだという話を聞いたことがある。高位貴族であるセレスティアも罰らしい罰など受けないのではないかとぼんやり思っていた。



「だって悪女だよ? 世界を救う聖女を冷遇したんだよ? まだ生ぬるいじゃないこんなの。大体さ、税金がもったいないしさっさと処刑すればいいのに、これだから貴族って嫌い。……ふんっ」

 突然アメリーは持っていた新聞を広げ、セレスティアの肖像画が書かれた部分を勢いよくパンチした。

「さっさと消えなさいよね」

 普段明るくてよく笑うアメリーのいささか乱暴な言動に虚を突かれて固まってしまう。

「アメリーみたいな子でも……セレスティアが嫌いなんだね」

 かろうじてそう口にできたが、アメリーは言われたことが理解出来ない、と言いたげにきょとんとしていた。

「え? そりゃあそうでしょ。農業とか漁業とか自然に関わっている人は皆セレスティアなんか嫌いだと思うよ。彼女のせいで女神が余計な力を使ったから、どんなに頑張っても豊作にも豊漁にもなることはないんだもの」

 そういう世界観だったのかと今更ながら異世界に来たことを実感する。そしてセレスティアがあまりにも大きなことを仕出かしていたのだということも。

「お祭りの規模もどんどんこぢんまりになっていくし、そのくせ魔獣は普通に出るし。やってらんないって感じ。せめて悪女が死んだ時はパーッとやろうね!」



 パーッと、かあ。

 嫌いな相手でも死を望まれている場面を見るのは好きじゃないな。ましてそれまで会ったこともないのに負の感情を一方的にぶつけられるなんて。過去の自分とダブる。

 セレスティアは、今それを耐えているんだろうか。

 今頃、彼女は何を想っているんだろう。



 ざまあみろと思うには、ラナは優しすぎた。







 王都に行きたいとラナが言った時には両親はとても驚いた。貴族の家に行儀見習いで行ってそこで虐待されたのだと彼らは女神に刷り込まれている。だから王都なんて嫌な思い出しかないだろうとラナを心配した。

「アメリーも一緒よ。それに買い物するだけ。何も心配ないわ」

 心配はしたが、過去のことを乗り越えるくらい元気になったのだろうと解釈して両親は送り出す。

 お金を持たされて良い馬車を用意されて、ラナは友人と二人で旅行に出かけた。それまで村から出たことの無いアメリーは特に大はしゃぎだった。

「馬車ってすごい。自分が歩かなくても移動できる! 景色が窓の外を流れるなんて初体験よ!」

 その様子を微笑ましく見守りながら、ラナは頭の中である計画を立てていた。人には決して言えない計画を。







 聖女だった時に王宮にはいた。けれど外には出なかったから王都自体は初めてだ。珍しい商品が並ぶ露店街や大道芸人のパフォーマンス、移動する飲み物売りなどアメリーは見るものすべてに感嘆し、ラナにとっても新鮮な体験だった。外国のバザールみたいだなと思う。

「弟や妹にお土産頼まれてたんだ。あっちの店が目的の店かな?」

「私は両親に何か買っていくつもり。目的の店は逆方向ね」

「それじゃあお互い別行動して、二時間後にここに集合ね。ラナぼやっとしてるからスリとか気をつけなよ?」

「あはは、荷物しっかり持たなきゃね」



 そう笑ってラナが向かった先は、土産物屋などではない。

 アメリーが持っていた新聞にはセレスティアのことが面白おかしく、しかし事細かに書かれていた。彼女にプライバシーや人権は存在しないのかってくらいに。

 セレスティアは純粋な貴族ではなく娼婦の娘。昨日はこんなものを食べ、一昨日はこんなものを食べた。今日は腹の調子が悪いらしい。正午に宙に向かってこんな独り言を言っていた。

 セレスティアのことは好きか嫌いかでいったら嫌いだ。良い思い出なんか一つもないし、向こうは出会った時から一方的に見下してきた。

 けれど、こうまで散々な扱いされているのを見ると、どうしても同情してしまう。



 新聞にはセレスティアがどこそこに幽閉されているとまで書いてあった。建物自体は立派だが平民が気安く近寄れる場所だと。

 そこは簡単に見つかったが、どうやら先客がいたらしい。近くの子供達なのだろうか。セレスティアがいる建物に向かって何事か叫んでいる。

「バーカ!」

「悪女!」

「女神の力を返せ泥棒女!」

 ……人が簡単に近寄れる場所に幽閉してるのって、こういうことをされるのを想定しているんだろうか。セレスティアはこれをいつから受け続けているんだろう? とにかく入口に向かう。途中の壁には落書きとか卵をぶつけた痕とかあった。

 入口には門番がいたが、いかにもやる気のなさそうな男が一人しかいなかった。

「こんにちは」

「んあ? お嬢さん、こんな場所に何か用か?」

「私田舎から来たんです。稀代の悪女のセレスティアを実際に見て話の種にしようと思って」

「ほーん。……じゃあ、分かるよな?」

 鞄から素早く金を出して渡す。門番はにやりと笑って「しょんべんしょんべん」 と言いながらどこかへ去っていった。門に鍵は刺さったままだ。



 重たい門を開けて進むと、中はそれなりに広い家だった。どの部屋にセレスティアがいるのか分からない。仕方なく虱潰しに探す。その間誰とも行き会わないのが不思議だった。侍女の一人もついていないのだろうか。



 ――歌が聞こえる。セレスティアが歌っているのだろうか。そういえば、歴史の雑学本で、どこかの国の落ちぶれた王族が幽閉され、看守から罵詈雑言を受けている間はひたすら家族で聖歌を歌っていたという逸話があったと思い出す。堪らなく切なくなって、急いでその部屋に走った。



 扉を開けると、セレスティアがいた。彼女はこちらを見ると、まるでここが貴族の家で自分はそこの女主人であるかのように振る舞った。

「どうぞ、お入りになって」

 気圧されてしまい、ラナはその通りにする。もしかしてもうおかしくなってたりとか……しないよね?

「こちらにテーブルと椅子がございますわ。お腰掛になって」

 何となくその通りにする。あの扱いを受けてまだ自分が貴族のつもりでいるのかなあ。というか、身体、弱ってるんだよね? そんな気を張りそうな対応して大丈夫なんだろうか。

「このようなものしか出せないのだけれど、精一杯のものを用意させて頂きましたわ。お召し上がりになってくださいな」

 そう言って差し出されたのは古くてパサパサになってそうな焼き菓子とただの水だった。あの旅の間はセレブみたいな生活をしていたセレスティアが……。哀れになってしまい無言で口にする。……すると、途端にセレスティアは大笑いした。

「……ふふ、あっはっは! 本当に食べた!」

 それを聞いて毒でも入っていたかと動揺する。こんな迂闊な行動を取るから聖女扱いされなかったんだなあと理解してしまうのが悲しい。

「食べたんだからもう馬鹿にしないでよね。食事もろくに出ない身であんたのために出したんだからさ」

 毒は入って無さそうだ。それに意外と元気そうで安心する。腹は普通に立つが。

「えっと、セレスティアって」

「ティアでいいよ。長ったらしいじゃん?」

「えーっと、じゃあティアって、いつからこんな暮らししてたの?」

「は? あんたが再召喚された直後からだけど」

 だとすると丸二年こんな生活をしていたということになる。ラナの冷遇期間ですら一年。倍だ。

「大変、だったね」

「何それ同情してる? ふふふ。待ったかいがあったわね。賭けは私の勝ち」

「賭け?」

「私が生きているうちにあんたが来たら私の勝ち。来なかったら私の負け。そう決めてたの」

「負けが濃厚な賭けだったね」

「でも来たじゃん」

 反論出来なくて思わず黙る。けれど、悪い気分じゃない。最初に会った時、なんて綺麗な子なんだろうと思った。仲良くなれるかなとも。……旅の間はそれは叶わなかったけど。でも今ようやく叶って……って、いや、そういえば他の男達。好きな子がこんな状態なのに何やってんの? 皆それなりに地位権力財力腕っぷしある人達ばかりなのに。



「あのさ、クレマン達はどうしたの? 付き合ってたよね?」

 旅の間いかにセレスティアが素晴らしいか延々と聞かされた。それなのにティアは今こんな扱いを受けている。

「誰とも付き合ってないけど。仲の良いオトモダチでしかなかったし」

「で、でも付き合ってなくともあれだけ仲良かったならお見舞いにくらい……」

「来るわけないじゃん。私世界の反逆者なんだし」

 クレマン達も薄情だが、それを気にしていないらしいティアも気になる。

「好きな人達じゃなかったの? 寂しくないの?」

 ティアはおかしそうに笑った。

「あんたにはそう見えてたのね。私の演技力さすがだわ」

「???」

「私ね、元々男なんて大嫌いなのよ。だからあいつらには最初から利用するつもりで近づいたの」

「何でまたそんなこと」

「男と同じくらい、聖女が嫌いだったから」

「……何があったの? この世界、聖女っていったら無条件で慕うものっぽいのに」

「話すけど、長いよ?」



 セレスティアは語った。

「どうせ、待っていたのは破滅だったんだよね。私処女じゃないし」

 ティアは気がついたら娼館で生まれ育っていた。娼婦の母に育てられながら。

「ねえ、半分貴族の女の子って周りからどういう扱い受けると思う?」

「尊敬されると思う」

「あんた本当にバカね。多少生まれが良いからって調子乗るなって余計苛められるのよ。下からはもちろん、今好調の先輩達からも嫉妬で」

 自分ではどうにもならないことで責められる。これほど惨いことはないと思った。だがティアは上昇志向の強い子供だった。這い上がってやる。こんな世界でもいつかトップに上り詰めてやる。そう思って生きてきた。

 初めての客は皆が嫌がるような客を引き受けた。そのほうが金になるから。金さえあれば多少の融通が利くから。その客はロランとかいって女を殴ったり縛ったりするのが好きな男だった。初回からそんな客でそれはもう最悪だった。でも金さえ貰えればと歯を食いしばって耐えたのだ。終わった後の顔は腫れ上がっていた。



 その翌日。侯爵家からの使いが娘として迎え入れると一方的に通達してきた。



 あと一日早ければ、シンデレラストーリーだったのに。



 押し込まれるように馬車の中に入れられたあとも、受け取ったばかりの初めて自分で稼いだお金は握りしめていた。私が私として生きようとした証。私の存在意義。誇れる手段で稼いだ金じゃなくとも、これを手放すのは今までの自分を否定するようで出来なかった。



「まあ。これから侯爵令嬢になろうという方が浅ましい。そんなはした金に執着するなんて本当に育ちが悪いんだから。いい加減に離しなさい!」



 道中で横に座っていた家庭教師を名乗る女が、どうして私がこれを握っているのかなんて考えもせず、そう言ってぴしゃりとお金を握っていた私の手を叩いた。衝撃でコインが数個汚れた床に散らばり落ちる。私が身体を張って稼いだお金が土にまみれている。私にとっての大金がはした金と言われている。私のささやかな意地と誇りの結晶が、地に落ちて笑われている……。

 



 処女でなくても構わん。聖女が女神を復活させるまでは侯爵家令嬢として振る舞えと父である当主は命令してきた。家庭教師の女も、父と名乗る男も、顔の酷い腫れには一言も触れずじまいだった。



 世の中の理不尽さを思い知った。聖女という存在を知って女神が大嫌いになった。この世界に生まれ育った人間が一生辛酸をなめる場合もあれば、よその世界で生まれ育った人間が恋人にもお金にも地位にも不自由しない生活を保障される場合がある。

 そんなの許せるか。許してたまるか。

 女神にノーを突き付けてやる。こんなシステムを当たり前だと思っている女神に思い知らせてやる。

 聖女のために用意されている男達は女を知らなくて扱いやすかった。こいつらを使って聖女に思い知らせてやる。あんたを嫌いな人間だっているんだよって。自分にはこの世界しかないけど、あんたは生まれ育った別の世界があるんだろう、そこの両親が可哀想だから復活の儀が終わったらとっとと戻れよ。まったく歴代の聖女はどいつもこいつも親不孝で。私だって母親が死ぬまでは傍にいたのに。

 そう、あの時は聖女は元の世界で異物だから馴染みようがないなんて知らなかった。誰からも愛されてないなんて思わなかった。

 案の定復活した女神には怒られたし、その辺りのネタ晴らしもされたけどどうだっていい。こんな世界のシステムに一矢報いたかっただけだし。

 でもそれまでちやほやしていた男達が手の平返すのは理不尽だと思った。結局本物の地位と偉い人の寵愛かよ。死ぬ気で磨いた美貌や愛嬌がそんなに劣るか。

 聖女を道連れにしたくて暗殺も頼んだけどドン引きされた。暗殺が駄目で死ぬ寸前まで虐待するのは良いと意味分かんない。後者のほうが酷くね?

 え、暗殺しようとしてたのかって? そりゃ出来るならしたいでしょ。私だって実質死刑だし。反抗者に道連れにされる聖女が一人くらいいてもいいと思うんだけどなー。

 死刑に不満がないのかって? 仮にしおらしくて同情買ってクレマン達と結婚してもその後が続かないでしょ。処女じゃないんだもん。父親も旅が終わり次第修道院に入れるつもりだったし。最初から退路なんて無かったの。分かる?



 すべてを聞いたラナは、ティアに質問をぶつけた。

「ティアはこれからどうするの?」

「どうするもこうするもないでしょ。ここで朽ちるだけ。でもま、最後にあんたが来てくれたし。私の人生意味あったなーって思ってる」

「……」



 最後まで来なかったら、彼女は何を思ってここで死んでいくんだろう。ラナは胸が締め付けられる思いがした。



「あんたの聞きたいことは全部教えたわよね。次は私の質問に答えなさいよ。さっきからクレマン達がどうのって聞くけど、あんた王都で華やかな生活送ってるんじゃないの? 聖女って女神復活させたあとは皆そういう暮らしになるんだから。あいつらが何してるか知らないはずないと思うんだけど」

「え? いや知らない……。王都出ていっちゃったし、そもそも死んだことになってるし」

「は?」

 今度はティアが質問責めにする番だった。

「死んだことになってるって……じゃあ約束された豪華な生活捨てて何してるのよ」

「なんかね、女神様の力で本来生まれるはずだった村で暮らしてる。……あのまま生まれてたら魔獣で死ぬ予定だったみたいだからそれを弄ったって聞いた」

「じゃあクレマン達はどうしたの? 私が騙してただけって知ったから死ぬほど後悔してるはずだけど。謝られたでしょ? 今までのぶん取り戻すためにも尽くされまくったんじゃないの」

「だって、皆本当はティアのこと好きだと思ってたし……」

「あいつら全員私のこと見限ったけど」

「じゃあ今どうしてるんだろうね本当。他に好きな人出来たかな」

「あんた変なところで無神経よね。聖女を冷遇した人間なんて誰も……いや、何でもない」

「?」

 少しの間沈黙が流れた。話しすぎて嗄れた喉を潤すために水を飲む。……ちょっと悪くなってるような味だった。ティアはこれを毎日飲んでるんだろか。やっぱり、このままにはしておけない。



「ティア……ここから逃げない?」

「どうしてよ」

「だって、普通の人が住んでいい環境じゃないでしょ。私はもう元気になったのに、あんまりだよ」

「じゃあ実は生きてましたって王様にでも教えて、そう世間にもアピールしてくれない? 私のこの罰は殺人罪が適応されてるの」

「……」

「ほら無理なんでしょ。私は別にあんたに助けてほしいなんて思ってない。小さい頃の環境に戻っただけだし。旅の間が異常だったのよね」

「でも、このままじゃ死んじゃうよ」

「……そうしたらお墓参りに来てくれる?」

「ティア!」

「あーあ、なんか久しぶりに喋ったら疲れちゃった。ちょっと寝させてよ。私が住んでる場所なんだから自由でしょ……」

 そう言うとティアは糸が切れたマリオネットのようにテーブルに沈んだ。寝息も聞こえないほど深く眠っている。……相当無理して喋ってたんだろうか。

「女神様」

 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呼ぶ。女神はそんな声でも応じてくれた。

『どうしたの。こんな所で……』

「あの、セレスティアの処遇が、その」

『はっきり言いましょう。私はその娘を助けません。神を恨むなど筋違いです。そうなった人間の業を憎むべきなのに低能な人間はすぐ手頃な相手を呪う。貴方は優しいから、こんな状況のセレスティアを見て可哀想に思ったのでしょう。でもただの因果応報なのだから気に留める必要などないのですよ』

 女神はそうバッサリ切って消えた。あとにはやつれたティアと茫然とするラナが残った。

 ティアは心配だが、アメリーとの時間が迫っている。ここに居たと知られれば心配性で世話焼きなアメリーは無理にでも村に連れて帰ろうとするだろう。ここは戻らないと。




 アメリーとの約束の場所に向かう間、ラナは鬱々と考えていた。

 ティアを助ける義理はない。今日はたくさん喋ったけど、考えてみれば一度も謝られてないし。本人だって今の環境は覚悟の上だった。

 じゃあ、このまま何も見なかったことにする? ざまあみろと思う? ティアだってそうされても思われてもきっと責めてこない。

 ふと、日本に居た頃プレイしたゲームの台詞が思い浮かぶ。

『貴方にだって神様がいるでしょう。良心っていう神様が』

 ……そうだ。人は神様には逆らえない。しかし助けるにしても、そんな地位も権力も捨ててしまった。財力だって今持ってるぶんじゃ……あ。







 冷遇四人組。世間によく知られた名前。ティアが主犯としての扱いを受けているが、残りはどうしているのかというとそれなりの地位があるからぼかされている。

 でも私は知っている。あの旅で同行者に大商人の当主がいた。ファブリス。ちょっと非道だけど、彼の良心を利用してティアを助けようと思う。

 大商人の自宅はすぐ特定できた。アメリーは有名人に会いに行くというので丸一日別行動。今日この日しかない。運よく中に入ろうとする人を見つけて引き留め「自分はファブリスの友人だ。『自分も泊まる気な人間がいるようで。嫌だわ馬の骨の自覚がないって』 と伝えてくれれば彼は全てを理解してくれるはず」 と頼み込んだ。



 引き留められた男――エクトルは何だその嫌味な台詞はと若干引いた。が、それ以上にどんな元ネタがあるんだと興味が湧いた。それに、それを話していた少女が敬愛する聖女の外見に酷似していたのも気になった。

「義父上、門に見知らぬ少女が来ています。『自分も泊まる気な人間がいるようで。嫌だわ馬の骨の自覚がないって』 と伝えれば分かると言われたのですが、誰が誰に言った台詞なんですこれ?」

 ファブリスはそれを聞いた瞬間、エクトルに目もくれず門に走った。それは稀代の悪女セレスティアの言った言葉。そしてその台詞を聞いたのは冷遇四人組の他に聖女のみ。

 門につくと、エクトルの言った通り生きたラナがそこにいた。

「ラナ、様……」

 感動のあまり抱き付こうとするファブリスをラナが止めた。

「ストップ。待って。私は取引しに来たの」

「取引?」

「色々あってこの通り生きてるの。私にはまだよく分からないけど聖女の名前ってこの世界ではとっても価値があるんでしょう? 貴方が望むなら生きてたって世間に話してもいい。けれど、その代わり……」

 お金ちょうだい。

 ファブリスは俗っぽくなったな……と思わずにはいられなかった。

 その後、エクトルが義父が亡くなった聖女に捧げるべく財産を溜めている宝物庫に行って、そこからいくばくかの財宝を手にして門に居た少女に渡しているのを見た。相当察しが悪い人間でもなくば、門の少女が誰なのか見当がつくというものだ。







 金はタダで貰った。ただしタダより高いものはない。「ラナ様が現在お住まいの場所を教えてくださればそれでいい」 とのこと。住所抑えられるのか。個人情報って金には代えられないものなのに。いやとにかく今は金が必要だった。

 人一人入れそうな大きなスーツケース。門番を買収する大量の金貨。用意を整えてティアのところへ向かう。

「あんたまた来たのかい? って、なんだそのでっかいカバンは」

 不審に思う門番にケースを開け、拷問道具が入った中身を見せる。全部すぐ壊れるようになってるフェイクだけど。

「女同士のそういう遊びねえ。俺も混じったら駄目かい?」

「嫌よ。男がいないからそういう遊びになるのに。金貨はこれくらいで足りる? 出来るだけここを空けててちょうだい」

「了解。でも殺さない程度にしてくれよ。俺のいる時に死なれると面倒なんだ」



 門番は行った。ラナは念のため他に人が見ていないのを確認して中に入る。



「ラナったら、また来たの? って、何その大荷物は」



 答えずにケースを開け、中身をぶちまける。それを見たティアは固まった。



「え、ちょっと、あんたそういう趣味……いや別に、あんたがどうしてもって言うなら、まあその権利はあるんでしょうから……」

「? 何言ってるか分からないけど、早くこの中に入って!」

「え?」

「逃げるの!」

「……どうして」

「分かんない! 分かんないけど、助けたいって思ってるの! 悪い!?」







 ラナは四方を確認し、重いスーツケースを引きずって歩いた。やはり来る前とは音が全然違う。誰も気づきませんように。

 女神がこっそり力を貸していたのだろうか、無事に人目のつかないところまでついた。そこでカツラだの服だのを渡してセレスティアだと気づかれないようにした。あとは……。

「これから、どうする?」

「どうするもこうするも、助けておいて後のこと全然考えてなかったの?」

 助けられたティアは生意気だ。

「言っとくけど助けてなんて頼んでないから。あんたが助けたんだから最後まで責任持ってよね」

 ツンデレなのかもしれないがなかなかの言い草だ。……自分、女神様に対してこんな態度取ってない、よね?

「で、どうするの?」

「ええと、それなりのお金は貰ったから、それを元手にティアには頑張ってもらおうと」

「ヤダ。私仕事嫌いなの。知り合いも大事にしてくれる人もいないところでなんて生きられない。連れてきたんだからどうにかしてよ」

 げんなりする言い方だが、遠慮が消えるからいいのかもしれない。あとなんか幼女みを感じるのでどうも許してしまう。

「じゃあさ、一緒にギルドに登録しない。冒険者に」

「何それ」

「最近結婚しろの圧が凄くてさ。冒険者なって村を出れば言われないかなって思ってたんだ。あと旅先で気の合う人も見つけられるかもしれないし。あとお金稼いで借りたもの返さなきゃだし」

「ふーん。あんたにしては良い考えじゃない。あんたにも自立心あったのね」

「あるよ! まあ、それなりに」

 二人はちょっと笑い合った。

「とりあえずギルドカードが身分証明書代わりになるから、それで生活していけるんじゃないかな」

「いいんじゃない」

「今日登録しちゃお。私は一旦村に帰って両親にそのこと話すから、ティアは適当な宿でそれまで待ってて」

「そうね。待つのは慣れてるわ」



 のちに、数少ない光属性の魔法を扱う魔法士と、これまた数の少ない闇魔法士の二人パーティーがいる、とギルドで伝説化した。

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