出来損ないの人器使い

salt

文字の大きさ
上 下
81 / 85
第3章

80話「首都防衛戦4」

しおりを挟む
 人々を守り導く英雄として、そして父親として全ての力を込めたラウドの槌とアルクの大剣がぶつかり合う。
 それは見渡す限りの草木を吹き飛ばし、地形を変えるほどの衝撃だった。

 全てを込めるラウドの槌の力に圧されながら、アルクは自身の行動に違和感を感じていた。
 なぜ自分は馬鹿正直にラウドの攻撃を受け止めたのか。
 自身との実力差は明白であり、力比べに付き合うなどという愚行を犯すより、より確実に息の根を止める方法があった筈なのだ。
 しかし、気が付いた時には真正面に受け止めていたのだ。
 アルクはその時、確かに自身の心を揺さぶる何かを感じだ。

 だが、その事に想いを馳せる余裕などない。
 アルクにはアルクの……全てを犠牲にしてでも成し遂げなければならないものがある。

 ここで負ける訳にはいかないのだ。

「グッ……グォォォォォォォ!!!」

 アルクもまた全力を出す決意をしたのだった。

 ◆◆◆◆◆◆

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

(父さん!!!負けないでぇぇぇ!!!)

 魂の力は全て使い尽くしているだろう。
 ボヤけてきた視野の中で、娘の叫びだけがやけにはっきりと聞こえていた。

 当然だ。負ける訳にはいかない。
 娘に父さんのカッコいいとこ見せてやらんとな。

 ラウドを支えていたのは父としての意地。
 そして生涯愛すると誓った女性との絆だった。

 マーレ。
 ここで負けたらあの世でお前に胸張れねぇもんな。

「おぉぉぉぉ!!いっけぇぇぇぇ!!!」

 ラウドの咆哮がこだまする。
 もう視界は失われている。

「グッ……グゥゥゥ……」

 しかし、カーミラから流れてくる感情が、アルクの苦悶の声が自分が優勢であることを教えてくれていた。

 マーレ。カーミラ。
 俺は……救世主を超えるぞ。
 後は愛すると娘の人器を振り切れば良い。
 それで全てが終わるのだ。

 ラウドは娘の人器を今一度強く握りしめた。

 その瞬間。
 僅かな違和感に気付いた。

 カーミラの人器にヒビが入っていたのだ。
 これだけの衝撃だ。
 人器に相当な負荷が掛かっているのは間違いない。
 人器が砕けた場合、カーミラという存在は失われる事になる。

 いつから?
 もしやこの衝突の最初から……!?

 目の前の敵に集中するあまり最も大切なことを忘れてしまっていたのだ。

 それに気が付いた時。
 ラウドの答えは決まっていた。

(……カーミラ。父さん……また間違いをしちまうところだった。だが今度は気が付けた)

(!?父さん!!!何を……)

 カーミラが問いかけるのを待たずにラウドは自らの力をフッと緩めた。

 ◆◆◆◆◆◆

 ラウドが突然力を抜いた為、2人の激突の衝撃は全てラウドに注がれた。

 大地を揺らす程の轟音が響き渡るなか、大剣によって身体を切られたラウドはまるで重みを失った紙人形のように宙を舞った。
 そして、程なくドサっとという音と共に地面に落ちた。

「父さん!!!」

 人器を解除したカーミラは枯れるほどの声を張り上げながらラウドに駆け寄る。

「……良かった。無事だったか……」

「良かったじゃないわよ馬鹿!!!なんであのまま振り切らなかったよぉぉぉ!!!」

 カーミラは切られた身体から溢れ出る血を止めようと精一杯抑えるが、それは誰の目から見ても致命傷だ。
 今会話出来ているのすら奇跡に近いだろう。

「馬鹿な男だ……自らの命を捨てるとはな」

「……アルク。お前には分からないか。その力がお前を追い詰めたのだがな……」

「だか、結局負けたのはお前だ。その最愛の娘とやらもあの世に送ってやろう」

 アルクが再び炎を纏い大剣を振り上げた瞬間、ラウド達の前にある男が降り立った。

 美しい金髪に女性と見紛うほど端正な顔立ちの男は烈火の如く怒りの表情を浮かべながら剣を構える。

「英雄の次は勇者か……つくづく人間は大層な名を与えるのが好きだな」

「……救世主だって同じようなもんだろ」

 必死に平静を装うヘリオスだったが、共に人間を支えてきた同志であるラウドの姿を見て怒りに震えていた。

 降り頻る雨がより一層強まるなか、アルクとヘリオスは視線を交わす。
 間髪入れずに動いたのはヘリオスだった。
 光の速度とも称される神速の斬撃をアルクの首に向かって放つ。

「!?」

 その斬撃は確実にアルクの首を切り落としているはずだった。
 しかし、斬り落としたはずの首は炎の揺らめきのように全く手応えがなかった。

「……勇者。お前にはまだ役目がある」

 そう言いながらアルクは身に纏う炎を激しく燃やし、その場から蜃気楼のように消えていった。

「ラウド!!」

 ヘリオスは周囲に気配がないのを確認して、後方に倒れるラウドに駆け寄る。

「ヘリオス……か。全く……お前は遅いんだよ……」

「ラウド……すまない。俺は……また間に合わなかった」

「……いいんだ。カーミラが助かった。お前は間に合ったんだよ」

 その声はとても穏やかで英雄としてではなく父としての言葉だった。

「父さん!!!うっぅぅぅぅ」

「カーミラ……」

 人器化を解除したルーが嗚咽を漏らすカーミラの背中にそっと手を触れる。

「ヘリオス……ルー……カーミラ。俺は……ここまでだ……後はお前達に託す」

「ああ」

 ヘリオスはラウドの手を握り力強く答える。

「カーミラ」

「あぁぁぁ、駄目駄目駄目駄目。父さん行かないで!!」

「……聞くんだ」

「うん、うん、聞くから、聞くからもう喋らないで!」

「何があっても……生きろ。そして幸せになれ。それが俺と母さんの願いだ」

「父さん!!!嫌!!!いやぁぁぁぁぁ!!!」

 カーミラの悲鳴がこだまするが、その声に応えるものは誰も居なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...