出来損ないの人器使い

salt

文字の大きさ
上 下
47 / 85
第2章

46話「ミズラフ2」

しおりを挟む
 シロの全力の技デュアルレーザーを超える光線を放ったイフリート。
 そして、それを弾き飛ばしたウォールというミズラフの防壁。

 ここに来て早々にこれまでの培ってきた自信が打ち砕かれるような出来事が続いていた。
 その動揺はシロの両手に握られている金髪の双子からも強く伝わってくる。
 しかし、痛いほどに伝わる彼女達の動揺が逆にシロを冷静にしていた。

「……ローレンさん」

「どうした?」

「ウォールという防壁がある事は分かりました。でも、イフリートを誰も倒しに行かないのは何故ですか?」

 砂漠に覆われた地平の先、イフリートは未だ眩い光を放ちながらゆっくりこちらに近づいてくる。
 周囲には何名かの人器使いが見えるが誰もイフリートには近づこうとしないのだ。

「イフリートはミズラフに現れる魔物でもかなり上位なんだ。普通に戦って負ける事はないと思うけど、もしかすると死人が出るかもしれない」

 ローレンはイフリートに目線を逸らさずに続ける。

「向こうは無限に現れるけど、こっちの戦力は限られてるだろ?だから、被害を抑えるためにこちらの最高戦力をぶつけるんだ。シロ君に見せたかったのはそれだよ。おっ……始まるぜ。目を離すなよ……」

 ローレンの言葉にシロはイフリートに目線を戻す。
 今なお眩い光を放つイフリートにゆっくり近づく白い服を纏った男性が見える。その男性は細い剣を右手に持ち、金色の髪をなびかせる。

 自身に近づいてくる敵の存在に気が付いたイフリートは再び光線を放とうと両腕を金髪の男性に向ける。
 しかし、イフリートが腕を構えた先に放つべき敵の存在は消えていた。

「!?」

 そして、ゆっくり前のめりにイフリートは倒れた。
 イフリートは既に事切れたのだろうか。
 激しく燃え盛る火柱がまるで魔物の断末魔のように見えた。

(シロ……)

 アリスの声が脳裏に響く。
 驚愕と不安が入り混じった声色からそれだけで言いたい事が分かる。

(うん……見えなかった。全く……)

 恐らく金髪の男性がイフリートを両断したのだろう。

「いやー、相変わらずの神速だな。あれがヘリオスだ。名前は聞いたことあるだろう?」

「ヘリオス……あの人が……」

 その名はケンプやエヴィエスから聞いた事がある。ラウドと共に獣人戦争を終結させた人物の1人。勇者ヘリオス。

「ウタも強いけど、あいつは性格に難があるだろ?人間最強の行使者は間違いなくヘリオスだ。まっ、こんなことウタの前で言ったら殺されるがな」

 ローレンははははっと軽く笑う。

 今の自分ではイフリートにも手も足も出ないだろう。しかし、ヘリオスはそのイフリートを赤子の手を捻るかの如く両断した。
 もしかしたらあの人であれば、仮面のテラー。ジールにも刃が届くのかもしれない。

 ただ漠然と強くなりたいと思っていた。
 そして、少しは強くなったと思っていた。しかし、それは全くの思い違いだった。

 大切な人を守りたい。
 もう奪われないように強くなりたいと誓った。
 自分が目指すべき頂きの高さに目眩がする。

「おーい。ローレン!!」

 向こうから橙色の髪の少女が手を振りながら駆け寄ってくる。
 肩までの丸みを帯びた髪型で大きい目が特徴的な可愛らしい少女だ。
 身長もアリスやリリスよりも低く、その幼い容姿からシロ達よりも年下なのだろう。

「おっカリンか!」

 ローレンは駆け寄ってきたカリンと呼ばれた少女の頭にポンッと手を置く。

「やめてよぉ。頭に手を置くのは」

 カリンはローレンの手をパッと振り払った。

「おっと悪い悪い。置きやすい場所にあったからさ。ついね」

「つい……じゃないわよ!それはそうと思ってたより早く帰ってこれたんだね。今日は帰ってこないと思ったよ」

「まあ、お前達を置いてケントルムを楽しむのもなんだしさ」

「あの……」

「おっ悪い悪い、紹介するよこいつはカリン。俺達の仲間だ。んで、こいつの持ってる黒い杖がヴァルツだ」

 可愛らしい印象の彼女に似つかわしくない禍々しい造形の杖が握られている。

「んで、こっちがシロ君。彼は珍しいぞ。アリスちゃん。リリスちゃん。2人と同調しているんだ」

「へー!すごい!しかも……銃かな?かなり珍しい人器だね!」

 カリンは前屈みになり、アリスとリリスの人器を物珍しそうに眺める。

「えっと、シロです。よろしくお願いします」

「カリンだよ!よろしくね。あっそうそう……言い忘れたけど私リディスと同い年だから、私の方がお姉さんね」

「え……はっはい!」

「よろしい!」

 間違いなく年下だろうと思っていたシロであったが、その驚きには気が付かなかったのだろう。彼女は満足げな笑みを浮かべる。

「さあ、まあ紹介も終わったし……仕事と行きますか!」

「え?」

 確かにウォールの中にいる筈なのに、ローレンもカリンも同調を解かないのだ。

「イフリートみたいな強敵はヘリオスが倒すけどそれ以外の魔物は俺たちが倒すんだ。じゃないとヘリオスも身体が持たないからな。ほら!来るぞ」

 先程までイフリートが燃え盛っていた砂漠の先に黒い影が幾つも見えてくる。
 それは少しづつ増え続け、いつの間に砂漠のを覆い尽くす勢いでこちらに向かってくる。

「あれ……まさか全部……魔物ですか?」

「ああ、あれを掃除するのが俺達の仕事だ。言っておくが俺達が負けたら人類が滅びる。そのつもりで頼むよ」

 そう言い放つローレンの頭をカリンは無言で手に持った禍々しい杖で叩いた。

「いっったい!!角が刺さったから!」

 リディスもヴァルツも居ないからって調子に乗りすぎ。何新人にプレッシャー掛けてんのよ。

「いやぁ、その方がかっこいいと思ってさ」

 ローレンは頭を摩りながらも白い歯を見せ爽やかな笑みを見せる。

「はぁ。本当馬鹿なんだから……シロ君。君は今日初めてだから後方支援ね。私達が討ち漏らした敵だけ相手にしてもらえればいいから」

 カリンはシロに優しく微笑みかける。
 年下のように見えるが、精神年齢は大人なのだ。

「さぁ!行こうぜシロ君!」

「うん、行こう!」

 そう言うとローレンとカリンは迫りくる魔物の群れに駆け出す。

(アリス……リリス……大丈夫?)

 2人の背中を追いかけながらシロは一瞬2つの拳銃に視線を落とす。

(ええ、ちょっと驚いたけど今は落ち着いたわ。行けるわよ!)

(はい!私も大丈夫です!)

 もう2人からは先ほどの動揺は感じられない。

 今までに見たものはシロの価値観を壊すのに十分すぎる衝撃を与えていた。
 それはアリスもリリスも同じだろう。
 だが、今はは戦いに集中すべきだ。2人もそれをわかっているようだった。

 シロも余計な雑念を払い、目の前の敵だけに意識を向ける。

(アリス!リリス!初めから全力で行くよ!)

 シロ達はミズラフで初の魔物討伐に身を投じるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...