出来損ないの人器使い

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第2章

45話「ミズラフ1」

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 ラウドの部屋を後にしたシロ達はカーミラと先程出会ったローレン、リディスに続いて地下への階段を降りていた。

「カーミラさん」

「どうしたの?シロ君」

 カーミラはシロ問いかけに振り向かずに答えた。
 階段を一段ずつ降りるたびに彼女の柔らかそうな栗色の髪が揺れ、カツカツという音が響く。

「これからミズラフに行くんですよね?なぜ地下に?」

「なんだ。シロ君まだ聞いていないのか?」

 ローレン振り返りながらやや驚いた表情を見せる。

「じゃあ、話を聞くよりも実際に体験してみたほうがいいかもね。私も初めてはビックリしたもの」

「俺もだ。みんな驚くと思うぞ」

 確かにあの時のローレンの顔酷かったもんね。

「いやいや、お前だってかなり間抜けな顔してたぞ!」

 狭い階段にローレンとリディスの笑い声が響く。
 出会って間もないが、2人が強い絆で結ばれているのがよく分かる。

「あの……2人はパートナーになって長いの?」

「アリスが2人に問いかける」

「ああ、俺とリディスは幼馴染なんだ」

「まあ、腐れ縁ってやつよ。本当はこんな馬鹿と組みたくないんだけどね」

「おいおい。そりゃないぜ……お前が俺をどう思ってるかなんて同調で筒抜けなんだからな」

「だからアンタは馬鹿なのよ!そんなことここで言う必要ないでしょ!」

「そう言いながらリディスはローレンの背中で右手で殴りつけた」

「痛っった!!」

「2人とも盛り上がってるところ悪いけど、着いたわよ」

 カーミラが階段を降りた先にある扉の前で立ち止まる。

「さあ、シロ君。中に入って」

 カーミラに促されてシロ達は部屋の中に入る。
 その部屋は床壁天井が石に囲まれており、奥に古びた扉が一枚あるだけの殺風景な部屋だ。

「じゃあ、リディス。ローレン。シロ君達をよろしくね」

「おう!ウタに殺されたくはないからな」

「私が居るんだから大丈夫よ!」

 部屋の外に立つカーミラに2人は笑顔で答えた。

「シロ君。アリス。リリス。くれぐれも無理はしないでね」

「え?カーミラさんはここまでですか?」

「ええ、その奥の扉の向こうがミズラフだから」

「え!?それってどういう……」

「シロ君。アリスちゃん。リリスちゃん。行くよー」

 その呼びかけに振り返ると、ローレンとリディスは既に奥の扉を潜り、その先から呼んでいる。

「……よく分からないですが、行ってきます!」

 シロは駆け足で、その扉を潜った。

「アリス。リリス」

 2人もシロに続いて扉を潜ろうとするが、カーミラに再度呼び止められて足を止める。

「シロ君は無茶するから、アナタ達がシロ君のブレーキになるのよ」

「分かったわ」

「はい!」

 金髪の双子は力強く頷くと、シロに少し遅れて扉を潜っていった。

 2人が潜るとゆっくり扉が閉まり、カーミラも先程までシロ達が居た部屋の扉を閉めた。

(心配だわ……やっぱり私がシロ君のパートナーになれば良かったかしら……)

 カーミラは自分がアリスとリリスを紹介したことを初めて後悔するのだった。

 ◆◆◆◆◆◆

 カーミラと別れたシロ達は通路を抜け、再び石に囲まれた階段を登っていた。
 階段は薄暗いため、段差を踏み外さないように壁に触れながら注意深く進む。
 階段の壁の石はやや湿っており冷たさがシロの指先に伝わってくる。

「えっと、これって階段を降りて登ってるだけよね?」

 困惑した様子のアリスがローレンとリディスに話しかける。

「そう思うよね。でももう私達はミズラフに着いているのよ」

「え!?どういうこと!?」

「俺達もよく仕組みは分からないんだけど、あの部屋か扉が人器なんじゃないかな。あの空間を潜ると、街同士の移動が出来るんだよ」

「なにそれ!?そんなこと聞いたことないわ!」

 アリスの上擦った声が階段にこだまする。

「これが人間が生き残っていくための生命線だからね。もし悪用なんてされたら……分かるでしょ」

 リディスの言うとおり、都市間の距離をゼロにしてしまう人器が奪われるなんてことになったら街の中心から敵が溢れ出てくることになる。
 そうなったら人間は簡単に滅びてしまうだろう。

「ギルドのランクも実際は名ばかりで、信頼に足る行使者を見つけるためのものらしいからね」

「まったく……ここまで考えたラウドさんは本当に凄いよ。おっ!見えてきた!」

 その声に反応したシロは視線を上げると、ローレンとリディスの頭の先に光が降り注いでいるのが見えた。
 その光へ向かって2人の足取りが早くなり、シロは2人に置いていかれないよう階段を登る速度をあげた。

「そうそう、シロ君。多分ケントルムの周りで魔物と戦ったと思うけど……ミズラフの魔物とは別だから気を付けてな」

「え?」

 ドォォォォン!!!

 シロ達が地下から出た瞬間、体が震えるほどの轟音が響き渡る。

「ひっ!」

「えっ!?え!?いったいなんなのよ!?」

 当然の轟音にリリスは耳を塞いで身をかがめ、アリスも動揺した表情で周囲を見渡す。

「イフリートだ!!」

「急げ!」

「ヘリオスを呼べ!」

 周囲の人器使い達が一斉に轟音がした方向に駆けていく。

「おおっ、今日はイフリートが出てるんだな」

 ローレンは特に驚く素振りも見せず、走っていく人器使い達の背中を見送る。

「えっ!?ローレンさん。大丈夫なんですか?」

「え?ああ、大丈夫だよ。俺達の仲間に合流したいところだけど、イフリート見に行ってみようか?」

「そうね。ヴァルツ達も向かってると思うし、ミズラフがどんな場所か説明するより早いと思うわ」

 気の抜けた笑顔を見せるローレンにリディスが同意する。

「じゃあ行こうか」

 そう言いながら、ローレンはリディスの手に触れ、彼の手に短い短剣が現れる。
 彼女の髪の色と同じ、真っ赤な頭身の短刀だ。それが、リディスの人器なのだろう。

「さあ、シロ君達も同調して」

「はっはい!アリス。リリス。大丈夫?」

「えっ、ええ……」

「だっ、大丈夫です」

 シロはアリスとリリスの手を握ると、金色の輝きを放つ二丁拳銃が現れる。

「へぇ、3人で同調するか。珍しいね」

 ローレンはヒュウっと口を鳴らした。

「珍しい人器だから色々教えてもらいたいけど、一先ず行こうか!」

「はい!」

 ヘリオスとシロは先程人器使いが走り去った報告へ駆け出した。

 走っている最中、シロはミズラフの街を見渡していた。
 石畳に覆われた舗装に小ぶりの建物が立ち並んでいる。
 建物自体は小さいが、シロ達の家があるケントルムの住宅エリアとそこまで違いがないように見える。

 しかし、ケントルムに比べると圧倒的に規模が小さい。同調している速度で走るとすぐに石畳は土に変わり建ち並ぶ家がなくなった。

 すると周囲はみるみる砂漠に変わっていき、数人の人器使いが見えてくる。

(壁がない……)

 アリスの声がシロの脳裏に響く。
 シロもアリスの声が響くのと同時にその違いに気が付いていた。
 外界から隔絶するかのように街をぐるりと囲う壁。それがミズラフにはないのだ。

「さて、こんなとこかな」

 ローレンがそう呟くと走る速度を緩め足を止める。

「シロ君、あれ見える?同調で強化されてるから見えるよね」

 そう言いながらローレンは遥か遠くを指差す。
 シロはその指が指し示す方向に目を凝らすとその存在をはっきり確認する事が出来た。

「……光?いや……炎?」

 草木が全く生えていない砂に覆われた地平にの先に太陽のように光輝く存在が見える。
 それは地平線に沈む直前の太陽の如く、周囲を赤く染め上げている。

「ああ、あれが炎の化身。イフリートだ」

 確かに猛烈に燃え盛る炎の中に薄ら人のような影が見える。

 するとその人影は腰を落とし、両腕をこちらに向かって突き出す。

「来るぞ……シロ君」

 ローレンはそう呟くが、シロがその意味を理解するまでに時間は掛からなかった。

 ローレンが呟くとほぼ同時にイフリートが伸ばした腕からレーザーにも似た猛烈な炎を放つ。

「!?」

 その光線は砂に覆われた地面を抉りながらこちらに向かってくる。

(危ない!!)

 アリスの声が脳裏に響くが、想定外の事態に反応が遅れたシロはその光線を躱す事が出来ないと悟った。

(アリス!リリス!)

 咄嗟に二丁拳銃を身体の前に交差させ防御姿勢を取るが、結果としてその光線がシロ達に届くことはなかった。

 シロが防御の姿勢を取った瞬間、目の前の見えない壁がその光線を弾き飛ばしたのだ。

 身を震わせる程の爆音辺りを包む。

「!?」

 想定外の事態の連続に呆気に取られたシロは思わず言葉を失う。

「まあ、初めて見たらびっくりするよなそりゃ」

 ローレンが笑みを浮かべながらこちらに顔を向ける。

「シロ君。この街に壁がないのは気がついていたよね?ミズラフには壁は必要ないんだよ。これがこの街の要。ウォールなんだ」

 言葉にならない。
 恐らく、あのイフリートの放った光線はシロのデュアルレーザーよりも強力だった筈だ。

 シロはこれから自分達の価値観を超える出来事が起きる事を予感していた。
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