出来損ないの人器使い

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第2章

44話「東へ」

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 相変わらず人器使い達で賑わう広間を抜け、重々しい扉を開けた先には筋骨隆々な大男が机に向かっていた。

「おう。来たか。まあそこに座ってくれ」

「で、何の用?私達忙しいんだけど」

 どかっと勢いよくソファーに座ったウタは不機嫌そうに足を組む。
 不機嫌な理由は間違いなく、くじ引きで負けた事なのなのだが、誰もそれに触れることはない。

「まあ、そう言うな」

 機嫌が悪いことを隠すそぶりも見せないウタに気にすることなくラウドも自らが持ってきた椅子に腰掛ける。

「それで、僕達に仕事の依頼ってどんな内容ですか?」

「ああ、シロ君達にはミズラフに行ってもらいたい」

「ミズラフって東の街ですよね?」

 ミズラフはケントルムから最東端に位置する街だ。
 多くの強力な人器使いがそこで暮らし、東から現れる魔物の進行を食い止めている。
 所謂、人間と魔物の最激戦地だ。

「そうだ。最近魔物達の動きが活発になっていてな。君達にも加勢に行ってもらいたいんだ」

「そうなんですね。でも東の街ってここからかなり遠いですよね?すぐに加勢って訳にもいかないんじゃ……」

「それは大丈夫だ」

「そうなんですか?」

「ああ。ちょっと秘密があってな」

「……分かりました」

 シロは不思議に思いながらも、ああも力強く大丈夫と言われてしまうと納得せざるを得ない。

「それで……いつから行けばいいのかしら?」

「今からだ」

「え!?そんな急に!?」

「ああ。ミズラフには戦力を集中させているのだが、常にギリギリなんだ。1人でも優秀な人器使いが欲しい。それに、そろそろ実戦がしたいと思ってる頃だと思ってな」

「……」

 見事に見透かされている。
 だが、実戦経験が浅いシロにとってその申し出は決して悪いものではないように思える。

「アリス。リリス。どう思う?」

「私はシロさんに付いていくだけです」

「もう決まってるんでしょ?アンタの好きにすればいいじゃない」

 金髪の双子の迷いのない言葉に背中を押されたシロはミズラフに行くことを決心する。

「ありがとう……では、その申し出受けさせていただきます。」

「うむ。では、紹介したい者達がいるから、カーミラ呼んできてくれ」

「分かりました」

 ラウドの横に控えていたカーミラは部屋から静かに出て行った。

「……10日ね」

 先ほどまで黙っていたウタが静かに口を開く。

「ウタ?」

「10日って言ったの。私も妻として夫のやりたい事に反対するつもりはないわ。だけど、10日で戻す事を約束できるなら許してあげる」

 ウタは足を組んだまま、長い髪を耳に掛けながらラウドに視線を送る。

「10日か……まあいいだろう。なんなら、お前も行くか?」

「私は遠慮しとくわ。夫の帰りを甲斐甲斐しく待つ事が妻の務めだからね」

「そうか……残念だな」

 いつの間にかウタが妻であるということが既成事実化していきている気がするが、アリスもリリスも疲れたのかもう誰も否定しなくなっていた。

「えっと、でも10日で行って帰ってくるなんて無理だよね?」

「いや、それは大丈夫だ。後で分かる。悪いがエヴィエス君達はここで席を外してくれないか?君をミズラフに連れて行くことは出来ないからな」

「え!?何故ですか?」

「それは君自身が分かっているんじゃないのか?」

「……」

 エヴィエスは険しい表情で俯く。
 彼自身、同調出来ない自分がシロより遥かに弱いことは分かっているのだ。

「同調出来ない行使者を連れて行けるほどミズラフは甘い場所ではない。分かってくれ」

「エヴィ……エヴィが行けないなら僕も……」

「言うな!その先は言わないでくれ」

 シロにとってはエヴィエスに気を遣ったつもりだったが、それが逆に彼を傷付けてしまったかもしれないことに表情を見て気がつく。
 優しさが時には人を傷付ける事があるのだ。

「……分かりました。ナイ。行くぞ」

「うっ……うん」

 エヴィエスはサッと立ち上がり、シロ達と目を合わせる事なく部屋から立ち去った。

「みんな気を付けてね」

 そう一言伝えると、ナイもエヴィエスを追いかけるように部屋から出て行ってしまった。
 エヴィエスを追いかける彼女の表情は普段の笑顔とは違う困った表情だった。

「エヴィ……怒ってるかな?」

 シロはエヴィエスのプライドを傷つけた事を気にしながら、今は閉ざされている扉に視線を向ける。

「大丈夫よ。そんな事で根に持つような小さい男じゃないでしょ」

 そう断言するアリスにシロは心が少し救われた気がした。

 するとエヴィエス達と入れ替わるようにしてカーミラが扉を開けて2人の人器使いであろう人物を部屋の中に入れる。
 1人は赤みがかった黒髪の短髪で、物腰が柔らかそうな印象の男性と燃えるような赤い髪で鋭い目元が印象的な女性だ。
 気の強そうな雰囲気が少しルウムに似ている。

「お待たせ!君達が即戦力かな……ってウタ!?」

「あら、ローレンじゃない。まだ生きてたんだ」

「ウタ!久しぶりじゃない!貴方も一緒に戦ってくれるのね!?とっても心強いわ!」

 赤髪の女性が嬉しそうにウタの肩に両手を乗せる。

「久しぶりね。リディス。でもミズラフに行くのは私じゃないのよね」

「ええ!?そうなの!?じゃあ、この子達?」

 そう言いながら、リディスと呼ばれた赤髪の女性はシロ達を見つめる。

「初めまして……シロと申します」

「そう!この人が私のダーリンであり夫のシロ様なの!ローレン……ダーリンに何かあったら殺すから」

「え!?」

 ウタのドスの効いた声にプレッシャーを掛けられたローレンは明らかに動揺した様子だ。盛大に目が泳いでいる。

「返事は?」

「あっ……ああ!分かった分かった!」

「ほんと情けないわねぇ……」

 リディスは蛇に睨まれた蛙の如く冷や汗を流すローレンの背中をリディスがバシッと叩く。

「まあ、こんなこんな感じだが2人はミズラフでもトップクラスの人器使いだ。今回はシロ君達の案内役兼パーティメンバーとして来てもらった」

「ローレンだ。よろしくな。シロ君にえっと……」

「アリスよ」

「リリスです。よろしくお願いします」

「よろしく!可愛い子ちゃん!」

 ローレンは金髪双子に白い歯をキラリと光らせながらウインクをした。

「可愛い子ちゃんって……」

 アリスは呆れた声色でボソッと呟く。

「まあ、こいつは馬鹿だから無視してもらっていいわ。私はリディス。よろしくね」

 リディスは気が強そうな雰囲気とは対照的な柔らかい笑顔を浮かべる。

「あっ、シロと言います。よろしくお願いします」

「あのウタが見染めたんだから、凄い力を持ってるのよね?期待してるわ」

「あっ……いや……」

「そう!ダーリンは私が唯一認めた男だからね!期待しもらっていいわよ!」

 ただ一度ウタの人器を行使しただけだと否定しようとしたシロの言葉をウタが遮る。
 ウタが隣に居るだけでシロの期待値がうなぎ上りになってしまっている。

「じゃあ、詳しく話はミズラフでしましょう。ローレン行くわよ!カーミラ。お願いしていいかしら?」

「はい」

 扉の前に控えていたカーミラは扉を開ける。

「さぁ、シロ君達も行きましょう!」

「はい。じゃあ行ってきます」

「ああ、気を付けてな」

「ダーリン。待ってるからね」

「うん、頑張ってくるよ!」

 シロはラウドとウタと言葉を交わすとリディスを追いかけて部屋を出た。

 シロ達が出て出て行き、重々しい扉が再び閉まるとラウドの部屋は先程までの賑やかさとは打って変わって静寂に包まれた。

「ダーリンにはミズラフはまだ早いわ。アイツの差し金?」

 ウタはラウドに鋭い視線を向ける。

「ああ、それもあるが俺も同じ意見だ。彼には世界の現状を見てもらいたいと思ってな」

「だけど、心が壊れてしまうかもしれないわ」

「だが何にせよいつかは知ることになる。10日であれば耐えられるだろう。だが、お前ほどの女が随分惚れ込んでいるんだな」

「ええ、だって私がずっと探していた人だから……」

 ウタはこれからのシロの戦いに想いを馳せるのだった。
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