出来損ないの人器使い

salt

文字の大きさ
上 下
33 / 85
第2章

32話「旅路2」

しおりを挟む
(き……気持ち悪い……です)

(私も無理……)

 嫌悪感をあらわにする2人の言葉が脳裏に響く。
 目の前にはシロの倍以上もあろうかという巨大な百足の魔物が無数の足をうねらせながら強靭そうな顎をカチカチと鳴らしている。
 あの顎で噛まれたらひとたまりもないだろう。

「気を付けろ!そいつの足には毒があるぞ!」

 大型蟷螂の魔物と斬り合うエヴィエスが隙を見てシロに呼び掛ける。

 大百足はエヴィエスの声に反応するかのように、キシキシと音を立てながらシロに突進する。

((ひぃぃぃぃぃ!!!))

 2人の悲鳴が脳裏に響くなかシロは落ち着いていた。
 なぜならこの大百足はケンプから聞いたことがあったからだ。

 シロは大百足の突進から距離を取るように斜め後ろに飛び上がる。
 すると突然目の前から獲物が消えた大百足はシロの行方を確認するために顔を上げる。

(見えた!)

 その瞬間、シロは大百足の口に向かって水弾を数発放つ。
 大百足は外殻が鎧のように硬い。
 であれば、口や継ぎ目といった柔らかいところを攻撃すれば良いのだ。

 シロの目論見通り、口を水弾に貫かれた大百足は緑色の体液を撒き散らしながら絶命した。

 大百足が動かなくなったのを確認すると、シロは大蟷螂と戦うエヴィエスに視線を向ける。
 しかし、彼はシロの心配をよそに大蟷螂の大鎌を切り落とし、とどめを刺したところだった。

「やったわね」

「怖かったです……」

 シロの両脇に現れた姉妹が安堵の声をあげる。

「あれ?2人とも虫苦手だっけ?」

「いやー、あんなに大きいのは、ねえ?」

「はい。本当に無理です」

 2人は青ざめた顔色でまだピクピクと僅かに動く大百足を見つめていた。

「イッエーイ!勝ったよー!」

「こらこらナイ。はしゃぐな」

 蟷螂に勝利したエヴィエスとナイがシロ達に近づいてくる。

「それにしても、アリスとリリスの人器はすごいな。外殻を貫通してるじゃないか」

 エヴィエスは感心した様子で大百足の亡骸を見つめている。

「え?外殻じゃなくて口の中を狙ったんだよ」

「でもほら、水弾が貫通した跡が……」

 シロはエヴィエスの手招きに促され、大百足の亡骸を一緒に確認する。

 確かに、傷ひとつない鈍い光を放つ錆色の外殻には水弾が貫通した跡がいくつかあり、そこから緑色の体液が溢れ出ている。
 間違いなく、外殻を水弾が貫通したのだ。

「本当だ。じゃああえて口の中を狙う必要はなかったんだね」

「凄いな……俺だったら外殻を貫通させるのに全力を出さないといけないのにさ……」

 エヴィエスはため息混じりで天を仰ぐ。

 それはシロの放つ水弾1発の威力がエヴィエス渾身の一撃と同等かそれ以上の貫通力があるということを意味している。
 しかも、シロはそれを遠距離から連射できる。
 エヴィエスが落ち込むのも無理はない。
 それだけ同調者と非同調者が発揮できる力の差が大きいということだ。

「ねえ、アンタ達そんな気持ち悪いもん見てないでさっさと行きましょう」

「エヴィ様ー行くよー!」

「ああ、分かった」

「そうだね。行こうか。あっ、リリスありがとう!」

 シロは立ち上がりながらリリスが拾ってくれた荷物を受け取った。

 ウェステの街を出て3日。
 シロ達は順調にケントルム迄の道のりを歩んでいた。
 これまで何度か魔物と遭遇することはあったが、身の危険を感じるほどの魔物とは出会っていない。

 それだけ同調が強力ということなんだろう。
 同じ同調者であるルウムと一緒に過ごすことが長かったシロは改めて非同調者との違いを実感していた。

「それにしても暑いわね……」

 アリスが首元を引っ張りながら、パタパタと手を動かす。
 周囲は草原地帯から荒野へと変わり、照りつける太陽が赤褐色の土の絨毯に転々と転がる岩と緑を照らす。

「うん、暑いよー!エヴィ様ー」

「ああ、そうだな」

 エヴィエスは額に流れる汗を拭う。
 みんなの言う通り、確かに照りつける日差しがジリジリと肌を焦がす。

「リリス……大丈夫?」

 シロは振り返り、俯いているリリスに視線を向ける。

「はい……大丈夫……です」

 そう言ったリリスであったが、明らかに顔色が悪い。
 きっとこの暑さにやられてしまったんだろう。

「もう少し進んで休める場所があったら休憩しましょう。もう少し頑張れる?」

「うん、お姉ちゃん」

 アリスが心配そうにリリスの手を引きながら再び歩みを進めるのだった。

 数時間後ーー

 シロ達は荒野の中で、小さな湖を見つけた。
 その湖の水はとても澄んでいて、照りつける日差しを鏡のように反射している。

「この水なら飲めそうだ。きっと地下から水が湧いてるみたいだね」

 エヴィエスは湖の水を手で掬いながら飲み干す。

「じゃあ、今日はここで野営しようか」

「ええ、そうしましょう。リリス。よく頑張ったわね」

「はい……」

 リリスはフラフラと木陰の隅に座り込む。
 それを見たシロは皮の水筒に水を入れてからリリスの隣に座る。

「はい。リリス。冷たい水が入ってるよ。それを飲んでゆっくり休んで」

「ありがとうございます……ぷはぁ、冷たくて美味しい……」

 シロが手渡した水筒の水をごくごくと飲み干したリリスだが、相変わらず表情はすぐれない。

「私……駄目ですね……」

「何で?僕はそんなこと思わないよ」

 シロの目線の先にはアリスとナイが何か言い合いながら湖の辺りで水の掛け合いをしている。
 恐らく、ナイがちょっかいを出してアリスがムキになっているのだろう。

「でも、すぐ疲れちゃうし……私のせいでケントルムに着くのが遅くなっちゃう……」

 リリスは膝を抱えながら視線を落とす。
 確かに旅路をリリスのペースに合わせているのは事実だ。
 もしかしたら、自分が居なければもっと早く着くかもしれないということを気にしているんだろう。

「大丈夫。別に急いでる訳じゃないんだからさ」

 シロはそう言いながら立ち上がるとリリスを引き起こし、手を引っ張りながら湖に向かって走り出す。

「えっ、シロさん!ちょっ!!」

 戸惑うリリスの腕を引っ張ったままシロは湖に飛び込んだ。

 ザバァン!という水が響き、心地よい冷たさが全身の熱を冷ましていく。

 隣には一緒に飛び込み全身ずぶ濡れになったリリスが驚いた表情で見つめている。
 水に濡れた美しい金髪が太陽の光を反射し、彼女の整った顔立ちと相まってまるで妖精のような雰囲気だ。

「ねぇ、リリス。僕はこの旅を楽しんでるんだ。見たことない景色や新しい出会い。それをみんなと一緒に体験したいんだ。だから、君の居場所はここだよ」

「……はい」

「だから、笑って。楽しもうよこの旅を」

「はい!」

 大きな瞳に涙を溜めながら、リリスは満面の笑みをシロに向ける。
 やはり、アリスもリリスも笑顔が似合う。
 シロはそう思いながら、空を見上げた。空はどこまで青く晴れ渡っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...