出来損ないの人器使い

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第2章

25話「獣人の少女4」

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「これってもしかして……迷ったのかしら?」

 周囲をキョロキョロし見回しながらアリスは不安げに呟く。
 あたりは深い緑に覆われ、歩いても歩いても同じ景色が続いていた。

「もしかして……じゃなくて迷ったんだよ。だから言ったじゃないか」

 ウェステの街から旅立って半日。
 シロ達は早々に森の中で迷っていた。
 というのも、首都ケントルムに向かう道は主に2つある。
 遠回りだが比較的道が分かりやすい平地を抜けるルートと近道だが道に迷いやすく危険が伴う山を抜けるルートだ。
 シロは安全を期すため平地を抜けるルートを選ぶつもりだったが、近い方がいいというアリスに押し切られて山へ進むことになったのだ。

「だって、大丈夫だって思ったのよ……こんなに森が深いなんて……」

「まあまあ、姉さん。もうそろそろ陽が暮れるし、今日はどこかで休んでその後また考えよう。ね?」

 旅立って早々に意気消沈しているアリスをリリスが優しく慰める。
 意外にもトラブルが起きた時はリリスの方が冷静だったりする。
 アリスを慰めるリリスはシロにとって新鮮な光景だった。

「そうだね。暗くなってから寝床を探すのは危険だ。まだ明るいうちに安全な場所を探そう」

「そうですね。シロさん。さあ、姉さん行きますよ」

「……分かったわよ」

 アリスはリリスに手を引かれトボトボとシロの背中を追うのだった。

 程なくしてシロは渓流の近くで周囲が岩で囲まれた石の窪みを見つけた。
 これであれば夜中急に魔物に襲われることはないだろう。

「ここにしょうか」

 シロは周囲の安全を確認し、腰を下ろす。
 一日中歩きっぱなしだったので、座ると予想以上に自分が疲れていたのを実感する。
 隣でアリスとリリスも座っているが、やはり2人ともかなり疲れているのだろう。
 表情にはいつもの余裕がなかった。
 知らない場所で道に迷いながら、魔物に襲われるかもしれない緊張感とも戦っていたのだ。疲れるのは当然だろう。

「アリス、リリス。大丈夫?」

「うーん、慣れないことするとやっぱり疲れるわね」

「私も今日はちょっと疲れました」

「そうだよね……今日はもう休もう。首都に行くのはゆっくりで大丈夫だから。今火を付けるよ」

 シロは手早く枯れ木や枯れ草を集めて石で火花を起こして着火を試みる。

「あっ、私水汲んできますね」

「うん、ありがとう」

 リリスは近くの渓流に水を汲みに行く。

 カチッカチッという音が響く。

「悪かったわね。私のせいで……」

「ん?」

 アリスに目を向けると膝を抱えた彼女は眉を潜め、その青い瞳は少し潤んでいた。

「大丈夫」

 シロはリリスに視線を移す。
 彼女は渓流の水を汲むために身をかがめている。
 一生懸命汲もうとしているのだろう。彼女の長い金髪の毛先が水に浸かっている。

「僕はずっと1人だった。こんな風に誰かと旅に出れるなんて思ってもいなかったよ。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど……今日も楽しかったよ」

 何が起きても3人なら乗り越えられる。
 シロはそう確信していた。

「……ありがとう」

 アリスは聞こえるか聞こえないかの音量でシロに呟いた。
 だが、それにシロは反応せずにカチカチと火花を散らす。
 聞こえても聞こえなくてもアリスの事は分かっている。
 言葉なんてなくてもお互いを分かり合えている。
 その安心感がシロの胸を満たしていた。

「おっ火付いたよ!上手いもんでしょ!」

 火が付いた枝を持ってシロはアリスに向かって微笑む。

「……バカ」

 そう言ってはにかんだ彼女は今日一番可愛らしかった。

 ◆◆◆◆◆◆

 その後、シロ達はウェステの街で買い貯めた食糧で早めの夕食を取り、今後の方針について話し合っていた。

 木々から射し込む光が徐々に弱まり、あたりは少しずつ薄暗くなってきていた。

「森で野宿って怖いわね」

「でもシロさんが作ってくれたベット寝心地は良さそうです」

 シロが草を集めて作った即席のベットに寝転ぶリリスは今にも眠ってしまいそうだ。
 まるで自分の部屋で休んでいるかのように彼女はリラックスしている。

「んー、見張りを交代しながら眠るしかないね」

「でも、戦えるのはシロだけだし、アンタの負担が大きくなるわね」

「それを言っても仕方ないよ」

 もし夜中に襲われた時に備えて熟睡はできない。
 しかし、首都に着くまでくらいであればなんとかなるだろう。

「……!?」

 どこから音が聞こえる。
 シロは立ち上がって耳を澄ます。
 渓流のせせらぎの音の先、人が争う悲鳴にも似た怒号。

「ねえ、どうしたの?」

「……誰かが戦っている」

「え!?本当?私には何も聞こえなかったけど……」

「いや、多分間違いないと思う」

 山で暮らしていた時間が長いシロは森の中での音の聞き分けが常人よりも優れていた。

「それって魔物ですか?」

 身体を起こしたリリスの声に緊張が走る。

「分からない。だけど、戦っているのは確かだと思う……」

 シロはアリスとリリスの顔を見つめる。
 2人は真剣な表情をしながら無言で頷く。

「行くんでしょ?アンタの好きなようにすれば良いよ」

「はい!私達はシロさんに付いて行くって決めてますから!」

 2人はシロに向かって手を伸ばす。

「……ありがとう。アリス、リリス、行こう!」

 シロが2人の手を握ると、シロの手には金色と水色の銃が現れる。

 ……魂を注げ

 シロは怒号が聞こえた先へ急ぐ。
 二重同調によって強化されたシロの脚力によってみるみる景色が変わっていく。
 まるで、木がシロを避けていると錯覚するかのような速度で気配の方に急ぐ。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 小高い丘の頂上から男の叫び声が聞こえる。

(シロさん!)

 頭の中でリリスの声が響く。

(ああ、分かってる)

 シロは全速力で丘を駆け上がる。

(……いた!)

 視線の先で、1人の青年が三体の魔物に囲まれている。
 大きな野太刀を軽々と持つ屈強な体躯に醜悪な豚の顔。あれは恐らくオークだろう。

 シロは全速力で青年に突進しながら左右一体ずつのオークに狙いを定め、引き金を引いた。

 ドンドンドンドンドンドンッという乾いた音が響く。

 そして、間髪入れずに残った一体にも水弾を打ち込む。

 銃口から放たれた水弾は目にも止まらぬスピードで三体のオークの頭を撃ち抜いていた。

 頭を貫かれた事に気が付いていないオークは突然現れたシロを睨みつけるが、ゆっくり仰向けに倒れるのだった。

「……大丈夫?」

 囲まれていた茶色い髪の青年にシロは手を差し伸べる。
 シロと同じくらいの年齢の青年は酷く憔悴しており、何が起きたのか理解できていないように見えた。

 少しの間の後、自分が助けられたということを理解すると、シロの足元にしがみつく。

「!?」

 シロは突然のことに言葉を失う。

「頼む!フィオを……みんなを助けてくれ!」

 悲痛な声が響き渡る。
 必死な形相で呼びかける青年からシロはただならない想いを感じ取るのであった。
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