出来損ないの人器使い

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第2章

24話「獣人の少女3」

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「エヴィ兄ちゃん、今日も外の世界の話を聞かせて!」

「ああ、今日はどんな話にしようかな……」

「はいはーい!私がお話しするよー!」

 エヴィエスが考えていると隣に座るナイが元気よく手をあげる。

「えー、ナイ姉ちゃんのお話し、ばーんとかどーんとか多くてよく分からないんだもん」

 フィオはぴょこんと付いた耳を伏せながら眉をひそめる。

「そんなことないよ!今回はうまくやれるよ!」

「そんなこと言って昨日も同じだったもん。エヴィ兄ちゃんの方がいい!」

「まあ、俺でもナイの話はよく分からないからな……フィオの気持ちは分かるよ」

「えー……エヴィ様、私ってそんなに下手?」

 ナイはエヴィエスに助けを求めるような視線を送る。

「下手だよ」

「ぶーっ」

 ナイは頬を思いっきり膨らませてむくれっ面をする。
 その拗ねる様子を見てエヴィエスとフィオは声に出して笑っていた。

 エヴィエスとナイがこの集落に訪れてから5日が経過していた。
 別に急ぐ旅ではない。タダ飯でこのまま去るのは主義に反するとバールに何が手伝えることはないかと申し出たのだ。

 そのため、エヴィエスとナイは数人の男達と人器を用いた戦いの訓練をすることになった。

 その訓練を終え、フィオの家の前に置かれた傾いたテーブルを3人で囲み、フィオに外の世界の話を聞かせる。
 それがエヴィエスにとっての日課になり、なによりも自分の話を楽しそうに聞いてくれるフィオを見ているのは心地よいと思える時間だった。

「今日はここまでにしようか」

「えー、もっと聞きたい」

「私もー」

 エヴィエスの話に目を輝かせていたフィオが不満を口にする。
 ついでに同じようになぜか目を輝かせていたナイも口を尖らせる。

「ナイ……なんでお前も楽しんでるんだよ」

「エヴィ様はやっぱり何でもできるね。すごいねぇ」

 ナイはテーブルに両手頬杖をしながらエヴィエスを誇らしげに見つめている。
 彼女の緑色の髪を夕焼けが赤く染めあげる。

「いいなぁ……エヴィ兄ちゃんもナイ姉ちゃんも。私も外の世界を沢山見てみたいよ」

「そうだね。もっと大きくなったら行く機会もあるさ。さあ、バールさんがご飯を作ってくれてるはずだから家の中に戻ろうか」

「「はーい」」

 ナイとフィオ。2人は同時に返事をした。
 恐らく、フィオが外の世界を旅する可能性は限りなく低い。
 しかし、エヴィエスは子供の無垢な想いを否定する気にはなれなかった。

 ◆◆◆◆◆◆

 4人で賑やかな食卓を囲み、皆が寝静まった頃。
 エヴィエスは夕方に腰掛けていた椅子に座り星空を眺めていた。
 いくつも星が輝き空を彩っている。

 この集落で暮らす人達は皆良い人ばかりだ。
 獣人と人間、いがみ合う必要なんかない。
 そう思うのに、どうすれば良いのか分からない。
 それがとてももどかしかった。

「眠れないのかな?」

「ああ、バールさん。すいません。起こしてしまいましたか?」

「いや、気にせんでもええ。この時間は少し冷え込む。一杯どうかな?」

 バールは両手に持ったグラスの1つエヴィエスに差し出す。

「ありがとうございます」

 エヴィエスは差し出され温かい飲み物をズズっと啜った。
 酒の甘い風味が口の中に広がる。

 隣に座るバールとエヴィエスの間に静かな時間が流れる。

「あの……」

 エヴィエスは意を決してバールに気にしていたことを聞く事にした。

「この集落の将来をどうお考えですか?」

「……滅びるじゃろうな。それは明日かもしれんし、ずっと先かもしれん。じゃが結末は同じじゃろ」

 その言葉を発したバールは悟っているかのように穏やかな口調だった。

「であれば、人間と一緒に暮らすことは出来ないんですか?」

「……出来んよ。ワシらは皆人間に酷い目に合わされ、そして合わせておる」

「でも、人間が全てそうじゃない。皆さんが心優しいように……僕はそれをここで教わりました」

 エヴィエスはこのまま緩やかに死に向かっていく集落の皆を見て見ぬふりは出来なかった。

「フォッフォッ……ありがとう。じゃがワシらはええんじゃ。それを分かった上でこの集落を拓いたんじゃからの。裕福な暮らしは出来んが、ワシらは生まれて初めて本当の意味での自由を手にしたんじゃからな」

「……それがバールさんや皆の幸せと言うのであれば僕から何か言うことは出来ません……ですが、フィオはどうするんですか?」

「……あの子は別じゃ。ワシとは血が繋がっておらんが、本当の娘のように思っておる。いつかどこかで幸せになってほしい。それがワシの願いじゃ」

 そう言いながバールはゆっくり酒を口にしながら星空を見上げていた。

「……」

 フィオはこの集落で唯一の子供だ。
 あの子がどうしてこの集落にいるのかは分からない。
 だが、集落の皆から我が子のように愛されているのは伝わってくる。
 エヴィエスはバールの横顔を見ながら、酒に口をつける。
 もらった酒はもう熱を失っていた。

 ーー翌朝ーー

「え?街にですか?」

 エヴィエス達が朝食を食べ終わった時、バールからウェステの街に買い出しに行ってもらえないか依頼を受けた。

「ああ、何度か薬を買いに行っておるのじゃが、ワシらにとっては道中も街の中も命懸けなのじゃ。だから、代わりに行ってくれんかの?」

「確かに、集落の皆さんが行くより僕らが行ったほうが安心ですね……分かりました。大丈夫ですよ」

 エヴィエスはその申し出を快諾した。

「えー、エヴィ兄ちゃんとナイ姉ちゃんが行くなら私も行きたい!」

「でも、フィオちゃん。外は危ないんだよ……」

 フィオに抱きつかれたナイが申し訳なさそうな顔を向ける。

「そうだよ。外は僕達より強い魔物だって沢山いるんだ。もしかするとフィオを守れないかもしれない。今回は大人しく待っていてもらっていいかな?」

「……分かった」

 穏やかな声色で言い聞かせるエヴィエスにフィオは渋々納得をする。

「えらいぞ」

 エヴィエスはフィオの茶色い頭をくしゃくしゃと撫でた。

「じゃあ早速行ってきます。恐らくウェステの街までの道のりが約1日。そこで1泊して戻ってくるので、2日後の夕方から夜にかけてになると思います」

「ありがとう。君達が来てくれてよかった。では、買ってきて欲しいリストと金を渡そう」

 バールは用意していた革袋を渡す。中にはかなりの金が入っている。

「……この金は?」

「ああ、これは奴隷時代だった時に貯めた金をみんなで持ち寄ったのじゃ。やましいことをして集めた金じゃないから安心してほしい」

 これだけの金を稼ぐためにどれだけ時間を掛けたんだろうか。集落にとってはなけなしの金であろう。
 エヴィエスはその革袋を強く握りしめた。

「……分かりました。じゃあ行ってきます。ナイ行こう」

「はーい。じゃあ、ナイちゃん、おじいちゃん。行ってくるね!」

「行ってらっしゃい!」

 ナイとフィオはお互いの姿が見えなくなるまで手を振り合っていた。

 ◆◆◆◆◆◆

 ーー翌日ーー

 ウェステの街への道中と買い物を終えたエヴィエスとナイは獣人の集落への帰路に着いていた。
 途中、魔物と戦うこともあったが十分に対処できる程度の敵であった。

 東の魔物より西の魔物の方が遥かに弱い。
 だからこそ、あの集落も存続することが出来ていたのだろう。

「もうそろそろ暗くなる。急ごう」

 エヴィエスはナイに急ぐように促す。

「うんそうだね!急ごう!」

 2人は駆け足で小高い丘の頂上を目指す。
 その麓に集落があるはずだ。

「エヴィ様!!」

 先行していたナイの叫び声が響く。

「!?」

 エヴィエスは急いで丘を駆け上がると立ち尽くすナイの隣に並び、ナイが指差す方角を見つめる。

「……なんだよ」

 エヴィエスの視線の先で集落が燃えていた。
 フィオやバールさん、みんなは大丈夫なのだろうか。
 エヴィエスの胸がドクンと脈打つ。

「ナイ!行くぞ!」

「うっ!うん」

 エヴィエスはナイを細い突剣に変え、集落へ向かおうとしたその時、黒い影が行手を塞いだ。

「……オーク、なぜこんなところに」

 エヴィエスは足を止め、黒い影の主を睨みつける。
 しかも同時に3体。エヴィエスは囲まれていた。
 オークは首都近辺によく出る魔物で、エヴィエスも何度か出会ったことがある。
 しかし、まともに戦ったことはなく必ずエヴィエス達は逃げていた。
 同調が使えない自分達が一対一で勝てる相手ではないと考えていたからだ。

「……」

 豚の顔が付いた屈強な体躯を持つ化け物。オークは醜悪な表情でエヴィエスを見つめている。

 エヴィエスは静かに身をかがめ、突剣を構える。
 額から流れた冷たい汗が頬を伝う。

 手が震える。
 ここで死ぬかもしれない。
 でも、ここで引くわけにはいかない。
 フィオやバール達を見殺しにする訳にはいかない。
 意を決したエヴィエスは魔物に向かって全力で突剣を突き出すのだった。
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