出来損ないの人器使い

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第1章

3話「初任務」

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「シロ!アンタ人器ないの!?」

 アリスの驚いた声が店内に響く。
 双子に出会った日の夜、アリスの誘いで三人で夕飯を食べていた。

 カーミラも誘っていたようだが、仕事があるということで彼女は不参加だ。店内は感じの良い夫婦が切り盛りしている店で、広くはないが活気がある。
 僕達の声も店内の賑やかな話し声にかき消されてしまっているだろう。

「あんたそれってどういうこと….…?」

 アリスは三人で囲む丸いテーブルに身を乗り出してシロを見つめる。前に出た勢いで彼女の2つに結んだ金髪が勢いよく揺れた。

「分からないんです……ずっとそうだったので」

「姉さん……その話はもう……」

 リリスは困った表情で姉を止めようとするが、姉の青い瞳はシロから目線を外さない。

「だから……ずっと一人でした……」

 子供の頃に浴びせられた視線が頭をよぎり、アリスと目を合わせられない。急激に身体が冷えていくのを感じる。
 黙っておくことも出来たのだが、パートナーになるのであれば先に話をしておいた方が良い。シロはそう考えていた。

「んー、まあ良いわ。リリスが認めているし……それに、同調が出来るアンタの力はすごいと思うから」

 アリスは椅子に深々と腰を下ろして、飲み物を少し口に含む。
 困っていたリリスも胸に手を当て安堵の表情に変わる。

「ありがとう……。それで……同調っていうのはどういうことですか?」

「そうか……アンタ何も知らないのね。じゃあ、教えてあげる」

 そう言いながら、アリスは口一杯にサラダを頬張った。
 なぜ、このタイミングで口一杯に頬張るのかと思いながらもシロはアリスを見つめる。

「救済の光以降、私達人間が人器になれるようになったってことはアンタも知ってるわよね?」

 口に物を入れてモゴモゴ話すのでとても聞き取りにくい。

「はい」

「んで、行使者が人器を使う事を行使と呼ぶの。これだけでも魔物と戦う力を得られるようになるのだなら凄い力ね」

「だけど……同調は別……です」

「そう、同調はお互いが共鳴するの。アンタがカーミラさん、リリスと感情を共有したのは同調の特徴ね。行使はあくまで人器の力の片鱗を使ってるに過ぎないの。同調して初めて人器の力を発揮できるって言われているわ」

「その……同調はそんなに難しいんですか?」

「難しいわよ!!!」

 アリスはテーブルをバンッと叩き、置かれたグラスがグラグラと揺れた。

「同調……は、どんな条件で……できるか分からないん……です」

「そうなの。同調が出来る人器使いは多くないから貴重なの」

「この街だと……ケンプさんと……ルウムさんくらいだと……思います……」

「そうね。あの2人は獣人との戦争から活躍してるベテランだからね。今度会う機会もある筈よ」

「そうですか……」

「ところで、あんたその変な喋り方はなんなの?見たところ私達と同じくらいの年に見えるし、そんな喋り方しなくていいわよ」

「ごめんなさい……その……アリスさんって優しいんですね……」

「んー、調子狂うわね……」

 そう言うと、アリスは少し頬を赤らめながら飲み物を一気に飲み干す。

「さあ、色々と話も聞けたし、今日は帰りましょうか。アンタどうせ金持ってないんでしょ?今日は私達の奢りってことにしておいてあげる」

「ありがとう……」

「別にさっきのに気を良くしたとかそんなんじゃないんだからね!」

「お姉ちゃん……単純……」

 その後、3人が店を出るともうすっかり日は落ち、月明かりが街を照らしていた。
 行き交う人もまばらで、立ち並ぶ建物の窓からは光が漏れている。

「じゃあ、私達は教会に帰るけどアンタはどうするの?」

「……え?」

 そういえば、何も考えていなかった。

「えっと……まあ……どこかで野宿でもします」

「はぁー」

「仕方ないわね……とりあえず教会で寝なさい。シスターには私から言ってあげるから」

「ありがとう……何から何まで本当に嬉しいです……」

「別にアンタはこれから金を稼ぐパートナーなんだから、それくらい当然よ!これからガンガン稼いでもらうんだからね!」

 そう言うとシロとリリスに背を向け、教会の方角へ歩き出してしまう。

「さあ、行くわよ!あと、その言葉使い禁止だからね!」

「分かりまし……いや、分かった」

「よろしい!」

 シロの返事に背を向けたままアリスは答えた。

「お姉ちゃん……面倒見…いいんです」

 アリスの後を着いて歩いていると、横を歩くリリスがシロの顔を覗き込む。

「うん、優しいお姉さんだね」

「はい……自慢の姉ですから……これから……よろしくお願い……します。シロさん」

 前髪の隙間から柔らかな笑顔が覗く。
 双子なだけあって顔立ちは姉と瓜二つだが、姉とは異なる少し垂れ下がった大きい瞳が彼女の柔らかい雰囲気を強調している。
 前髪、切れば良いのにと素直に思う。

「うん、よろしくリリス」

 2人は笑顔をで目を合わせた。

「ちょっと、アンタ……」

 前に目を向けると、アリスがこちら向いているが眉間にシワを寄せ腕を組んでいる。その雰囲気が普通ではない。

「え……?」

「リリスに手を出したら……殺すから」

 ドスの効いた低い声でシロを睨みつける。

「は……はい!」

 ◆◆◆◆◆◆

 翌日、シロとアリス、リリスの3人は早朝からギルドへ向かっていた。
 昨日は教会に向かった後、人が良さそうな老婆のシスターに軽く挨拶を済ませた後、教会の祭壇の椅子で眠った。硬くて寝心地も良くなかったが、寒さや夜露を凌げるだけましだった。

 目の前を歩くリリスの長い髪が朝日に照らされキラキラと輝いている。
 それにしても、アリスとリリスは歩幅も歩く動作も見事に一致している。さすが双子だ。
 だが、性格は真逆なのだから、また不思議だ。

「さあ!今日は稼ぐわよ!シロ!アンタ無一文なんだから気合入れなさいね!」

 アリスはやけに張り切っている。

「アリス……仕事の前に一回人器を試さなくて大丈夫かな?」

「大丈夫!大丈夫!同調も出来るんだし危ない事にはならないわ」

「そうかなぁ……」

 程なくするとギルドが見えてきた。
 周囲に建っている木造の平屋と同じ高さだか、ギルドだけは教会と同じ石造りだ。
 だが、教会と違い装飾は特になく、入口に女性が印された旗が掲げられているだけだ。
 中に入ると、奥にカウンターがあり、職員が座っている。
 そこで仕事の斡旋を受けるのだ。
 早朝に来たからか、他の人器使いは2組程しか居ない。

「あら、いらっしゃい」

 聞き慣れた声に振り向くと、カウンターにカーミラが座って手を振っていた。

「何でここに?って顔しているわね。私ギルドの職員だからよ」

「ちょっと!カーミラさん!昨日コイツのこと放っといたでしょ!」

 アリスはカーミラに不満をぶつける。

「あら?でもアリス。あなたなら彼を放っておくなんてしないでしょ?だからシロ君をお願いしたの。あなた、優しいから……」

「ぐっ!」

 微笑みを崩さないカーミラの表情にアリスは肩を震わせるが、言い合いではカーミラが一枚も二枚も上手なのだ。

「そうそう、シロ君に渡したいものがあるの」

 早々にアリスとの会話を打ち切り、彼女は一枚の白いカードをシロに手渡した。

 そのカードには、シロの名前とパートナーのアリス、リリスの名前が刻まれていた。裏面には入口の旗と同じ女性のマークが刻まれていた。

 これがギルドに所属している証よ。

「え……!?ありがとう……カーミラさん……」

 カーミラの優しさに胸が熱くなる。彼女には昨日からもらってばかりだ。

「でも私が出来るのは君をスターラインに立たせる事だけ。ここから先は君の力で切り開くのよ」

 カーミラはシロの肩に手を添える。

「はい、僕……頑張ります」

「その意気よ。頑張ってね」

「シロさん……良かったですね……」

「別に登録出来ただけなんてなんて事ないけど、まあ、良かったんじゃないかしら」

「じゃあ、依頼はいくつか奥の掲示板にあるから見て決めてね」

「はい!分かりました」

 3人は指差されてた方角に進み掲示板に貼られた紙を見つめる。

「うーん、あんまり高い依頼ないわね」

 アリスは掲示板に貼られている紙を食い入るように見つめている。

 貼られている紙には依頼内容と報酬額が書かれているのだが、500エルから1000エル程度の内容が多い。
 この依頼を受注し、達成した報酬を受け取る。それで金を稼ぐのだ。

 ギルドは依頼主と人器使いを繋いだり、人器に適した仕事を斡旋したりするのが役割で人々の生活に欠かせない存在だ。
 昨夜、アリスに聞いたのだが、魔物の襲来や救済の光による人器化の発現といった混乱で国や王といった存在はもう廃れてしまっている。
 その混乱を収めたのが、ギルドの創始者のラウドと呼ばれる英雄で、今はギルドが人々を束ねる組織になっているとのことだ。

「これは高いよ」

 その紙には魔物の巣の調査と書かれ、報酬は50,000エルと記載されている。

「いやいや、紙をよく見てみなさい。銀って書かれてるでしょ?これは私達のランクでは受けられないわよ」

「私達のランクは……一番下の鉄……です。ランクは……実績に応じて……鉄、銅、銀、金、白金……と上がっていくんです」

「そうなのか……」

「んー、じゃあ森での薬草採取!これにしましょう!」

 アリスはカーミラの待つカウンターに紙を持っていって受注手続きをする。

「カーミラさん……あの、魔物の巣って……」

「ああ、あれ?この間、私がフェンリルに襲われたのもそうなんだけど、最近魔物が増えているって報告を受けているのよ。だから、ちょっと気になって、ギルドから依頼を出しているの」

「そうですか……」

「でもまあ、この依頼なら余り森の奥に行く事もないだろうし、危険は少ない筈よ。初仕事頑張ってね!」

「はい!」

「さあ行くわよ!シロ!」

「姉さん……ちょっと待って……」

 カーミラは笑顔で3人の背中を見送るのだった。
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