上 下
48 / 138
戻っていく日常

しおりを挟む
 一週間と少しが経った。
 大工が仕事を急いでくれたおかげで窓と玄関はすっかり元通りになった。それどころか前より立派になったくらいだ。
 この家は祖母の代からのもの。ノアが定期的に手入れをしているもののあちこち傷んでいるところもある。
 大工はついでに家の中も見てくれた。そして幾つか「ここは直したほうがいいだろう」などと助言までくれた。
 「では金が貯まったらお願いするよ」とノアは答えた。窓と玄関の修繕費が割合かかってしまったのだ。
 食べるには困らないくらいの金はまだあるが家の修繕に使う余裕はない。
 大工は「なるべく安くするから、また声かけてくれな」と帰っていったものだ。
 部屋が元通り使える状態になったことでノアは日常に戻っていった。
 街からのお客も迎えられるようになった。
 皆「こないだは大変なことが起こったんだって?」と心配してくれた。
「これ、良かったら食ってくれ」
 そんなふうに野菜や肉などを差し入れてくれるひとも多かった。優しいひとたちなのだ。
 それは普段からのノアの仕事が優しく丁寧なためもあったのだが。
 ただ、謙虚なノアは感謝するばかりだった。
 家の、部屋の修繕のためにしばらくノアは薬作りに精を出していた。お客を迎えられないならばその下準備をしておくほうがいい。
 主に保存の効く薬や良く使う薬を何種類も作る。
 熱さましだの切り傷に塗る薬だの、多岐に及ぶので案外時間がかかってしまった。
 満足いく量は作れなかったが、それはいつも通りに日常の中の空き時間で作ればいい。
 そのように家の中のことも仕事も平常運転に戻り、思うようになったのはコリンのことだった。
 あのような別れ方になってしまって心にずっと引っかかっていた。感謝と謝罪をしなければいけない。
 けれど毎回コリンのほうから訪ねて……いや、押しかけて、というほうが正しいかもしれないが……とにかく、来訪してくれていたのだから、ノアからコリンを訪ねることは難しいのだった。どこに住んでいるのかもはっきり知らないくらい。
 森の奥、狼男の集落に住んでいるとは言っていたものの人間に近い存在であるノアがあまり森の奥まで踏み入ることは危険だった。
 またジェームスのように良からぬ思いを抱く輩や、もしくは凶暴な獣だって住んでいるかもしれない。そのようなところへ一人で行こうなど。
 かといって街のひとたちを巻き込むこともできなかった。
 なにしろ少年とはいえ狼男なのだ。
 人間にとっては畏怖の対象。
 コリンがいくら無邪気で人間に対して好意的な性格であろうとも。
 だからこそノアは「狼男に助けてもらった」などと言えなかったのであるし。
 言えばコリンがあらぬ誤解を受けてしまうかもしれないのだ。
 最悪、追い払われてしまうかもしれない。それは耐え難かった。
しおりを挟む

処理中です...