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波乱
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穏やかな日々とはいえ、楽しいことばかりではない。ときには雨も降るし嫌な客、厄介な客も来れば、もっと悪いと嵐だって起こる。
今回のことはまさに、『嵐』だった。外は三月に入ってぽかぽかと良い陽気だったけれど。
二月が終わった途端、気温はぐんぐんとあがりはじめ、時折冷える日があっても随分春めいてきた。
店内装飾も春のものにした。
メニューを書いている黒板の空きスペースに春の花、菜の花やたんぽぽの絵を描き華やかにし、壁もウォールステッカーで飾った。
テーマカラーは緑と黄色。よって絵に採用した、菜の花とたんぽぽがメインになった。
メニューもそのようなものを取り入れて、サラダに『菜の花のサラダ』が加わった。安定して毎日入荷できるものではないので『入荷時のみ』とは付け加えたが。
店内に装飾を施したことで、室内でも季節を肌で感じられて游太は楽しい気持ちで日々を過ごしていた。
そのときに、ぽっと襲ってきた嵐であったのである。
それは実に些細なことだった。
夕方休憩から帰ってきた弘樹がどうにも浮かない顔をしていた。游太はそれになんだか嫌な予感を覚えたのだが、その場で聞くわけにはいかない。閉店後に「なんかあった?」と聞いた。閉めの作業をしつつ。
弘樹は「んー……」と数秒渋った。
渋ったが、言ってくれたこと。游太はぎくりとしてしまう。
「今度、新谷が店に来たいって」
一瞬ですべてを理解した。
弘樹が浮かない顔をして戻ってきた理由。スマホにメッセージかなにかが届いていたのだろう。
その事実だけで游太は既に嫌な気分を覚えた。
また連絡してきやがった、などと思ってしまう。
連絡くらい、と思わなくもないが、面白くなく思っても仕方がないとも思う。
「……なんでわざわざ」
感情を押し殺したつもりだった、けれどどうしても僅かに刺は出てしまう。
弘樹も游太のその気持ちは重々承知なのだろう。眉を寄せて、それでも微笑してくれた。游太を安心させるように。
「堀川(ほりかわ)さんが来たいって言ったんだとさ」
堀川。
游太はその名前をちょっと考えなければいけなかった。春香の名前と存在を頭に浮かべて、紐のように引っ張る。それでようやく出てきた。
……春香の婚約者だ。
半年ほど前に婚約者ができたという話を聞いていた。会ったことはないが、以前聞いた覚えがある。確かそういう名前だった。
「……ふぅん」
ほかに言えることはない。
しかし言ってすぐに、感じの悪い言い方だった、と、はっとした。よって、フォローするように続ける。
「そっか。ま、堀川さん? がメインみたいだし」
「そうみたいだ」
游太のフォローしたい気持ちは伝わったようで、弘樹は表情を変えなかったが、特になにも言わずにそのまま肯定した。
そこで話はひと段落した、というかほかに話すこともなかったので、二人とも閉店作業に戻って、一階を閉めて、二階へ上がってプライベートタイムになった。
けれど游太の心は晴れなかった。
どうしようもないことだ。心に小さな刺が刺さったような気持ちになってしまうのは。
こういう気持ちも折り合いをつけなければいけないことはわかっている。心の狭い……もっと言ってしまえば、不安がりでやきもち妬きな自分が悪いともわかっている。
といっても、性格なんてすぐには変えられないのも仕方がないのであって。
このあまり気の進まない『お客』の来訪が早く終わってくれることを祈って、游太はこの日、さっさとベッドに潜って一人で先に眠ってしまった。
今回のことはまさに、『嵐』だった。外は三月に入ってぽかぽかと良い陽気だったけれど。
二月が終わった途端、気温はぐんぐんとあがりはじめ、時折冷える日があっても随分春めいてきた。
店内装飾も春のものにした。
メニューを書いている黒板の空きスペースに春の花、菜の花やたんぽぽの絵を描き華やかにし、壁もウォールステッカーで飾った。
テーマカラーは緑と黄色。よって絵に採用した、菜の花とたんぽぽがメインになった。
メニューもそのようなものを取り入れて、サラダに『菜の花のサラダ』が加わった。安定して毎日入荷できるものではないので『入荷時のみ』とは付け加えたが。
店内に装飾を施したことで、室内でも季節を肌で感じられて游太は楽しい気持ちで日々を過ごしていた。
そのときに、ぽっと襲ってきた嵐であったのである。
それは実に些細なことだった。
夕方休憩から帰ってきた弘樹がどうにも浮かない顔をしていた。游太はそれになんだか嫌な予感を覚えたのだが、その場で聞くわけにはいかない。閉店後に「なんかあった?」と聞いた。閉めの作業をしつつ。
弘樹は「んー……」と数秒渋った。
渋ったが、言ってくれたこと。游太はぎくりとしてしまう。
「今度、新谷が店に来たいって」
一瞬ですべてを理解した。
弘樹が浮かない顔をして戻ってきた理由。スマホにメッセージかなにかが届いていたのだろう。
その事実だけで游太は既に嫌な気分を覚えた。
また連絡してきやがった、などと思ってしまう。
連絡くらい、と思わなくもないが、面白くなく思っても仕方がないとも思う。
「……なんでわざわざ」
感情を押し殺したつもりだった、けれどどうしても僅かに刺は出てしまう。
弘樹も游太のその気持ちは重々承知なのだろう。眉を寄せて、それでも微笑してくれた。游太を安心させるように。
「堀川(ほりかわ)さんが来たいって言ったんだとさ」
堀川。
游太はその名前をちょっと考えなければいけなかった。春香の名前と存在を頭に浮かべて、紐のように引っ張る。それでようやく出てきた。
……春香の婚約者だ。
半年ほど前に婚約者ができたという話を聞いていた。会ったことはないが、以前聞いた覚えがある。確かそういう名前だった。
「……ふぅん」
ほかに言えることはない。
しかし言ってすぐに、感じの悪い言い方だった、と、はっとした。よって、フォローするように続ける。
「そっか。ま、堀川さん? がメインみたいだし」
「そうみたいだ」
游太のフォローしたい気持ちは伝わったようで、弘樹は表情を変えなかったが、特になにも言わずにそのまま肯定した。
そこで話はひと段落した、というかほかに話すこともなかったので、二人とも閉店作業に戻って、一階を閉めて、二階へ上がってプライベートタイムになった。
けれど游太の心は晴れなかった。
どうしようもないことだ。心に小さな刺が刺さったような気持ちになってしまうのは。
こういう気持ちも折り合いをつけなければいけないことはわかっている。心の狭い……もっと言ってしまえば、不安がりでやきもち妬きな自分が悪いともわかっている。
といっても、性格なんてすぐには変えられないのも仕方がないのであって。
このあまり気の進まない『お客』の来訪が早く終わってくれることを祈って、游太はこの日、さっさとベッドに潜って一人で先に眠ってしまった。
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