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奈月の気持ち

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 暗くなるのも少しずつ遅くなりつつある。春が近付いているのだ。僅かな変化だけれど、カフェの窓から差し込むひかりは時間の移り変わりをはっきり游太に見せてくれる。
 夕方のオレンジのひかりがだんだん濃くなっていく、時間。
 今日は何組かお客が入ってきて、店内は少しざわざわと会話の声が溢れていた。カフェとして理想的な状況だとも言えるので、游太はホールでお客の様子を眺めていた。なにか、呼ばれたりしたらすぐに反応できるように。
 そこへ、ちりん、とベルが鳴った。新しいお客だろうか。
「いらっしゃ……あれ」
 入り口に近いところにいた弘樹がいらっしゃいませを言おうとする声が聞こえたけれど、それは途中で途切れた。あれ、と思って游太もそちらを見る。
 そこにはカフェには少し似合わない姿のお客がいた。
 黒のダッフルコート。中はブレザー。
 まだ小柄な体にそんな服を身に着けて入ってきたのは、奈月だったのだから。学校帰り、そのままの服でここへきたことなど今までない。
「どうしたの?」
 弘樹が声をかけるそれが心配そうに聞こえて、游太もそちらへ向かった。
 奈月は服装だけでなく表情も普段と違っていた。普段はにこにこ明るくて、あのねあのねとなんでも楽しそうに話してくれるのに、今はなんだか張り詰めたような顔をしていて。
「あのね、こないだのことでさ」
 切り出されたことで游太はなんのために奈月がここへきたのか理解したし、弘樹もそうだっただろう。二人はちょっと顔を見合わせてしまう。
 言いたいことは、話したいことはわかったけれど、ここではちょっと困る。
「あー……どうしよっかな」
 弘樹が髪にちょっと手をやった。
 ここでは困るとはいえ、もう夕方なのだ。店が閉まるまで待っていてもらうなんてことはできない。まだほんの中学生である奈月を二十時過ぎまで外にいさせようなど。家族に心配をかけてしまうだろう。
「奥で話そっか」
 提案したのは游太だった。
 あの夜、弘樹に言ってもらったことでどう話せばいいのかもうわかっていた。そして奈月にどう言われても受け止められると思っていたので。
「ユウ」
 弘樹が心配そうな声で見てきたけれど、游太は、にこっと笑った。
 なんの心配もいらない、と伝える。弘樹にもそれは伝わっただろう。
「すぐ戻るから、いい? ちょっと抜けて」
「……ああ。混んできたら呼んでいいか」
 游太の表情になにか感じてくれたのか、弘樹はそれを受け入れてくれた。俺が行くから、と言うこともできただろうに、任せてくれたことに嬉しくなる。
「ああ。声かけて。……じゃ、奈月くん、こっちで」
 奈月をバックヤードに招く。奈月は今まで入ったことのない場所へ連れていかれるのにちょっとためらったようだが、それでもついてきてくれた。
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