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ランチタイムのお客様
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「おすすめはなんですかぁ?」
「そうですねー、ランチだったらこのミネストローネのついたサンドイッチセットでしょうか。あったかいスープでおなかからあたたまりますよ」
昼下がり、ランチタイム。游太はお客の質問に答えてランチメニューのひとつを指差す。今日も店には客が何組か入っていた。先程入ってきたのは若い女性の三人連れ。友達同士のようだ。
初めて見るお客だったが、入ってくるなり游太を見て顔を見合わせた。
その意味くらいはわかっている。「イケメンがいる」と思ってくれたのだろう。それはありがたいけれど、ちょっと苦笑してしまう案件であって。
女性たちは席に着いてからもちらちらと游太に視線をやってくる。
それでもこういうことにも慣れている。女性にウケがいいのは昔からであるので。うまく流すすべくらいは身につけていた。
よって游太はそちらを、あくまでもウェイターとして気にしつつほかの作業をしていたのだけど、そのうち手を小さく上げて呼ばれた。それに応えて近付いて行ったところ、おすすめを尋ねられたというわけだ。
一番積極的なのだろう、一人の女性が質問してきた声はなんだか甘かった。
「じゃ、私はこれにしようかなぁ」
游太の指したメニューに決めてくれると言って、連れの女性二人はそれぞれ別のものを注文してくれた。
「ありがとうございます。では少々お待ちください」
游太はにっこりと笑って見せる。営業スマイルではあるが、それにすら女性たちは色めきだったらしい。游太が去ってから、なにごとか言い合っている気配が背後からした。
「モテてんな」
キッチンへ入ると弘樹がからかってきた。それに游太は膨れる。
モテるというのは悪い気はしないけれど、弘樹というパートナーがいる今ではちょっと困ることでもある。仕事上は別に気にしないけれど。
「集客になっていいだろ」
それだけ言って、弘樹に「スープセットと、サンドイッチとオムレツ」とオーダーを伝える。弘樹はちょっと笑ったけれど、それは苦笑に近かった。「はいよ」と答えてくれたけれど。
游太はそんな弘樹をちらっと見て、自分のできるキッチン仕事に手を付けはじめた。料理はできないが、付け合わせの準備やサラダやスープなどの、半ば完成しているものの盛り付けやセッティングはできる。
やがて料理ができあがって、当たり前のように游太が運んでいった。女性たちが、きゃぁ、と嬉しそうな声をあげたのは料理が美味しそうだったから……だけではないだろう。
それでも今日のひとたちは、『イケメンを目の保養にした』だけで満足してくれたらしい。「ありがとー」とだけ言って、仲間内の会話に戻ってくれた。游太はちょっとほっとする。
そこへ、ちりん、と入り口のベルが鳴った。
「やぁ、こんにちは」
来客は白髪の男性だった。白髪の上に帽子をかぶって、ステッキを持って。なかなか洒落たスタイルである。
游太は反射的に「いらっしゃいませ」とそちらを見たのだが、来たのが彼だと知ると笑みを浮かべてしまった。
「いらっしゃい。美森(みもり)さん」
「今日は良い陽気だからね、散歩に来たよ」
常連の一人である『美森さん』。游太も弘樹も、彼の下の名前は知らない。
名字さえ知っていれば呼べるので、特に知る必要もないし。
これほど年上のひとを名前で呼ぶことはしないし。
彼は定年退職して久しい年頃。家で趣味の園芸をしたり、あるいはこちらも趣味の将棋の集会に出たりして過ごしているのだという。
聞いた話だが、将棋の腕はなかなかだそうだ。学生時代にパソコンゲームでではあるがかじったことのある游太は、ほかの客がいなかった日にスマホアプリのゲームを使って一度、彼に挑んだことがあるのだが、完膚なきまでに叩きのめされた。スマホに慣れていないという彼は、画面をタッチする指使いが非常にぎこちなかったのに、だ。
それはともかく、スマホを仕事中に持ち出してゲームを挑むほどには近しい関係である。接客の一環でもあるのだけど、游太は彼とのやりとりを楽しんでいた。
「そうですねー、ランチだったらこのミネストローネのついたサンドイッチセットでしょうか。あったかいスープでおなかからあたたまりますよ」
昼下がり、ランチタイム。游太はお客の質問に答えてランチメニューのひとつを指差す。今日も店には客が何組か入っていた。先程入ってきたのは若い女性の三人連れ。友達同士のようだ。
初めて見るお客だったが、入ってくるなり游太を見て顔を見合わせた。
その意味くらいはわかっている。「イケメンがいる」と思ってくれたのだろう。それはありがたいけれど、ちょっと苦笑してしまう案件であって。
女性たちは席に着いてからもちらちらと游太に視線をやってくる。
それでもこういうことにも慣れている。女性にウケがいいのは昔からであるので。うまく流すすべくらいは身につけていた。
よって游太はそちらを、あくまでもウェイターとして気にしつつほかの作業をしていたのだけど、そのうち手を小さく上げて呼ばれた。それに応えて近付いて行ったところ、おすすめを尋ねられたというわけだ。
一番積極的なのだろう、一人の女性が質問してきた声はなんだか甘かった。
「じゃ、私はこれにしようかなぁ」
游太の指したメニューに決めてくれると言って、連れの女性二人はそれぞれ別のものを注文してくれた。
「ありがとうございます。では少々お待ちください」
游太はにっこりと笑って見せる。営業スマイルではあるが、それにすら女性たちは色めきだったらしい。游太が去ってから、なにごとか言い合っている気配が背後からした。
「モテてんな」
キッチンへ入ると弘樹がからかってきた。それに游太は膨れる。
モテるというのは悪い気はしないけれど、弘樹というパートナーがいる今ではちょっと困ることでもある。仕事上は別に気にしないけれど。
「集客になっていいだろ」
それだけ言って、弘樹に「スープセットと、サンドイッチとオムレツ」とオーダーを伝える。弘樹はちょっと笑ったけれど、それは苦笑に近かった。「はいよ」と答えてくれたけれど。
游太はそんな弘樹をちらっと見て、自分のできるキッチン仕事に手を付けはじめた。料理はできないが、付け合わせの準備やサラダやスープなどの、半ば完成しているものの盛り付けやセッティングはできる。
やがて料理ができあがって、当たり前のように游太が運んでいった。女性たちが、きゃぁ、と嬉しそうな声をあげたのは料理が美味しそうだったから……だけではないだろう。
それでも今日のひとたちは、『イケメンを目の保養にした』だけで満足してくれたらしい。「ありがとー」とだけ言って、仲間内の会話に戻ってくれた。游太はちょっとほっとする。
そこへ、ちりん、と入り口のベルが鳴った。
「やぁ、こんにちは」
来客は白髪の男性だった。白髪の上に帽子をかぶって、ステッキを持って。なかなか洒落たスタイルである。
游太は反射的に「いらっしゃいませ」とそちらを見たのだが、来たのが彼だと知ると笑みを浮かべてしまった。
「いらっしゃい。美森(みもり)さん」
「今日は良い陽気だからね、散歩に来たよ」
常連の一人である『美森さん』。游太も弘樹も、彼の下の名前は知らない。
名字さえ知っていれば呼べるので、特に知る必要もないし。
これほど年上のひとを名前で呼ぶことはしないし。
彼は定年退職して久しい年頃。家で趣味の園芸をしたり、あるいはこちらも趣味の将棋の集会に出たりして過ごしているのだという。
聞いた話だが、将棋の腕はなかなかだそうだ。学生時代にパソコンゲームでではあるがかじったことのある游太は、ほかの客がいなかった日にスマホアプリのゲームを使って一度、彼に挑んだことがあるのだが、完膚なきまでに叩きのめされた。スマホに慣れていないという彼は、画面をタッチする指使いが非常にぎこちなかったのに、だ。
それはともかく、スマホを仕事中に持ち出してゲームを挑むほどには近しい関係である。接客の一環でもあるのだけど、游太は彼とのやりとりを楽しんでいた。
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