上 下
124 / 125

遅咲き鬱金香の花咲く日②

しおりを挟む
「では、一時間後に」
 車を降りた麓乎は封筒……料金だろう……を車夫に渡して、そう言った。一時間後にまた迎えに来てくれるということらしい。
 その間にも、金香は目を奪われていた。
 とてもうつくしい。
 いろんな花が咲いているようだったが、特に目についたのはチューリップだった。
 たくさん植わっている、色とりどりのチューリップ。
 すっかり春だ。チューリップの花たちは春の訪れを喜んでいるかのように、良く開いて陽のひかりを浴びていた。
「綺麗だろう。今が見ごろだ」
「……とても美しいです」
 やはり手を引かれて花の間の道をゆく。
 ほかにひとはいなかった。町から少し離れているためだろうか。
 二人で花の咲き誇る中をゆくうちに、思い出した。
 初めて寺子屋で麓乎を見たとき。
 花のようなひとだと思った。
 派手に咲く花ではない。野にたおやかに咲く一輪のようだと。
 まるでその一輪がたくさん咲き誇り、包まれているようだと感じてしまった。
 歩くうちに麓乎が言った。金香の思っていた、出逢ったときのことを。
「初めて逢ったとき、文を書いたろう」
「……はい。そうでした」
 麓乎に言われたのだ。
 「きみもなにか書いてみるかい」と。
 初めて交わした言葉。
「あのとき男の子が『大切なひとは、お母さん』と書いて、きみは『寺子屋の皆が大切』と書いたけれど」
「はい」
 会話の途中だったがひらけた場所へたどり着いた。広場のようになっている場所だ。
 小さな広場はチューリップに囲まれていた。
 本当に花に包まれてしまった、と思ったのだが。
 立ち止まった麓乎は金香の手を離して、抱えていた風呂敷包みの結び目をほどいた。
 出てきたものに金香の息が止まる。
 それは桃色の薄紙の上から透明な紙に包まれ束ね、根元を紅いりぼんでくくられた桃色のチューリップの花束だった。何本あるかもわからない。
「私はきみに、大切だと思える家族をあげたい」
 なにも言えずに花束を見つめてしまった。
 家族。
 それは金香にとって、特別な言葉だった。
 父親に新しい伴侶ができて、独りぼっちになった気持ちになって、泣いた日。
 あの夜、麓乎は一晩中、傍に居てくれた。
 それだけでじゅうぶんだと思っていたのにそれ以上だ。
 視線をあげると、焦げ茶の瞳と視線が合った。
 やさしい色。
 ここに生きるたくさんのチューリップを育んでいるような、大地の色だ。
「ピンクのチューリップは『誠実な愛』。私はそんなきみに誠実な愛を誓うよ」
 出逢ったときから惹かれていた、低音ながらやわらかくて優しい声で言われて、金香は理解した。
 一生のことだ。このひとが傍に居てくれるのは。
 あの夜言ってくださった、「私はきみを独りになどしない」。
 その気持ちを形にして、今ここで贈られようとしているのだ。
「そんな、私は、……麓乎さんになにもあげられていないのに」
 やっと口に出した声はかすれてしまった。金香のその言葉はやわらかく否定される。
「そんなことはない。私はたくさんのものをいただいているよ」
 小さく首を振り、花束を撫でる。
「きみという愛するひとの存在自体もそうだし、愛する人を想える幸せも、きみに触れる権利も、なによりきみの真摯な想いを。それでも『なにもあげられていない』と?」
 返す言葉もなかった。
 そんな些細なことだというのに、と思って金香はすぐにその思考を否定した。
 きっとそれは『些細』などではない。なにより大きく、大切なことだ。
 金香の気持ちをすべてわかった、という声で願われる。
「きみも、私の家族になってくれるかい」
 ぐっと喉元まで涙がこみあげた。
 しかし今度のものは、悲しみやさみしさ、恐怖からではない。
 有り余る、幸福感からのもの。
 しかし泣くよりも金香は微笑(わら)った。
 答えなど決まっているのだから。
「私で良ければ、よろこんで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

処理中です...