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明けの朝①

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 安心はしたものの、麓乎の部屋を出てから金香は大変に動揺することになる。
 自室に戻る前、廊下で志樹と鉢合わせてしまった。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
 一緒に住んでいるのだ、朝の支度をする前に出くわしてしまったことならこれまでに何度かある。
 向こうは男性、しかも麓乎とは違って恋仲でもないために、朝の支度のできる前の女性と顔を合わせるのは理想的でない関係だ。
 金香とて、寝起きのみっともない姿を見せるのは抵抗がある。
 ゆえに、出くわしてしまえば挨拶だけしてお互い、すぐにするりと去ってしまうのだが。
 今朝の志樹は、金香とすれ違って、いつもするように挨拶だけして歩いていくかと思われたのだが。
 視線を向けられた。不審そうな顔をされる。
「……? なにか……」
 その表情の意味がわからずに訊いてしまった金香であったが、それを見て志樹はちょっと顔をしかめた。
 その表情には幾つもの感情が詰まっている気がする。釣り目気味の志樹がそのような顔をすると、ちょっと怖いのだけど。
 最近はもう感じなくなっていたのに、金香はちょっとそう思ってしまった。
「……麓乎が、なにか、した?」
 躊躇いながら言われたこと。
 唐突に出てきた名前に、金香はぎくりとした。ここでやっと、動揺を感じたのだ。
 実はお部屋から出てきたところを見られていたとか。
 朝から逢っていたかと思われたとか。
 どちらにせよ、朝からお部屋に訪ねていたと思われたのであれば気まずい。
 そう思った金香だったが、志樹に疑われたのはそんなかわいらしいことではない、もっと過激な出来事であった。
「いえ、……別になにも」
 実際、なにもされていない。
 抱き込まれて眠っただけだ。
 『抱かれて眠った』というのは、『なにかした』に入るのかしら。
 思った金香は随分呑気だったのだ。
「いや、……香の香りがするから」
 大変気まずそうに言われたそのひとことは、たったそれだけで金香に理解を与え、一気に頬を熱くさせた。
 もっともだ。
 しっかり香を焚きしめた衣類をいつも身にまとっている麓乎に一晩抱かれていたのだから。
 香りが移らないほうがおかしい。
 つまり、志樹の尋ねた『なにかした?』という言葉が示していたのは、麓乎が金香に手を出し、……その先は考えられなかった。
 確かに、そういうことになるのだろうか、とびくびくしながら昨夜、お部屋を訪ねた。
 その気持ちや疑いをすっかり忘れてしまった自分を、馬鹿なことだと思う。
 疑われて当然ではないか。
 朝、恋人の香りなどを身にくっつけていたら。
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