112 / 125
年明けは波乱と共に④
しおりを挟む
有難く優しさに甘えることにした。湯呑みを手にして、両手で包み込む。温かかった。
入れたばかりの生姜湯。入っている飲み物は違うがあのときのことを思い出した。
数日前。二人で深夜に初詣に行ったとき。
あのときはとても幸せだった。
でも今は悲しい気持ちでいっぱいだった。
本当なら今だって幸せな気持ちになるべきなのに。
だって、父親が幸せになるのだ。娘としてそれを祝福し、喜んで然るべきであろう。
また涙が出そうになったが、ぐっと飲み込んで、代わりに湯呑みの中の生姜湯を口にする。
生姜の刺激的な味がするが、一緒に入っているだろう砂糖がそれをやわらげていて、とても優しい味がした。
「美味しいかい」
麓乎に訊かれて金香は「はい」と答える。
「それは良かった。飯盛さんの生姜湯は美味しいね。風邪を引くと作って貰うのだよ」
麓乎は何気ない話をした。
去年は風邪を拗らせて大変だったことや、そのとき門下生が見舞いに来てくれたが「移るから」と追い返したことなど。
金香はそれを聞いていたが、そのうちにだんだん気持ちは落ち着いてきた。
生姜湯と、麓乎の声、そして一緒に居てくれたことでであろう。
金香がだいぶ落ち着いたのを悟られたのだと思う。生姜湯がなくなる頃に、麓乎が訊いてくれた。
「なにがあったのか、訊いてもいいかい」
流石に言葉にするのは怖かった。本当のことになってしまいそうで。
いや、そんなことはとっくに現実になっている。
ただ、自分の中で『本当のこと』として実体化してしまうということ。
しかし黙っているわけにはいかないし、この気持ちを吐き出してしまいたい。
「お父様が」
思い切って切り出す。それだけでも声は震えた。
「新しい奥様を迎えることになったと」
「それは、……おめでとう」
金香の言ったことに息を呑んだようだったが麓乎は言ってくれた。そう言って然るべき事実だ。
けれど金香はちっとも嬉しくなかった。それどころか腹の中は不快になる。
お祝いなどしてほしくなかった。
酷いお父上だと言ってほしかった。
そんなことは自分の我儘だとわかっていたし、麓乎からの祝いの言葉をそのように感じたり望んだりすること自体失礼だ。けれど感情はどうにもできなくて。
「それがなんだか、衝撃で……」
「いえ、わかっておりました。お父様はいつか、新しい奥様を迎える、と、……」
言えたのはふたこと、そこまでだった。またぽろっと涙が落ちてしまう。
駄目、これ以上泣いては。子供ではないのだから。
こみ上げそうな涙を無理やり飲み込み、金香はそのとおりのことを言う。
「おかしいですね、こんな、子供でもあるまいに……お父様を取られるなんて」
入れたばかりの生姜湯。入っている飲み物は違うがあのときのことを思い出した。
数日前。二人で深夜に初詣に行ったとき。
あのときはとても幸せだった。
でも今は悲しい気持ちでいっぱいだった。
本当なら今だって幸せな気持ちになるべきなのに。
だって、父親が幸せになるのだ。娘としてそれを祝福し、喜んで然るべきであろう。
また涙が出そうになったが、ぐっと飲み込んで、代わりに湯呑みの中の生姜湯を口にする。
生姜の刺激的な味がするが、一緒に入っているだろう砂糖がそれをやわらげていて、とても優しい味がした。
「美味しいかい」
麓乎に訊かれて金香は「はい」と答える。
「それは良かった。飯盛さんの生姜湯は美味しいね。風邪を引くと作って貰うのだよ」
麓乎は何気ない話をした。
去年は風邪を拗らせて大変だったことや、そのとき門下生が見舞いに来てくれたが「移るから」と追い返したことなど。
金香はそれを聞いていたが、そのうちにだんだん気持ちは落ち着いてきた。
生姜湯と、麓乎の声、そして一緒に居てくれたことでであろう。
金香がだいぶ落ち着いたのを悟られたのだと思う。生姜湯がなくなる頃に、麓乎が訊いてくれた。
「なにがあったのか、訊いてもいいかい」
流石に言葉にするのは怖かった。本当のことになってしまいそうで。
いや、そんなことはとっくに現実になっている。
ただ、自分の中で『本当のこと』として実体化してしまうということ。
しかし黙っているわけにはいかないし、この気持ちを吐き出してしまいたい。
「お父様が」
思い切って切り出す。それだけでも声は震えた。
「新しい奥様を迎えることになったと」
「それは、……おめでとう」
金香の言ったことに息を呑んだようだったが麓乎は言ってくれた。そう言って然るべき事実だ。
けれど金香はちっとも嬉しくなかった。それどころか腹の中は不快になる。
お祝いなどしてほしくなかった。
酷いお父上だと言ってほしかった。
そんなことは自分の我儘だとわかっていたし、麓乎からの祝いの言葉をそのように感じたり望んだりすること自体失礼だ。けれど感情はどうにもできなくて。
「それがなんだか、衝撃で……」
「いえ、わかっておりました。お父様はいつか、新しい奥様を迎える、と、……」
言えたのはふたこと、そこまでだった。またぽろっと涙が落ちてしまう。
駄目、これ以上泣いては。子供ではないのだから。
こみ上げそうな涙を無理やり飲み込み、金香はそのとおりのことを言う。
「おかしいですね、こんな、子供でもあるまいに……お父様を取られるなんて」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる