上 下
100 / 125

秋のディトはすぺしゃるな②

しおりを挟む
 ディトの日はお天気に恵まれた。おまけに気温も高めでぽかぽかと小春日和である。
 着慣れない洋装にはもってこいだったといえる。
 一度試着していたものの贈られた服を朝着てみて、金香は何度も鏡を見てしまった。
 おかしくないだろうか。
 自分では意外と違和感が無いと思えた。
 金香の持つ暗めの桃色の髪。それとすかーとの桃色がしっくり合っていたのだ。
 そして濃い緑色の上着が色を引き締めている。流石、珠子の見立てであった。
 そしてもうひとつ気になるのは、かわいらしいだろうか、というところ。
 ディトの相手にかわいらしいと思ってほしいのは当然であろうが、初めて見せる格好なので、やはり不安である。
 しかしそれはやはり杞憂であった。玄関で顔を合わせた麓乎は、顔をほころばせて「とても良く似合っている。かわいらしい」と言ってくれたのだから。
 そして金香のほうも麓乎の格好にどきどきしてしまった。
 町中でたまに見かけることがある、紳士の洋装だ。
 上着とずぼんが同じ素材と色で作られていて、首元にはりぼんに見えるようなものがついていた。
 男性の正式な服だそうで名前は『すーつ』というのだという。そしてりぼんのように結ばれているものは、りぼんとは違い、『ねくたい』というそうだ。
 普段のふんわりとした和服や和洋折衷の服は、麓乎の印象そのままのやさしさを感じさせたが、ぱりっとしたその格好はまた違う魅力がある。
「先生も、とてもお素敵です」
 言った金香にまた麓乎は嬉しそうに笑ってくれてディトははじまった。
 どこへ行くのかしら、と思いながら金香は新しく貰った靴でついていった。少し硬くて歩く感覚が普段とまるで違うので戸惑ったけれど。
 それがわかっているように麓乎はゆっくり歩いてくれた。
「そういえばずっと言いたかったのだけど。恋人としては『先生』でないほうがいいな」
 道中、麓乎がふと言った。
 そういえば金香からの麓乎の呼び方はまるで変わっていなかった。
 麓乎からは、最初は『巴さん』と呼ばれていたが、内弟子に入ったときから『金香』になっていたので交際をはじめた時点ではなにも変わっていなかったし、これ以上近くなりようもないほど近かったのである。
 確かに『先生』では『師』である。
 変えたほうが良いのはわかる、と金香は思った。
 が、呼び方を変えるのはなんだか気恥ずかしい。出会ってからもうだいぶ経つが、ずっと『先生』だったもので。
「名前で呼んでおくれ」
 そうなるだろうとは思ったが実際に口に出すとなると、大変恥ずかしいものだった。
 心の中で一度練習してから、そろそろと呼んでみた。
「ええと……麓乎、さん?」
「ああ、そのほうがいい」
 金香の呼んだ、初めての名前。呼ばれて麓乎はとても嬉しそうな顔をしてくれた。
『麓乎さん』
『麓乎さん』
 金香は胸の中で繰り返す。これからは交際関係としてはそう呼ぶように心がけないと。自分に言い聞かせた。
 しばらくはうっかり「先生」が出てしまいそうではあるが、意識していかなければいけないだろう。
 そして呼び方が変わるのはとてもくすぐったかった。金香の頬を熱くしてしまう。
 師ではなく、特別な男性なのだと実感してしまって。
 いや、今更なのであるが。
 呼び方というのはとても大切なものだと思い知らされた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

殿下の御心のままに。

cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。 アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。 「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。 激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。 身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。 その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。 「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」 ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。 ※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。 ※シリアスな話っぽいですが気のせいです。 ※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください  (基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません) ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...