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朝顔の悩み②
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「金香ちゃん? 起きてるかい?」
先生ではなかった。
金香はほっとしてしまい、そしてすぐに先生にも飯盛さんにも申し訳がなくなった。
返事をしようとしたのに声は出てこなかった。喉がからからになっているのだとそこでやっと気付く。
昨夜から水分をなにも取っていない。そのせいだろう。
なのでふらふらと起き上がり鍵を開けた。立っていたのは声のとおり飯盛さんだった。
「起きてこないから心配したよ。具合が悪いかい?」
「いえ、……っ、けほっ……」
心配そうに問われて、返事をしようとしたが喉がかさついて声が出ない。喉を押さえて咳き込む。
飯盛さんはそれを見て、「喉が痛いかい? お水を持ってこよう」と言ってくれ、そして水さしに水を汲んできてくれた。
部屋でそれを飲み、やっと金香はひといきつく。はぁ、と声が零れた。
今度はなんとか喋れそうだ、と思う。
水を持ってきてくれて、一度去っていた飯盛さんが今度はお粥を持ってきてくれた。それはまったく、この屋敷にきて一ヵ月ほど経って風邪を引いたときと同じであった。
「風邪かな。夏風邪も流行っているようだしね」
「……。……そうかも、しれません」
喋れた。
思いながら言ったが金香の声は酷いものになっていた。
飯盛さんはやはりあのときと同じ、お母さんのような心配顔をして金香の額に触れてくれる。「熱は無いようだね」と言った。
それはそうだ。風邪ではないのだから。
でもそういうことにしておくしかないではないか。
そして具合が、……体のではなく心のだが……悪いのは本当なのであるし。
「朝の、お支度……伺えなくて、すみま、けほっ……」
言いかけてまた咳が出た。喉が枯れているのは水分不足だけではなく、随分泣いたからかもしれない。
思い当たってまた昨夜のことを思い出してしまった。
「ああ、無理をして喋らなくていいよ。喉が痛いんだろう」
飯盛さんは金香のこれを風邪だと思ったのだろう、お粥を勧めてくれて言った。
「先生がおっしゃっていたよ、昨日具合が悪そうだったからそのせいかもしれない、と」
出された『先生』という言葉の響きだけで心臓が跳ねた。昨夜のことをよりまざまざと思い出してしまって。
そして知る。
先生にお気を使わせてしまった。失礼だったのは自分だったというのに。
きっと朝餉の準備にも朝餉の席にも出なかったのに誰も訪ねてこなかったのは、先生がお気を使ってそう言ってくださったからだろう。
先生の優しさや心遣いに甘え切ってしまっていることを再び感じてしまい、またぽろぽろと涙が零れてきた。
目の前に居た飯盛さんは驚いたろう。「どうしたんだい」と訊いてくれる。
いえ、とか、なんでもないです、とか言いながら目元を拭ったがどう見てもなんでもなくはないだろう。
「なにか心配事かい?」
そうも訊かれたが、今はまだひとに相談などをできる気がしなかった。
言えるはずがないではないか。昨夜の出来事。
金香の心情は察されたのか、なんなのか。
飯盛さんは手を伸ばして、金香の頬に触れた。
「落ち着いたらでいいから、話しておくれ。なにかあるなら相談に乗るよ」
昨日から涙を流しっぱなしの頬に触れ、撫でてくれる。やはりお母さんのようだった。
違う意味で心が痛み、金香は「ありがとうございます」と言うのがやっとだった。
飯盛さんは「今日は屋敷の仕事はいいから、寝ておいで」と、そのまま出ていく。
やはり金香は「ありがとうございます」としか言えなくてお盆に乗せられたお粥を見た。
それは飯盛さんの優しさである。
そしてきっと飯盛さんだけではない。屋敷のほかのひとも心配してくれているのだろう。
一番心配してくださっているのは源清先生に決まっているけれど。
どうしよう。
やはり金香は途方に暮れたものの、とりあえず、と手を伸ばした。お粥の椀を手に取る。
優しさは有難くいただこう、と思った。
お腹になにか入ってあたたまれば、なにか良い考えも浮かぶかもしれない、と思えたのだ。
先生ではなかった。
金香はほっとしてしまい、そしてすぐに先生にも飯盛さんにも申し訳がなくなった。
返事をしようとしたのに声は出てこなかった。喉がからからになっているのだとそこでやっと気付く。
昨夜から水分をなにも取っていない。そのせいだろう。
なのでふらふらと起き上がり鍵を開けた。立っていたのは声のとおり飯盛さんだった。
「起きてこないから心配したよ。具合が悪いかい?」
「いえ、……っ、けほっ……」
心配そうに問われて、返事をしようとしたが喉がかさついて声が出ない。喉を押さえて咳き込む。
飯盛さんはそれを見て、「喉が痛いかい? お水を持ってこよう」と言ってくれ、そして水さしに水を汲んできてくれた。
部屋でそれを飲み、やっと金香はひといきつく。はぁ、と声が零れた。
今度はなんとか喋れそうだ、と思う。
水を持ってきてくれて、一度去っていた飯盛さんが今度はお粥を持ってきてくれた。それはまったく、この屋敷にきて一ヵ月ほど経って風邪を引いたときと同じであった。
「風邪かな。夏風邪も流行っているようだしね」
「……。……そうかも、しれません」
喋れた。
思いながら言ったが金香の声は酷いものになっていた。
飯盛さんはやはりあのときと同じ、お母さんのような心配顔をして金香の額に触れてくれる。「熱は無いようだね」と言った。
それはそうだ。風邪ではないのだから。
でもそういうことにしておくしかないではないか。
そして具合が、……体のではなく心のだが……悪いのは本当なのであるし。
「朝の、お支度……伺えなくて、すみま、けほっ……」
言いかけてまた咳が出た。喉が枯れているのは水分不足だけではなく、随分泣いたからかもしれない。
思い当たってまた昨夜のことを思い出してしまった。
「ああ、無理をして喋らなくていいよ。喉が痛いんだろう」
飯盛さんは金香のこれを風邪だと思ったのだろう、お粥を勧めてくれて言った。
「先生がおっしゃっていたよ、昨日具合が悪そうだったからそのせいかもしれない、と」
出された『先生』という言葉の響きだけで心臓が跳ねた。昨夜のことをよりまざまざと思い出してしまって。
そして知る。
先生にお気を使わせてしまった。失礼だったのは自分だったというのに。
きっと朝餉の準備にも朝餉の席にも出なかったのに誰も訪ねてこなかったのは、先生がお気を使ってそう言ってくださったからだろう。
先生の優しさや心遣いに甘え切ってしまっていることを再び感じてしまい、またぽろぽろと涙が零れてきた。
目の前に居た飯盛さんは驚いたろう。「どうしたんだい」と訊いてくれる。
いえ、とか、なんでもないです、とか言いながら目元を拭ったがどう見てもなんでもなくはないだろう。
「なにか心配事かい?」
そうも訊かれたが、今はまだひとに相談などをできる気がしなかった。
言えるはずがないではないか。昨夜の出来事。
金香の心情は察されたのか、なんなのか。
飯盛さんは手を伸ばして、金香の頬に触れた。
「落ち着いたらでいいから、話しておくれ。なにかあるなら相談に乗るよ」
昨日から涙を流しっぱなしの頬に触れ、撫でてくれる。やはりお母さんのようだった。
違う意味で心が痛み、金香は「ありがとうございます」と言うのがやっとだった。
飯盛さんは「今日は屋敷の仕事はいいから、寝ておいで」と、そのまま出ていく。
やはり金香は「ありがとうございます」としか言えなくてお盆に乗せられたお粥を見た。
それは飯盛さんの優しさである。
そしてきっと飯盛さんだけではない。屋敷のほかのひとも心配してくれているのだろう。
一番心配してくださっているのは源清先生に決まっているけれど。
どうしよう。
やはり金香は途方に暮れたものの、とりあえず、と手を伸ばした。お粥の椀を手に取る。
優しさは有難くいただこう、と思った。
お腹になにか入ってあたたまれば、なにか良い考えも浮かぶかもしれない、と思えたのだ。
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