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不自然な化粧②
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そしてその通りだった。皆で食事を摂る部屋に朝餉を運び、源清先生の前に膳を置いたときに顔をじっと見られてしまったのだから。
朝だというのに眠たげな様子もない普段通りの焦げ茶の目で見つめられてはどきどきしてしまう。昨日気にしてしまったこともあり。
「金香、今日はお出かけかい?」
言われて金香は心底後悔した。
寺子屋に出かける前ではなく、皆で朝餉を取る前に化粧しなおすべきだった、と。
源清先生にも奇妙に思われてしまった。
なにかあったのかと思われてしまったのかもしれない。
いや、『なにかあったのか』という事態がなんなのであるか、金香のほうが知りたいくらいであったのだが。
「い、いえ、これはちょっと……失敗したようで」
顔を隠したい気持ちで言った金香だったが、源清先生に言われたことに心臓が喉から飛び出すかと思った。
「そう? いつもより綺麗だと思うけれど」
厨で感じたときとは比較にならなかった。はっきりと頬が赤くなっただろう。
「そうだよねぇ、金香ちゃんは美人さんだから」
今度は飯盛さんも言ってくれる。今朝、飯盛さんは朝の野菜売りを捕まえにいっていたので、朝餉のできる直前に厨にやってきていてろくに顔も合わせていなかったのだ。
褒められるのは嬉しいがあまり話題にされるのも恥ずかしい。
どうしたものかと思っていたところへ志樹がぼそりと言った。
「麓乎。今日の予定は?」
「……ああ。午前中は高等学校へお邪魔してくる」
話題は真反対へ変わった。金香はほっとする。
そして思った、志樹は助け舟を出してくれたのだろうか。
そうかもしれない。金香が戸惑っていたのは明らかだっただろうから。
助かった、と思いながら金香は自分の席に着く。
この家では基本的に皆、集まって食事をとることになっている。
初めて教えられたときは驚いた。男性が先にいただき、女子は給仕をして、そのあといただくというのが普通だと思っていたので。実際、父親が家に居るときは金香もそうしていた。
しかし西洋では皆で同時に食べるのだと教えられて、それにのっとっているのだと言われた。この家ではなんでも『新しいこと』を重視している。
志樹とふたことみこと話して源清先生は再び金香に視線を向けた。
先程のこともあり金香は妙にどぎまぎして顔を俯けそうになってしまう。失礼になるのでなんとか我慢したが。
「金香、夕方から添削予定だったけれど、夜になってもいいかい?」
言われたのは予定の変更であった。
きっとなにかご用事があるのだろう。金香に断る理由はなかった。
はい、と端的に返事をする。
「昨日、珠子さんから預かった原稿の添削がまだ終わっていなくて、少しかかりそうなんだ」
しかし言われた『ご用事』に金香の胸はまたざわつく。
音葉さんは先生に原稿を預けていったのだ。
それはなにも不自然ではないことなのに。
門下生ならむしろ当然のことなのに。
なんだかざわざわして落ち着かない。それでも言った。
「はい、私は大丈夫です」
「うん、有難う。予定を狂わせてすまないね」
「いえ、そのようなことはありません」
そのまま「いただきます」と先生が言い、食事になった。
食事は喋らず、静かにするのが通例。皆、黙々と食べることに集中した。
魚をつつきながら、やはり金香は落ち着かなかった。
化粧のことだけではなく、音葉さんの存在と持ち込んできた原稿やらそれに先生が手を入れることやらを妙に気にしてしまって。
それを考えることはあまり心地良いことではなかった。まるでうっかり噛んでしまった魚のわたが苦く感じたかのように。
朝だというのに眠たげな様子もない普段通りの焦げ茶の目で見つめられてはどきどきしてしまう。昨日気にしてしまったこともあり。
「金香、今日はお出かけかい?」
言われて金香は心底後悔した。
寺子屋に出かける前ではなく、皆で朝餉を取る前に化粧しなおすべきだった、と。
源清先生にも奇妙に思われてしまった。
なにかあったのかと思われてしまったのかもしれない。
いや、『なにかあったのか』という事態がなんなのであるか、金香のほうが知りたいくらいであったのだが。
「い、いえ、これはちょっと……失敗したようで」
顔を隠したい気持ちで言った金香だったが、源清先生に言われたことに心臓が喉から飛び出すかと思った。
「そう? いつもより綺麗だと思うけれど」
厨で感じたときとは比較にならなかった。はっきりと頬が赤くなっただろう。
「そうだよねぇ、金香ちゃんは美人さんだから」
今度は飯盛さんも言ってくれる。今朝、飯盛さんは朝の野菜売りを捕まえにいっていたので、朝餉のできる直前に厨にやってきていてろくに顔も合わせていなかったのだ。
褒められるのは嬉しいがあまり話題にされるのも恥ずかしい。
どうしたものかと思っていたところへ志樹がぼそりと言った。
「麓乎。今日の予定は?」
「……ああ。午前中は高等学校へお邪魔してくる」
話題は真反対へ変わった。金香はほっとする。
そして思った、志樹は助け舟を出してくれたのだろうか。
そうかもしれない。金香が戸惑っていたのは明らかだっただろうから。
助かった、と思いながら金香は自分の席に着く。
この家では基本的に皆、集まって食事をとることになっている。
初めて教えられたときは驚いた。男性が先にいただき、女子は給仕をして、そのあといただくというのが普通だと思っていたので。実際、父親が家に居るときは金香もそうしていた。
しかし西洋では皆で同時に食べるのだと教えられて、それにのっとっているのだと言われた。この家ではなんでも『新しいこと』を重視している。
志樹とふたことみこと話して源清先生は再び金香に視線を向けた。
先程のこともあり金香は妙にどぎまぎして顔を俯けそうになってしまう。失礼になるのでなんとか我慢したが。
「金香、夕方から添削予定だったけれど、夜になってもいいかい?」
言われたのは予定の変更であった。
きっとなにかご用事があるのだろう。金香に断る理由はなかった。
はい、と端的に返事をする。
「昨日、珠子さんから預かった原稿の添削がまだ終わっていなくて、少しかかりそうなんだ」
しかし言われた『ご用事』に金香の胸はまたざわつく。
音葉さんは先生に原稿を預けていったのだ。
それはなにも不自然ではないことなのに。
門下生ならむしろ当然のことなのに。
なんだかざわざわして落ち着かない。それでも言った。
「はい、私は大丈夫です」
「うん、有難う。予定を狂わせてすまないね」
「いえ、そのようなことはありません」
そのまま「いただきます」と先生が言い、食事になった。
食事は喋らず、静かにするのが通例。皆、黙々と食べることに集中した。
魚をつつきながら、やはり金香は落ち着かなかった。
化粧のことだけではなく、音葉さんの存在と持ち込んできた原稿やらそれに先生が手を入れることやらを妙に気にしてしまって。
それを考えることはあまり心地良いことではなかった。まるでうっかり噛んでしまった魚のわたが苦く感じたかのように。
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