上 下
52 / 125

ガーベラのお見舞い④

しおりを挟む
 ガーベラの花はしばらくの間金香の部屋を彩ってくれた。
 花瓶のガーベラは生き生きとしていて、布団の中でそれを見るたびに金香は幸せを覚えた。
 そして本当にただの風邪であったようで、先生がお見舞いに来てくださった次の日には床をあげられた。
 「しばらく無理はしないように」と言われて寺子屋の仕事はもう数日休みにさせていただくことにしたが。
 仕事内容はともかく屋敷から寺子屋までは少し距離がある。単純に歩いていく距離や時間だけでなく暑い折で、外を歩くだけでも体力を使うということもあり。
 自宅に居た頃であれば寺子屋が近いこともあり「もう治ったから大丈夫」と仕事に行ってしまっていただろうが心配してくれる人がたくさんいるのだ。金香はおとなしくお言葉に甘えておいた。
 『おとなしくしている』間は、部屋で勉強に宛てた。
  三日も寝込んでしまったのだ。源清先生からの課題も終わっていない。
 先生は期限を延ばしてくださっていたがそういうわけにもいかないだろう。
 新人賞の提出期限までもう一ヵ月もなくなっていた。出来る限りクオリティをあげて、先生に見ていただいて……今、できる最上級のものを提出しなければ。
 なにしろ今は『源清流門下生』という肩書を有難くも頂戴してしまっているのだ。源清先生に恥をかかせるような結果に終わらせるわけにはいかない。
 課題は一日もかからずに終わったが、そこからは自主勉強に移った。
 体を動かすのは避けておいたほうが良いが、頭を動かすのにもう支障はなかったので。
 勉強にいそしんでいる間も文机に置いてあるガーベラがなんだか励ましてくれているような気がした。金香の体調とは逆に、切り花であるガーベラはどうしても日ごとに元気はなくなっていくのだが、まだその美しさは保っていた。
 ガーベラの花言葉。
 いただいて少ししてから金香はそれが気になるようになっていた。
 花にはそれぞれ『花言葉』というものがある。
 たとえば桜なら代表的なものは『精神美』。
 桜は今の金香には、視てしまった怖い夢を連想させるのであまり思い出したくはないのだったが。桜の季節には遠いので見て思い出す機会は少ないだろうが。
 それはともかくガーベラは比較的最近国に入ってきた西洋の花なので、この国ではあまり流通していない。花自体も、そして花言葉も。
 でも本などをいくつか見れば載っているかもしれない。
 気になっていたそのことをやっと調べられたのは、そこからさらに三日ほどが過ぎ、寺子屋への仕事を再開できたときだった。
 先生に屋敷の資料をお借りしていいか訊くのはなんとなく気が引けたので。ご本人にいただいている以上。
 寺子屋には教材のほかにも本がたくさんある。このあたりでは、随一ではないだろうか。
 調べ物をするのにもうってつけであり、外から「こういうことを知りたいので」と本を借りにくる人もいるのであった。
 資料室で見つけた本にガーベラの花言葉はきちんと載っていた。
 橙色は『我慢強さ』。
 黄色は『やさしさ』。
 それぞれ指すのだという。
 ほかにも幾つか載っていたが『これらの言葉のために、西洋では見舞いとしてよく贈られる』とも書いてあったので、多分この解釈なのだと思う。
 そしてそれは先生が『おそらく花言葉を理解して、花を選んでくださった』ということを示していた。
 花言葉を知ってそれに沿ったものを贈るなどと、なんと浪漫に溢れたことか。
 ご自身が花のようなうつくしさを持っている、源清先生らしい。
 そして花言葉に沿った花を贈る、ときと場合。
 それは大概、『求愛』なのであるが。
 思って金香の頬はなんだか熱くなってしまった。
 単純なお見舞いであってそういうわけではない、と思いはするのだが、年頃の女子として連想してしまったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...