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小説への昇華②

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「こんにちは、お久しぶりだね」
 その週が終わる最後の一日。つまり金曜日。
 ふらっと現れた人に金香は心臓が胸から飛び出すのではないかと思った。
 勉強の時間も終えて資料や教科書などもまとめ、教員室に戻ってきたときのことだった。
 教員室にはずっと逢いたいと思っていた源清先生がいらしたのだから。
 本日も和服……というより和洋折衷だろうか。和服を基調としているのだが、中に着ているのは黒いシャツであった。学生の着る書生スタイルに少し似ている。
 しかしとても似合っていた。小説家、という雰囲気にぴったりであったので。
「あっ、えっと、お久しぶりです!」
 あたふたと金香はご挨拶をした。
 その様子があまりに慌てていたからか、源清先生は、くすっと笑った。くちもとに手をやって。このひとの育ちの良さを表すような仕草だった。
「やっと原稿がひと段落したのでね、お邪魔させてもらったよ」
「そ、そうなんですね! お疲れ様でした!」
「有難う」
 端的な会話だというのに嬉しくてならない。
 目の前の源清先生は前回お会いしたときのように美しかった。今日も後ろでくくられている濃い茶の髪はつやつや。焦げ茶の瞳もあたたかそう。
 春も盛りだからだろうか。彼の持つ美しさが強調されてしまっているのは。
「今日は夕方からしか時間が空かなかったのでね、子供たちの勉強を見てやることはできなかったのだけど」
 金香の胸に期待が溢れた。
 それはまさか自分の書いたものを見に来てくださったのだろうか?
 急速に胸がどきどきとしてくる。そしてそれは幸運なことに期待した通りであった。
「巴さんの作られた教材を見たくて。少し早いかとは思ったのだけど……」
「そ、そんなことはありません! もう出来ております!」
 胸が熱くてたまらず言った言葉は上ずってしまった。それを知ってか知らずか源清先生はもう一度ふふっと笑う。
「おや、早いのだね。早さも才能のひとつだよ」
「そんな……勿体ないお言葉です」
「本当のことなのだがね。では、良かったら見せてくれるかな」
「はい! お願いいたします!」
 そのようないきさつで、部屋で作った教材を見ていただけることになった。今度は二人だけの教室ではなく教員室にある簡単な談話室であったけれど。
 二人きりでないことを少し残念になってしまい金香は自分に戸惑った。
 それがどういう意味かなど恋愛に詳しくない金香にはわからない。
 ただ憧れの人と共にいられるだけで嬉しいとだけ思ってしまう。
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