上 下
13 / 26
エンドラシア 編

第13話 Untouchable(禁制)

しおりを挟む
 キヴリは黒い長髪をなびかせ飛びつきながら、右腕を振り下ろす。
 剣を構えたメリアは、その勢いの凄まじさに身を引いて攻撃をかわす。

 その大柄な体躯たいくをすぐにひるがえし、追撃のこぶしが彼女の目の前に迫って来る。
 身体をひねりながら拳をやり過ごし、回転の勢いで剣を相手の胸に沿わせる。キヴリの灰色の服が横に切り裂かれる。

「なぜだ戦神! なぜおれの身体を斬らない?!」
「人の子を殺さないって約束したんだ! アタイはもう戦神じゃない!」

 その言葉にキヴリの動きが止まる。メリアは呼吸を整えながら、剣を構え直す。

「なら心配ない。おれの左眼を見ろ。魔導珠まどうじゅが埋まってる」
「あんた、魔物なのか……?」
「だから手加減は無用だ。行くぞ!」

 彼は一気に間合いを詰め、黒く濁った腕を下から振り上げる。メリアは相手の拳を蹴り上げ、そのまま縦に身体を回転させて同時に剣を振り回す。
 キヴリの髪が縦に切れ、パラパラと地に落ちる。彼は目を見開き、左手でメリアの腹を突き飛ばす。

 メリアはうめき声を上げながら吹っ飛び、地面を転がるが、すぐに体勢を立て直す。目の前にはすでに彼の足蹴りが迫って来ている。
 地に伏せて攻撃をけ、腕を起点にして逆立ちすると、足をキヴリの首に絡める。
 そのまま足に力を込め、身体を巧みに回し彼の後ろを取る。剣を首に当てるが、硬くて刃が入っていかない。

 彼の頭を蹴り飛ばし、飛び退すさり間合いを取る。

「アシュ! コイツなんなんだ。魔物でもこんな硬くないぞ」
「あいつは火炎龍ヒドラの鱗を……じゃなくて、キヴリ! 約束が違うだろ! 会って話すだけじゃなかったのか」
「だからこうして対話をしているだろ」

 キヴリは右手を前に出す。

「なんだ、ただの馬鹿者か」

 ヘイゲンの言葉に、キヴリは彼をにらみつける。ヘイゲンはそそくさと兵の後ろに回る。

「戦神、お前のことは分かってきたが、もう少し付き合え」
「だから、アタイはもう……」

 言い終わる前にキヴリは地を蹴って近付いて来る。
 メリアは舌打ちして、今度は加減せずに長剣ロングソードを突き出す。彼は右腕で剣を弾き、そのまま左手でメリアの首をつかむ。

「ぐっ!」

 首を持ち上げられ、身体の自由がきかなくなる。足をかろうじて動かすも、キヴリの身体には届きそうにない。
 キヴリは右腕を引いて、メリアにとどめを刺す準備に入る。

 彼が右腕を前に出そうとした時、緑色の光が右手首に絡みつき、その動作を制止した。

「アシュ。何をする」
「約束を守れない卑怯者には罰を与えないとね。今度は束縛を破らせないよ」

 さらにヘイゲンと兵が走り、彼に向かって行く。
 メリアを放り捨て、キヴリは左腕を振り回して剣やスピアを持ったヘイゲンたちを一気に弾き飛ばした。彼らはなす術なく地面を転がる。

 キヴリは辺りを見廻みまわす。メリアの姿が無い。

 視界に影が映る。キヴリが空を見上げようとした瞬間、渾身の力を込めて振り下ろされた剣が彼の頭頂に直撃した。衝撃で彼の意識が遠のいていく。

 仰向けに倒れた彼の上にメリアが覆い被さり、左眼に剣先が当たるのをぎりぎりで止めた。

「なぜ殺さない? おれは半分魔物だ。人の子と思わなければ、殺しても問題ないだろ」
「あんたを殺す理由が無いからさ。元々アタイは好きで人の子を殺してたわけじゃない。恐がらせて、西の航路を諦めさせるために戦ってたんだ」
「そうか……」

 キヴリはゆっくりと彼女の剣を払い、身体を起こす。

「アシュ。もう話は終わった。束縛を解いてくれ」
なこった。反省するまで不自由してな」
「厳しいな……。おれはキヴリだ。またいつか、邪魔の入らないところでたたかいたいな」
「メリアだ。アタイは遠慮しておくよ。あんたに勝てる気がしない」
「本当に戦神は消えたんだな。メリア、手合わせしてくれてありがとう。じゃあな」

 そう言ってキヴリは森の奥へ姿を消した。

「すまなかった。あいつの話ってのがこんな事だとは思わなくてね」

 アシュは森の方をにらみながら言った。メリアはヘイゲンたちの無事を確認して、彼女に答える。

「めちゃくちゃな奴だったけど、殺気は感じなかったんだよな。多分、あれでも手加減してただろ」
「そうなのか? あたしはやり合ったことがないけど、メリアがそう言うなら、そうなんだろうな」
「で、結局あいつは何者なんだ?」
「うちの団の前の頭領カシラさ。しばらく投獄されてたけど、この前の鍵で解放してやったんだ」

 あいつなら何の罪でも不思議はなさそうだ。あの左眼……。

「あいつは魔物なのか? それとも人の子に魔導珠まどうじゅを埋めたのか?」
「さあね。キヴリ自身、昔の記憶が無いらしい。……そろそろ追いかけないといけないから、またな」

 手を振って、アシュは盗賊たちと共に森の中へ入って行った。
 またな、という言葉に嫌な予感が残った。

「メリア、大丈夫か」

 ヘイゲンが足をかばいながら近付いて来た。お付きの兵たちもよろよろと立ち上がり、歩いて来る。

「あんたたちよりはね」

 彼女は笑みを浮かべて息をいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 朝陽が街を陽光で包む刻、マレルが勢いよくメリアの部屋の扉を開けた。
 着替えの途中で胸をはだけた姿を見て、すぐに扉を閉めた。

「ごめん! 昨日の夜、大男と戦ったって聞いて……」

 しばらくして、扉がゆっくりと開く。衣装ドレスに着替え終えたメリアが、マレルに抱きついた。

「アタイ、剣は使ったけど、殺さなかった。約束、守ったよ」

 マレルは彼女の頭をでる。

「うん。頑張ったね。約束守ってくれて、ありがとう」

 ふたりは屋敷の中庭を歩きながら話す。

「キヴリって、あの本の中で英雄ルキの前身として記されてた名じゃないか」
「じいちゃんの? あいつ、左眼に魔導珠まどうじゅが埋まってたんだぞ。それに記憶が無いって……。アタイの頭じゃ、なにが何だか分からないよ」
「投獄されてたんだよね。諜報兵に調べてもらうか」

 屋敷の中庭に通じる扉が開き、ダマクスが久しぶりに姿を見せた。
 彼は挨拶より前に、急ぎ要件を伝えた。

「メリア、頼みがある。一緒にヒュポクリテ火山に向かおう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...