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第22話 選択

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 夜になると、光の届かない森の中は闇に支配された。
 ようやく動けるようになったモナークは、翼を回復させるため大きな木に登っていた。

 手足に多少の力を入れられるようになったしげるも、這ってその木の根元に辿たどり着き身体を預けた。
 風の精霊の姿が見えない。力を使い果たしたので、きっと精霊の休みかたで回復しようとしているのだろう。

 遠くから、獣の鳴き声か何かが聞こえてくる。ジジジと虫の羽音のようなものも聞こえるが、その音の主が身体に引っついてくる気配はない。

「モナーク、起きてるか?」

 しげるは圧倒的な暗闇の中で、少し不安にかられたように声を出した。彼女が起きているかどうか知りたいというよりも、何も見えない恐怖を払拭するためだった。

「ああ。そろそろ眠ろうと思ってたけど……」
「ワイバーン、夜は動き回ったりしないよな?」
「どうかなぁ。ほとんどの鳥が夜に飛ばないように、あいつらも夜はじっとしててくれそうな気はするけれど」
「そっか。なら、夜行性の動物でもいない限りは、ここで寝てもいかな」
「何かあれば大声を出してくれ。すぐに降りて助けるよ」

 それは心強い。しげるは武器を手放してしまったから、完全に丸腰だ。
 この何も見えない中で眠るのは怖いが、もう目をけているのもしんどくなってきた。

 ゆっくりと目をつむると、身体が溶けるような感覚。あっという間にしげるは眠りに落ちた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

三叉さんまたくん、起きて!」

 女性の声に目をけると、高梨たかなしの姿があった。
 しげるは目だけ動かして周囲を見廻みまわす。10畳ほどの部屋で、真っ白い壁に、天井には明るい照明が点いている。ベッドの上で、たくさんのくだを繋がれているようだ。心電図のモニタも見える。自分の鼓動に連動して、グラフが上下している。

「ここは……? 俺は確か、森の中にいて……。モナークはどこへ行ったんだ」
「何言ってるの。あなたは熱中症で倒れて、病院に運ばれて、それからずっと意識が無かったのよ。このままずっと目をまさないかと思って、ホントに心配したんだから! すぐにお母さんを呼んでくるからね!」

 そう言って、高梨たかなしはパタパタと足音を鳴らして視界から遠ざかって行った。

 元の世界に戻って来たのだろうか。
 しげるは、このままこちら側に居るべきか迷った。ディロス、ミディアとの約束、モナークとの誓いは果たせなくなる。あれは夢じゃない。確かに、あの世界は存在すると確信していた。まだやるべきことがあるんだ。

 しげるは小さくつぶやいた。

「ごめん……」

 そして、もう一度、あの世界に戻ることを願いながら目をつむった。

 木漏れ陽が顔に当たり、その強い光に、しげるは目をしばたたかせた。手で陽の光をさえぎり、景色を見つめる。

 モナークが木の枝から飛び降り、華麗に着地した。

「モナーク!」

 彼女は驚いてしげるを見る。

「どうした? 朝になったから、そろそろ行かなきゃ。歩けそう?」
「……あ、歩けると思うけど……。俺はポレイト、だよな」
「当たり前じゃないか。名前を忘れるほど疲れたんだね。でもディロスたちに追いつかなきゃ。もう休んでるわけにはいかない」

 しげるは立ち上がり、歩き出す。身体の力はそれなりに回復したようだ。
 だが、気になるのはさっきの病室のように見えた場所。あんな場所は知らない。この世界が存在しているのなら、さっきの世界のほうが夢だったのだろうか。

 モナークのあとについて、深い森の中、草深い地を進む。腹が減ってきたものの、食糧の入ったバッグはディロスに預けたし、モナークもひと振りの剣と腰につけた道具袋くらいしか持っていない。

「ここからどうやってディロスたちに合流するつもりだ?」
「草原は通れない。ワイバーンがいるかも知れないからね。このまま森を抜けたら、飛んでみて町か村を探そうと思う。そこにディロスたちが留まってくれてるはずだから」
「なら、しばらくは食糧なしか……」

 ついにはしげるの腹がグゥと大きな音を鳴らした。モナークが足を止めて振り向き、笑う。

「水場があれば、カエルとか蜥蜴トカゲを捕まえられるかもね。あとは木の上にヘビがいれば、焚火たきびをしてうかな」
「この辺りには、実のなってる木は無いんだな」
「だから生き物も少ないんだろうね。獣も魔物も全然いないし。そういう場所もあるよ。だからディロスは、こういう所を通らなかったんだ」

 そのあとは無言で草をき分けて歩く。
 どのくらい歩いただろうか、足元がふらつきかけた頃、小さなみずうみが現れた。

「モナーク、少し休まないか」
「まだ翼が回復してないから、飛べなさそう。あたしは木の上にいるから、ポレイトはカエルでも探しておいて」
「分かった。……毒を持ってるカエルなんていないよな」
「いるかも知れないけど、触らなきゃ毒にはやられないよ」

 そりゃそうなんだろうけど。……まあ今更、怖がる必要なんてないか。こっちはワイバーンから逃げのびたんだ。なんだって出来るはずだ。

 みずうみのほとりで倒木に腰掛け、地面をじっくりと眺める。何か動く生き物はいないだろうか。
 そうして目をギラつかせていると、水辺から蜥蜴トカゲが上陸して来た。大型犬くらいのガタイで、どう考えても捕まえることは出来なさそうだ。

 しげるはモナークを呼ぶかどうか迷った。翼の回復を邪魔するのは気が引ける。でも、この大きな蜥蜴トカゲを食べたい。
 その場から動けずに悩んでいると、木の上から剣がってきて、蜥蜴トカゲの頭に突き刺さった。一瞬ピクッとその四肢を震わせて、蜥蜴トカゲは動かなくなった。

「ポレイト、陽が沈み始めたら焚火たきびをしてソイツを焼こう。落ちてる枝を集めてくれると助かるな」

 木の上からモナークの弱々しい声が聞こえた。どうやら、彼女も腹が減っていたようだ。
 言われた通り、しげるは落ちて乾燥した枝と葉を集め、枯葉を敷き詰めた上に木の枝を積んでいった。

 夕暮れどき、地面に降り立ったモナークが火の粉を作り出す魔導具で着火させ、葉や枝は静かに燃え上がった。
 さらに焚火たきびが消えないように太い枝を追加した。

 蜥蜴トカゲのしっぽを切り分けて、それを木の枝に刺して火であぶる。

「食べられそうなのは、しっぽくらいかなぁ。他のところは肉があんまりついてないみたい」

 モナークはそう言って、らない部分を湖に投げた。

 しげるは、しっぽの皮が焼けていくのを見つめながら、モナークにたずねる。

「なあ、モナークはどうして俺を助けに来たんだ。俺がワイバーンに追いつかれること、分かってたのか?」

 モナークも焚火をほうけたように眺めたまま答える。

「……分かんない。最初はディロスたちと一緒に山を降りて、進んで行こうとしてたんだけど、気付いた時にはもう飛び出してた。あたしの中に、ポレイトを助けようとする別の何かがいるみたいに……」

 追加した木の枝がぜる。パチッという音と共に火の粉が浮遊する。

「モナークが来てくれなかったら、この世界での俺は死んでたな」
「この世界? ……ああ、あたしと会う前の居場所に戻れたかもってことか」
「夢を見たんだ、元の世界の。でも、俺はこの世界に戻ってきたいと思った。それは……みんなと離れたくなかったからだ」

 モナークはしげるを見た。

「そのみんなっていうのに、あたしは、入ってるのかな」
「もちろん。モナークは、俺の大切な……」

 しげるは少し言葉を考えた。どう言ったら今の気持ちが伝わるのだろうか。出会った時からの記憶を呼び起こしていく。

「君は、俺にとって、命よりも大切な人だ。君に会うために戻ってきたんだ」

 モナークはしばらくうつむいていた。
 そして、顔を上げる。瞳からこぼれた涙がほおを伝い、服に落ちた。

「……嬉しい。約束、守ってくれたんだね」

 しげるはこの世界を選んだ。
 しかし、王都への道のりはまだまだ長く、多くの困難が待ち構えているのであった。
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