上 下
18 / 30

第18話 ケルベロスの住処

しおりを挟む
 適当に立てられた木の柱を眺めて、しげるとディロスは絶望的な気分になっていた。
 しげるが軽く押しただけで、柱は倒れそうなくらい傾いてしまった。

「グラグラだな。こんなので囲いのさくを作ったって、強い風が吹いたら簡単に倒れるぞ」
「ビランバティでポレイトが教えていた技術があっただろう。キソ、とか言ったか。あれでしっかり立てられるんじゃないか?」
「コンクリートとかモルタルで地面を固めたら、真っ直ぐに立てられるし、風なんかじゃ揺れもしない。でも……」

 またコンクリートの素材になる魔物のフンを大量に集めなければならないし、素材として再利用するための分解にはミディアの力が必要だ。力を消耗する辛さを味わったあとだけに、頼むのは少し気が引ける。

「前は盗賊たちが人海戦術でフンを集めてくれたからなぁ。俺たちだけでここに必要な分を集めるのは難しいと思うよ」

 ふたりの男が、斜めになった柱の前で腕を組んでうなる。

 その時、しげるの周りに緑色の光が渦を巻いて現れた。これは風の精霊か。光は次第に集束し、小さな羽根を持つ妖精のような姿へと変わった。

『やっと見つけた。キミ、私が力を使い切って休んでる間にどっか行っちゃうんだもの。ひどいよ!』
「いやぁ、姿が見えなくなったから、そっちこそどこかへ行ったのかと思ってさ。置いてくつもりはなかったよ」
『本当かな? いや、嘘はいてないみたいだな。悪いけど、ちょっと心をのぞいちゃった』

 風の精霊は、そんなことも出来るのか。それなら……。

「探し物をする力も持ってるか?」
『フフフ。そんなの簡単。だからキミを見つけられたんだ』
「じゃあ、魔物のフンが大量にある場所を見つけたい。硬いやつな。出来るか?」

 風の精霊は、急にげんなりした表情に変わった。

『出来るけどさぁ……。フンを探すの、嫌だなぁ』
「俺だってそれを持ってくるのは嫌だよ。でも、この村にとって必要なことなんだ」
『ハァ。キミはい奴だね。まあ、キミの力も使っちゃうけど、やってみようか。目を閉じてごらん』

 しげるは目をつむる。まぶたの裏に、大量の魔物のフンが映し出された。これは……洞窟の中のようだ。

「方角はあっちだな。ディロス、この近辺の洞窟の中に魔物がいるとしたら、どんなやつらだ?」
「この辺りの洞窟なら、ケルベロスとか、ベヒーモスあたりじゃないかな」

 ベヒーモスって、あの巨大な猪みたいなやつか。

「ケルベロスは、人を襲ったりするような魔物か?」
「魔物は人族を食べない。これは、太古に奈落の神が魔物を生み出してからずっと変わらない。だが、子供を守るためだとか、卵を守るために人族を襲うことはあるかも知れない」
「なんとかして、洞窟の中の大量のフンを持ち帰りたいんだ」

 フワフワと飛んでいた風の精霊がしげるの肩の上に乗っかって、自分の頭に小さな指を当てて喋り始める。

『そこで私の力と賢さよ。洞窟の中の魔物を少しの間でも外に出しちゃえば、りたい放題でしょ』

 にんまりと笑みを浮かべる風の精霊。どうやらコイツのひらめいた悪巧わるだくみに付き合わされそうだ。

 モザイの家を訪ね、物を運ぶための荷車にぐるまがあるかたずねたところ、かなり前に村を通った行商人が捨てていったという馬車の荷台を見せてくれた。
 両輪も荷台も木製だが、軽微な壊れ方なので修理したら使えそうだ。

 しげるは風の精霊にく。

「時を戻してコレを直すっていうのは、さすがに出来ないよな」
『うーん。それは時をつかさどる天空神の祝福を受けた者でないと無理かな』

 ……だよなぁ。なら、自力で修理するしかないか。
 しげるはディロスに、洞窟で魔物を追い出すために必要な物を調達するよう依頼した。
 そして、自分は荷台の修理に取りかかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「よし、これで荷車にぐるまは動きそうだ」

 しげるが額の汗を拭って、荷車を前後に移動させてみる。修理の様子を切り株に座って暇そうに見ていたミディアは、立ち上がって大きく伸びをした。

「私に出来ること、無さそう。役に立ちたいのに」
「魔物の住処すみかに突撃するんだ。危ないからミディアは村に残っていてくれ」
「ポレイトの言うことなら、そうするよ。そういえば、また風の精霊と仲良くなったんだね。緑色の光が飛んでる」

 風の精霊の姿は、ミディアには光として見えているようだ。

「今回の作戦は、風の精霊が考えたんだ。魔物には悪いことをするんだけどね」
「精霊が喋るの……? 私は土の精霊とお喋りなんてしたこと無い。話してみたいなぁ」

 風の精霊がひねくれているのか、土の精霊が引っ込み思案なのか。少なくとも、我が精霊はかなり自己主張が強い。
 話していると、ディロスがモナークと一緒に道具を持って戻ってきた。
 ディロスは顔を覆うための布を人数分、モナークは油をたっぷりと含んだ松明たいまつを手に携えている。

 ミディアは少し不服そうな表情で3人に手を振った。

「じゃあ、頑張ってね」
「魔物のフンって帰ってきたら、今度はミディアが主役だからな。役に立ってもらうよ」
「うん。私、役に立つ!」

 さて、と言ってしげるはディロスと共に荷車を押す。両輪は軋み音を立てて、それでも意外とスムーズに動いてくれた。

 しばらく森の中を歩いて行く。目当ての洞窟の前に浅く広いさわがあり、しげるとディロスは荷車を壊さないようにゆっくりと慎重に渡った。

フンせたあと、ここを通るのは無理そうだな」

 しげるの言葉に、ディロスが周りの景色を確認する。

「少し遠回りして、あっちの丘から村へ戻ろう。確か、草は深いが進めないことはないはずだ」

 洞窟は人の背と同程度の高さの穴で、荷車が余裕で入るくらいの幅があった。
 モナークは、腰の道具袋から光沢のある小さな棒を出す。

「ポレイト、風の精霊の準備はいいか?」

 風の精霊は、余裕の笑みでしげるの肩の上に乗っていた。
 3人は、ディロスの用意した布で鼻から下、顔の下半分を覆う。

「いいぞ。松明に火を点けてくれ」

 小さな棒を松明に向けて、モナークは息を吹く。その魔導具から火の粉が飛び、松明たいまつは激しく燃え上がった。
 黒い煙が、勢い良く空に向かって立ち昇る。

 風の精霊が飛び上がり、両手を洞窟の中へ向けた。
 すると、森のほうから強い風が吹いてきて、黒い煙は風に流され一気に洞窟の中へ入っていく。

 洞窟の奥から、咆哮ほうこうとも悲鳴ひめいともつかない叫びが聞こえてきた。
 洞窟の中をのぞき込んでいたしげるを、ディロスが後ろから引っ張る。

「出てくるぞ! あの声はケルベロスだ!」

 煙の充満した洞窟から、ケルベロスと思われる魔物が数頭、猛スピードで飛び出す。余分に頭が2つくっついている大型の犬で、炎をまとっているかのようなだいだいの毛色だ。

 あっという間にどこかへ走り去ってしまった。
 ディロスが荷車を押し始める。

「怒りで暴走してるだけだ。落ち着いたらすぐに戻って来るぞ。さっさと行こう」

 洞窟の中は闇に支配されていて、松明たいまつで照らさないと足元すら見えない。モナークが先導し、小走りで魔物のフンのある場所へと急ぐ。

 50メートルほど進むと、奥まった所に、大量の丸まったフンがあった。ここがケルベロスのトイレみたいなものか。
 布で鼻と口を覆っていても、松明たいまつから出る煙に咳が止まらない。
 それでも、魔物たちが戻る前に出来るだけのフンを回収しなければならない。しげるたちは次々と荷車に目的物ブツを放り込んでいく。

 作業を続けていると、モナークが何かの気配を察知して松明たいまつを向ける。闇の向こうから低いうなり声が近付く。
 3つの頭を持ち、炎のような毛並みの巨大な犬の姿。ケルベロスが、あかく光る6つの眼でこちらをにらんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界で検索しながら無双する!!

なかの
ファンタジー
異世界に転移した僕がスマホを見つめると、そこには『電波状況最高』の表示!つまり、ちょっと前の表現だと『バリ3』だった。恐る恐る検索してみると、ちゃんと検索できた。ちなみに『異世界』は『人が世界を分類する場合において、自分たちが所属する世界の外側。』のことらしい。うん、間違いなくここ異世界!なぜならさっそくエルフさん達が歩いてる! しかも、充電の心配はいらなかった。僕は、とある理由で最新式の手回しラジオを持っていたのだ。これはスマホも充電できるスグレモノ!手回し充電5分で待ち受け30分できる!僕は、この手回しラジオを今日もくるくる回し続けて無双する!!

仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ
ファンタジー
魔界に召喚されてしまった彼女とシマシマな彼の日常ストーリー 2022年6月9日に完結いたしました。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...