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第12話 湯煙タイムトラベル

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 パッカー車を停め、リキは車を降りた。周囲を見廻みまわすと湯気ゆげが立ち昇っており、硫黄いおうの強い匂いが鼻をつく。彼は『温泉郷』とかれた大きな看板を見上げる。

「もしかして、ゾンビはこの匂いが苦手なのか? さっきから全然姿を見ないな」

 助手席側から降りてきたミチオとヨシハルが、扉の無い簡易な小屋をのぞいて感嘆かんたんの声を上げる。ワァオ。

「キング、風呂! 風呂ですぜ!」
「ああ……。風呂なんて何か月ぶりだ?」

 そう、彼らはずっとホームセンターにあった汗拭きシートと、水がなくても洗えるシャンプーだけで清潔を保っていた。だから結構臭いし、結構臭いのである。そして結構臭い。

「いや何回言うねん」

 キングことミチオの独り言に、ヨシハルは可哀想に……とでも言わんばかりの表情を向けた。
 それはともかく、風呂だッ!

 3人は久しぶりのっついお湯で身体の汚れと疲れを取り去る。温泉から出たあとは、着ていた服もお湯にひたして洗う。湯面が一気に緑色へと変わった。
 木板のベンチに座り、ミチオが満足顔で言う。

「いやぁ、もうこれ最終回でいいんじゃないかな。サッパリしたところで終わろうぜ」
「こらこら、まだカガミって奴に会えてないだろ。勝手に終わらすな」

 そう返してリキはミチオの胸をぺちんと叩いた。ヨシハルはいぶかしげな表情を見せる。

「でもさ、もう生きてないかも知れないし。名刺の場所まで行って何もなかったらどうする」
「そん時は、そん時。いませんでしたって天国のミドリさんに報告するだけだ」
「ふーん……」

 トンビがピーヒョロロと鳴きながら上空を飛び回っている。世界が崩壊したなんて思えないほどに平和な景色と環境音。

 だが突然、その平和は崩れ去った。

 どこからともなくわめごえのような、怒りたけるような声が聞こえてきた。
 ミチオは小屋から出て声のするほうを見る。

「なんだアレ……、ヒトかぁ?」

 だとしたらかなりの大勢おおぜいだ。遠くに見える人のような影は何かを持ち、勢い良く走り近付いて来ている。
 すぐにミチオは小屋の中のふたりに声をかける。

「ヤバイ、オイラたちヤバイ!」
「うん? ヤバイじゃ分からないぞ。何が……」

 リキもベンチから立ち上がり、顔だけ小屋から出す。素っ裸なので外に出るのがなんだか恥ずかしいのである。
 そしてリキは目を疑う。

「な、なんじゃアリャーッ!!」

 男三匹全員が小屋から顔だけ出して目を丸くする。
 その目に映るのは、腰布こしぬのけた……縄文人?!
 リキが情けない声で叫ぶ。

「おい、逃げるぞ! 確かにヤバイ!」

 総勢30人くらいが砂煙を上げながら走る。ドドドドドッという感じ。
 まだ濡れたままの服や下着をかかえ3人は逃げ出す。アレを止めるのは無理だ。

 パッカー車の影に隠れて様子を見る。あの軍団は各々何やらわめきながら通り過ぎて行く。上半身裸で腰布を着け、石の首飾りをかけている。手には長い棒の先にとがった石をくくりつけた武器。
 奴らが裸足で道を蹴るたび砂が高く舞い上がる。アスファルトでできた道なのにどうして……。

 広がった砂塵さじんで辺りがかすむ。リキとミチオから少し離れた所でじっとしていたヨシハルは、ふと視線を感じて振り返る。そこにはひとりの縄文人らしき男が中腰で立っていた。

「ひぃっ」

 弱々しく小さな声を上げた素っ裸のヨシハルを上から下までまわすように見つめ、髭モジャのそいつは笑った。

「ビボビッパ、ヘムボパ?」
「は? なんだって?」
「べべ、ヘムボパ。ボロビペボラ」

 似たような髭面ひげづらで裸のミチオがゆっくり近付いて来て、縄文人らしき男に話しかける。

「ビロビロ」
「ピブーモハ! ビロビーロ!」
「バボナ!」

 縄文人らしき男はひとしきり笑うと、砂煙の向こうへ消えて行った。

「キング……、あいつと何を話したんですかい?」
「知らん。適当にビロビロ言ってみただけだ」
「バボナは?」
「知らん」

 ……どういうことなんだよ一体。
 ヨシハルは頭を整理するのを諦めた。
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