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第1章 血宵の戦士

第25話 別れ

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 リリシアの放ったあおい光が広がり、おれ達を包み込む。光は氷海ひょうかいを突き破り、はじける。

 暗い海の中に沈み、冷たさでおれの身体が動かなくなる。

 ウォトリスがおれの腕をつかみ、海中を泳ぎ進む。
 氷の無い場所を探して、海面に出る。

「ルキ、泳げるか」

 ウォトリスの言葉に、おれは腕をかき回してみる。両腕に力が戻っている様だ。

 城を仰ぎ見ると、巨大な獣の攻撃で生み出された瓦礫がれきと、潰された魔物が次々に落ちてくる。
 服が重く、腕でもがいてもほとんど前に進めない。

 氷の上を魔物の生き残りがい、こちらに近付いてくる。凍りついていく身体と、迫り来る魔物の姿に、あせりだけが心を支配する。
 絶望を切り裂き、リリシアの大声が響く。

「ここからは私の番ね! 水の精霊が生き生きしてるわ!」

 闇の奥から、氷の槍が勢いよく乱れ飛んでくる。
 おれ達の頭上を通過して、魔物の残党を鋭くつらぬく。
 リリシアは、氷でできたくじらの上に立ち、青く輝く無数の魔法陣からあおい槍を生み出し続ける。

 鯨はおれとウォトリスを、ゆったりとした動作ですくい上げる。

 追手の魔物を殲滅せんめつした後、リリシアの指示でくじらは崖から離れて行く。
 依然として山の如く巨大な獣は城に寄りかかり、前脚で石壁を削り続けている。

「あれ。どうするよ」

 ウォトリスがうんざりした表情で獣を指差し、言う。
 おれも諦め顔で返す。

「城を壊しきったら、疲れてまた眠るんじゃないか」

 おれは鯨の上に寝転がった。氷で出来ている様に見えるが、不思議と背中に冷たさは感じない。
 リリシアが横に座り、目を細めて獣を眺める。

「やっぱり神獣ね。あれだけじゃなくて、大陸中の神獣が何かに感づいて、動き始めてるのかも知れない」

 いつか風の総帥そうすいが語っていた言葉が、おれの頭の中に蘇る。

『天空神の啓示によれば、これから、幾つもの国が災厄さいやくに見舞われるであろう。それは、いにしえからの定めである』

 あれはいにしえから大陸に棲む、奈落の神獣なのだろうか。
 ならば、幾つもの国が災厄さいやくに見舞われるという老人の言葉は、これから始まるかも知れない、もっと大きな戦いを予言しているのだろうか。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 鯨は幾つもの夜を越え航行し、緑豊かな大地へ静かに着岸した。大陸に沿って動いていたが、ここがどの辺りなのか、誰にも分からなかった。
 リリシアが両腕を開くと、氷の鯨は青い光の粒となって霧散むさんした。

「さてと。これからどうしよう」

 彼女は辺りを眺めて、肩をすくめる。北の極地ゴルンカダルからは離れていて、もう、巨大な獣の姿は見えない。
 城に荷物も、武器も地図も、置いてきてしまった。
 おれ達はとりあえず、道なりに歩き出した。

「勇者ダイフ……吟遊詩人の詩では耳にしてたけど、あの城にずっと縛り付けられてたんだな」

 ウォトリスが伸びをしながら言う。
 おれはリリシアとウォトリスに告げなければならない。

「おれの本当の名を教えてしまったから、一緒にいられるのはここまでだ」

 おれの中に眠る呪いが、いつか彼らを傷つけるかも知れない。
 だから、できるだけ早く離れるべきだと思った。

「僕は今のルキしか知らないよ。ただの戦士だろ」

 彼は笑いながら、おれの顔を真っ直ぐ見て言う。
 リリシアが鼻を鳴らして声を出す。

「あなたは砂漠に向かうのよね」

 ダイフは消え去る前に、砂漠クライモニスに行けと言った。
 おそらく、他の呪いがそこにあるのだろう。

「人のいる場所まで行ったら、そこでお別れしましょう」
「本当に助かったよ、ウォトリスもありがとう」

 彼はおれの言葉に残念そうに答える。

「もっと火の魔術を磨きたかったけどな。僕もどこかへ、旅を続けようかな」

 話をしながら歩き続け、丘を幾つか越えると、小さな漁村が見えた。

 村へ入って行くリリシアとウォトリスを見送り、おれは別の道を選ぶ。
 ゆっくりと、そしてしっかりと前を向いて、また歩き出した。
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