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第1章 血宵の戦士

第20話 ゴルンカダルへ

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 松明の炎が照らし出すのは、人の手で掘られた壁と天井、そして長く先へと続く闇。

 おれ達はゆっくりと静かに歩みを進める。外よりは暖かいものの、天井から氷柱が垂れ下がるほどに冷気が満ちている。闇の奥から時々、轟音ごうおんが鳴り響き、また静寂が訪れる。まるで洞窟全体が呼吸しているかの様にも聞こえる。
 ウォトリスが何かにつまづいたらしく、派手な音を立てて前のめりに倒れた。

「いてて……何だこれ」

 彼は足元の大きな灰色の板を拾い上げる。松明でそれを照らすと、平たい板ではなくうろこ状になっている。
 薄暗い壁の奥から、風に乗って獣の臭いがやってきていることに気付く。

 その方向に松明を向け、目を凝らす。
 壁の一部に亀裂が入っていて、その奥のさらに深い闇の向こうから、風は吹いている。

「私の鳥で見てみようかしら」

 リリシアは、両手で空中に魔法陣を描きながら魔術の詠唱を始める。青く淡い光が手の中から放出され、光の粒は鳥の形に集まり、翼を広げる。彼女が両手を勢いよく前に振ると、鳥は壁の亀裂の向こうへ飛んで行った。
 目を閉じたまま、リリシアは両手をしきりに動かしている。

「これは動物? でも……」

 彼女は眉間に皺を寄せ、手をゆっくりと動かす。そして何かに気付き、両手をパチンと叩くと、その手と鳥を繋いでいた青い光は霧散した。
 目を開けたリリシアがおれ達を睨みつけ静かにつぶやく。

「とんでもなく大きな魔物か、神獣くらいしか考えられない」

 足早に逃げる様に歩きながら、リリシアが説明する。

「この洞窟の下には大きな空洞があって、そこにすっぽりとはまって大きな生き物が眠っているみたい」

 彼女が飛ばした鳥は、その大きなものの一部しか確認できなかったらしい。飛んでいた時間から考えるに、生き物は一つの山くらいの大きさだと彼女は続ける。

「例えば、王都を襲った魔物と同じくらいの大きさね」

 そういえば以前も彼女は、王都を襲ったものは魔物だと断定していた。王都で事件を目撃した者ですら、黒い怪物か、もしくは何かの寄せ集めに見えたと言うくらい正体が分からなかったはず。なぜリリシアはそれが魔物だと知っているのだろうか。

「王都の魔物はそんなに大きかったのか?」
「いえ……なんとなくそう思っているだけよ、はっきりとは知らない」

 はぐらかされたが、やはり魔物だと決めつけている気がする。それはおれの胸の内にしまっておくことにして、話を進める。

「村の長は、交易のための通路としか言ってなかったよな」
「長いこと北の調査をしてなかったらしいから、その間に地下を移動して来たのかもね」

 確かに地上に姿を現さなければ、例え地が震えても大きな生き物が棲みついているとは思わないだろう。
 ウォトリスが大股で歩きながら言う。

「火の精霊がざわついてるよ、この洞窟は早く抜けた方が良いみたいだ」

 幸い洞窟には動物も魔物もおらず、小さな蜘蛛や毛虫が天井や壁にはり付いているだけだ。
 おれ達は意を決し、足音をできるだけ抑えるようにして走り出した。洞窟は真っ直ぐではなく、道は左右にうねりながら伸びている。すぐ前の闇から何も飛び出して来ないよう祈りつつ走り続ける。

 松明が燃え尽きそうになる頃、ようやく闇の奥から強い風を感じた。
 足を止めず走り続け、遥か遠くに見える光に近付いていく。

 ようやく洞窟の出口に辿り着いた時、後ろからわずかに咆哮ほうこうが聞こえた。おれ達は目を見合わせ、息を弾ませながら、耳を澄ます。風のうなりを聞きながら半刻ほど待ったが、新たに聞こえる音は無かった。

「起こしちゃったのかと思ったわ」

 ほっとした表情でリリシアがつぶやく。
 おれは降りしきる雪の中、幾重にも重なる山々を見渡し、黒いもやがかかっている頂を見つけた。それはおそらく、おれにとっての終わりが始まるであろう場所。
 震える手を強く握り締め、リリシアとウォトリスに宣言する。

「あれがいにしえの呪いに縛られた、ゴルンカダルの城だ」
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