20 / 55
第1章 血宵の戦士
第20話 ゴルンカダルへ
しおりを挟む
松明の炎が照らし出すのは、人の手で掘られた壁と天井、そして長く先へと続く闇。
おれ達はゆっくりと静かに歩みを進める。外よりは暖かいものの、天井から氷柱が垂れ下がるほどに冷気が満ちている。闇の奥から時々、轟音が鳴り響き、また静寂が訪れる。まるで洞窟全体が呼吸しているかの様にも聞こえる。
ウォトリスが何かに躓いたらしく、派手な音を立てて前のめりに倒れた。
「いてて……何だこれ」
彼は足元の大きな灰色の板を拾い上げる。松明でそれを照らすと、平たい板ではなく鱗状になっている。
薄暗い壁の奥から、風に乗って獣の臭いがやってきていることに気付く。
その方向に松明を向け、目を凝らす。
壁の一部に亀裂が入っていて、その奥のさらに深い闇の向こうから、風は吹いている。
「私の鳥で見てみようかしら」
リリシアは、両手で空中に魔法陣を描きながら魔術の詠唱を始める。青く淡い光が手の中から放出され、光の粒は鳥の形に集まり、翼を広げる。彼女が両手を勢いよく前に振ると、鳥は壁の亀裂の向こうへ飛んで行った。
目を閉じたまま、リリシアは両手をしきりに動かしている。
「これは動物? でも……」
彼女は眉間に皺を寄せ、手をゆっくりと動かす。そして何かに気付き、両手をパチンと叩くと、その手と鳥を繋いでいた青い光は霧散した。
目を開けたリリシアがおれ達を睨みつけ静かに呟く。
「とんでもなく大きな魔物か、神獣くらいしか考えられない」
足早に逃げる様に歩きながら、リリシアが説明する。
「この洞窟の下には大きな空洞があって、そこにすっぽりと嵌って大きな生き物が眠っているみたい」
彼女が飛ばした鳥は、その大きなものの一部しか確認できなかったらしい。飛んでいた時間から考えるに、生き物は一つの山くらいの大きさだと彼女は続ける。
「例えば、王都を襲った魔物と同じくらいの大きさね」
そういえば以前も彼女は、王都を襲ったものは魔物だと断定していた。王都で事件を目撃した者ですら、黒い怪物か、もしくは何かの寄せ集めに見えたと言うくらい正体が分からなかったはず。なぜリリシアはそれが魔物だと知っているのだろうか。
「王都の魔物はそんなに大きかったのか?」
「いえ……なんとなくそう思っているだけよ、はっきりとは知らない」
はぐらかされたが、やはり魔物だと決めつけている気がする。それはおれの胸の内にしまっておくことにして、話を進める。
「村の長は、交易のための通路としか言ってなかったよな」
「長いこと北の調査をしてなかったらしいから、その間に地下を移動して来たのかもね」
確かに地上に姿を現さなければ、例え地が震えても大きな生き物が棲みついているとは思わないだろう。
ウォトリスが大股で歩きながら言う。
「火の精霊がざわついてるよ、この洞窟は早く抜けた方が良いみたいだ」
幸い洞窟には動物も魔物もおらず、小さな蜘蛛や毛虫が天井や壁にはり付いているだけだ。
おれ達は意を決し、足音をできるだけ抑えるようにして走り出した。洞窟は真っ直ぐではなく、道は左右にうねりながら伸びている。すぐ前の闇から何も飛び出して来ないよう祈りつつ走り続ける。
松明が燃え尽きそうになる頃、ようやく闇の奥から強い風を感じた。
足を止めず走り続け、遥か遠くに見える光に近付いていく。
ようやく洞窟の出口に辿り着いた時、後ろから微かに咆哮が聞こえた。おれ達は目を見合わせ、息を弾ませながら、耳を澄ます。風の唸りを聞きながら半刻ほど待ったが、新たに聞こえる音は無かった。
「起こしちゃったのかと思ったわ」
ほっとした表情でリリシアが呟く。
おれは降りしきる雪の中、幾重にも重なる山々を見渡し、黒いもやがかかっている頂を見つけた。それはおそらく、おれにとっての終わりが始まるであろう場所。
震える手を強く握り締め、リリシアとウォトリスに宣言する。
「あれが古の呪いに縛られた、ゴルンカダルの城だ」
おれ達はゆっくりと静かに歩みを進める。外よりは暖かいものの、天井から氷柱が垂れ下がるほどに冷気が満ちている。闇の奥から時々、轟音が鳴り響き、また静寂が訪れる。まるで洞窟全体が呼吸しているかの様にも聞こえる。
ウォトリスが何かに躓いたらしく、派手な音を立てて前のめりに倒れた。
「いてて……何だこれ」
彼は足元の大きな灰色の板を拾い上げる。松明でそれを照らすと、平たい板ではなく鱗状になっている。
薄暗い壁の奥から、風に乗って獣の臭いがやってきていることに気付く。
その方向に松明を向け、目を凝らす。
壁の一部に亀裂が入っていて、その奥のさらに深い闇の向こうから、風は吹いている。
「私の鳥で見てみようかしら」
リリシアは、両手で空中に魔法陣を描きながら魔術の詠唱を始める。青く淡い光が手の中から放出され、光の粒は鳥の形に集まり、翼を広げる。彼女が両手を勢いよく前に振ると、鳥は壁の亀裂の向こうへ飛んで行った。
目を閉じたまま、リリシアは両手をしきりに動かしている。
「これは動物? でも……」
彼女は眉間に皺を寄せ、手をゆっくりと動かす。そして何かに気付き、両手をパチンと叩くと、その手と鳥を繋いでいた青い光は霧散した。
目を開けたリリシアがおれ達を睨みつけ静かに呟く。
「とんでもなく大きな魔物か、神獣くらいしか考えられない」
足早に逃げる様に歩きながら、リリシアが説明する。
「この洞窟の下には大きな空洞があって、そこにすっぽりと嵌って大きな生き物が眠っているみたい」
彼女が飛ばした鳥は、その大きなものの一部しか確認できなかったらしい。飛んでいた時間から考えるに、生き物は一つの山くらいの大きさだと彼女は続ける。
「例えば、王都を襲った魔物と同じくらいの大きさね」
そういえば以前も彼女は、王都を襲ったものは魔物だと断定していた。王都で事件を目撃した者ですら、黒い怪物か、もしくは何かの寄せ集めに見えたと言うくらい正体が分からなかったはず。なぜリリシアはそれが魔物だと知っているのだろうか。
「王都の魔物はそんなに大きかったのか?」
「いえ……なんとなくそう思っているだけよ、はっきりとは知らない」
はぐらかされたが、やはり魔物だと決めつけている気がする。それはおれの胸の内にしまっておくことにして、話を進める。
「村の長は、交易のための通路としか言ってなかったよな」
「長いこと北の調査をしてなかったらしいから、その間に地下を移動して来たのかもね」
確かに地上に姿を現さなければ、例え地が震えても大きな生き物が棲みついているとは思わないだろう。
ウォトリスが大股で歩きながら言う。
「火の精霊がざわついてるよ、この洞窟は早く抜けた方が良いみたいだ」
幸い洞窟には動物も魔物もおらず、小さな蜘蛛や毛虫が天井や壁にはり付いているだけだ。
おれ達は意を決し、足音をできるだけ抑えるようにして走り出した。洞窟は真っ直ぐではなく、道は左右にうねりながら伸びている。すぐ前の闇から何も飛び出して来ないよう祈りつつ走り続ける。
松明が燃え尽きそうになる頃、ようやく闇の奥から強い風を感じた。
足を止めず走り続け、遥か遠くに見える光に近付いていく。
ようやく洞窟の出口に辿り着いた時、後ろから微かに咆哮が聞こえた。おれ達は目を見合わせ、息を弾ませながら、耳を澄ます。風の唸りを聞きながら半刻ほど待ったが、新たに聞こえる音は無かった。
「起こしちゃったのかと思ったわ」
ほっとした表情でリリシアが呟く。
おれは降りしきる雪の中、幾重にも重なる山々を見渡し、黒いもやがかかっている頂を見つけた。それはおそらく、おれにとっての終わりが始まるであろう場所。
震える手を強く握り締め、リリシアとウォトリスに宣言する。
「あれが古の呪いに縛られた、ゴルンカダルの城だ」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる