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第3章 きらめき

第15話 流れ星

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 12月20日。

 古びた喫茶店のテーブルを挟み、俺は服部くんと対峙していた。彼はUnsigned Brightのベース担当で、すでに他のグループにも所属している。足を組み、コーヒーをすすっている。

「西山くん、遅いね」
「アイツは来ませんよ」

 驚愕の事実を告げられ、俺は逃げ出したくなる。この初対面の男は、がっしりとした体に、細い眉毛、鋭い目つきで、威圧感たっぷりだ。大体、西山くんから話があると聞いていたのに、集合場所に来たらなんで服部くんだけなんだ。
 彼は、体を少し前に倒してはなし始める。

「一回、あんたと話をしたかったんです」
「……どんな話なのかな?」
「解散を決めたのは、あんたが原因だって聞いて、どういう奴かと思ってさ。会ってみたらなんだ、いたって普通の人じゃないかと思って、今おれは困惑中だ」
「そ、そうなんだぁ」

 不思議な喋り方。あんまり経験のないタイプだ。どうやって逃げようか。

「……ショウゴはバカだから、あんたのこと良い奴だって言ってるけど。結局バンドを解散させて、ほまれからアーティストとしての人生を奪って、おれたちからほまれを奪ったんですよ。濱田がいなくなったあとの火事場泥棒みたいなモンじゃないですか」
「確かに、そういう言い方もできるね。間違ってないと思うよ」
「もう取り返しはつかないんですよ。解体されて、おれとショウゴはそれぞれ別のバンドにもううつってるし、ほまれは楽器店に勤める。ほまれはプロとして見たら中の下くらいの実力しかなかったけど、最後まで一緒に夢、追いかけたかったんです」
「夢は……メジャーデビューすること?」
「濱田がいた時は、デビューじゃなくて日本一のバンドになることが、おれたちの目標だった」

 そんなに壮大な野望があったのか。栗谷さんからは聞いたことがなかったな。

「……だから、ほまれを幸せにしてやってください」
「え?」
「イブのライブで、おれたちは最高の演奏をする。それがおれとショウゴに出来る、あいつへの最後の贈り物だ。そのあとは、あんたがあいつの人生を背負っていくんだろ。だから、絶対にあいつを幸せにしてやってください」

 ああ、そうか。彼も栗谷さんのことが好きなんだな。

「もちろん。そのために正規の仕事も決めた。絶対に幸せにするよ」
「それだけ言いたかったんです。それじゃ、おれはこれで」

 千円をテーブルに置いて出て行こうとする。俺は彼に伝える。

「ありがとう。会ってくれて」

 彼は鼻を鳴らして、去って行った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 12月21日。

 終業時間になり、学生課のある建物を出て、トレーニングルームのある体育館へ向かう。夕方の時間帯だが、もう夕陽は完全に落ちて、夜闇が辺りを包んでいた。猫背にならないように、背筋を伸ばして歩く。気持ちが落ち込んでいるからか、足取りは少し重い。

 体育館の更衣室で着替え、トレーニングルームに入り、いつものランニングマシンに乗って、一定の速度で走り始める。走っている間、昨日の服部くんとの会話が頭を支配する。俺が栗谷さんを幸せにできる人間か確かめに来て、幸せにすると約束させて去った。火事場泥棒だと文句も言った。彼はおそらく栗谷さんのことが好きだ。取り返しがつかないとも言われた。

 頭の中で言葉がぐちゃぐちゃに交錯する。結局、彼は俺のことを認めてくれたんだろうか。それとも、つまらない人間だからどうでも良くなったんだろうか。そもそも誰かに認められなきゃならないわけでもないだろう。

 色々と考えて、気付けば、走り始めて1時間が経過していた。ランニングマシンを降りて、腹筋台に寝転ぶ。ゆっくりと腹筋を繰り返し、また考える。俺は誰かに祝福されたいと思っているのか、それとも、自分たちだけ良ければそれでいいのだろうか。背筋、上腕、脚とそれぞれの筋肉を使うマシンを動かしながら、取り留めのない脳内会議は続いた。

 考え事をしている間にひと通りのトレーニングが終わってしまったが、何も考えがまとまらず、首をかしげながらトレーニングルームを出る。チアリーダー部が練習している前を通り、西山さんの姿を探すが、見当たらなかった。新しい主務の2年生が汗を流しながら、必死に動いていた。

 更衣室で着替え、体育館の外に出ると、雪が降りそうなくらい冷たい大気に襲われる。まだ若干、汗の残る身体にまとわりつき、体温を奪おうとしてくる。いい加減マフラーをしなくちゃなと思いながら歩き出すと、玄関横のベンチに西山さんが座って、夜空を見上げていた。俺に気付き、にこりと微笑む。

「先週、流星群が見れたらしいんです。ドタバタしてて見られなかったから、今になって探してるんですけど、やっぱり一個も流れないです」
「流れ星って、星がたくさん見えるとこだと普段でも見えるらしいけど、ここじゃ厳しいかもね」
「吉田さんはロマンが無いなあ。どうせ、ほまれさんが同じこと言ったら『俺も探すよ』とか言うくせに」
「確かに、言いそうだ」

 俺は笑いながらベンチに座り、空を眺める。街から出る明かりのせいで、星の数は少ない。空気は澄んでいるのに、まるで何かのフィルターがかかって星を隠してしまっているようだ。

「もうすぐライブですね」
「そうだね。今日も練習してるんだろうな」
「終わったら、歌うたうのやめちゃうんですよね」
「音楽には関わり続けるけどね。昨日、ベースの服部くんに言われたよ。俺が彼女を奪ったって」
「あの人、そんなこと言ったんですか? 売れてるバンドに入ったからって、調子に乗ってるんじゃないですか?」
「でも、幸せにしてやってくれとも言われた。だから、そうするって答えた。それだけだったよ」

 西山さんは白い息を吐き、俺の方を向く。

「吉田さんのせいじゃないのに。だって、濱田さんが居なくなってすぐに、お兄ちゃんは解散するかもって言ってたんです」
「栗谷さんがその決意をする時に、俺がそばに居たからなぁ。盗んだみたいに言われて、さっきも色々と考えてたけど、まあそうかもしれないなって思ったよ」
「吉田さんは人の言葉を深く考え過ぎですよ。悪い言葉なんて、ポイってしちゃえばいいんです」
「……違いない」

 カウンセリングを受けているかのように、西山さんに励まされる。確かに、いちいち人の言葉を重く受け取り過ぎているのかもしれない。俺たちはまた、夜空を眺める。飛行機のライトが点滅しながら夜空を滑っていく。

「……ほまれさんが自分で決めたことなんだから、マサトさんもちゃんと祝ってあげればいいのに。なんで今更、吉田さんに文句言うんだろう」
「多分、彼なりの区切りのつけ方なんじゃないかな。ライブの練習に集中したくて」
「それは、吉田さんを傷つけるようなことを言って良い理由にはならないです。傷つけて、自分だけスッキリするなんて、卑怯です!」
「あ……」

 夜空を、一筋の光が通っていった。

「流れ星……」
「西山さん、何か願い事しなきゃ」
「今、しました。ちゃんと流れ星、見えたから」

 俺たちはもう一度、星が流れることを期待してしばらく眺めていた。

「一個だけでしたね。寒くなってきたから中に入ります」
「うん。お疲れ様。……西山さん」

 玄関から、西山さんが振り返る。

「俺のために怒ってくれてありがとう。ちょっと楽になったよ」
「こんなことでいいなら、毎日でも聴いてあげますよ」
「そんなに毎日悩みたくはないかなぁ」

 彼女は笑いながら中へ入って行った。心強い味方を見つけて、俺の足取りは軽くなる。また夜空を見上げながら歩く。俺を包む夜闇はもう、それほど冷たくないような気がした。
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