1 / 22
第1章 またね
第1話 別れの言葉
しおりを挟む
ひとつの恋が終わった。俺はノートパソコンのタッチパッドを撫でる。彼女と俺が写してきたカメラの画像のバックアップフォルダを、デスクトップ上のごみ箱に捨てる。
ひとり呟く。グッバイ。
彼女が俺のアパートの部屋に残していった物は、歯ブラシやトリートメント、旅先で買った何に使うか分からない月のオブジェ。あと何かあったかな。とりあえず目に映る、いらない物をごみ袋に入れていく。
またも呟く。グッバイ。
何度目だろうか。甲斐性がないのは、自分が一番よく知ってる。だからもう28になるのに派遣社員で食い繋いでるし、趣味だって、ソシャゲくらいしかやってない。ソシャゲを趣味っていうのかも分からない。誰かと付き合っても続かない。同棲しても、俺が彼女のいる生活に飽きてしまい、気付けばまたひとり暮らしになっている。
このまま、ダラダラと生きて、歳を取って、ひとり寂しく死んでいくんじゃなかろうかと思う。ごみ袋に彼女の物を入れる度、自分の心の一欠片が剥がれていくような気がする。俺はどうして長続きしないんだろう。恋も、仕事も、人間関係も。
口を縛ったごみ袋をベランダに投げ捨て、自虐的な笑みを浮かべる。外は雨。今日は土曜日だが、副業となる日雇いの仕事を入れている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
電車で1時間、仕事でもなければ一生訪れることのない、寂れた街に下りる。駅には屋根も無い。改札を抜け、折り畳み傘をさして、スマホの画面で地図を見ながら現場へ向かう。
早めの電車に乗ってきたから、集合時間の30分前に現場に到着してしまった。到着したら、リーダーとして指定されている人の電話番号に連絡する必要がある。SMSでもいいらしいが、俺のスマホの契約だとSMSは有料、通話が10分まで無料だから、電話をかけることにした。
3コールで相手が電話に出る。
「はい、栗谷ほまれで……あっ、またフルネームで名乗っちゃった。えへ」
えへって。電話に出るなりハイテンションの声に驚いて、俺が黙ってしまうと、声の主が続けた。
「今日のメンバーの方ですよね。私、もう現場にいるんですけど、到着の連絡ですか?」
「えっ、あ、はい。俺も、もう現場にいるんですけど」
俺は後ろから肩を軽く叩かれる。振り向くと、目の前にスマホを耳に当てた女の人の顔があって、また驚く。距離、近くね?
少し後退り、スマホの画面の終話ボタンをタップした。
肩まで伸びる茶色がかった髪、デニムの動きやすそうなパンツに、日雇いの会社名が白字で入った黒いTシャツ。なんだか仕事ができそうな出で立ちに見える。
「リーダーの栗谷です。ここは初めてですか?」
「はい。……多分、ここは今日だけだと思いますけど、よろしくお願いします」
「まだ集合時間まで時間あるし、あと10人くらい来るから、その辺に座って待っててくださいね」
そう言って、栗谷さんはにこりと笑い、少し離れたところの集団の方へ駆けて行く。
集団は女の人ばかり5人で、今のところ男は俺だけみたいだ。日雇いの現場によっては、力仕事でない限り、女性ばかりの場合も多い。少なくとも俺の経験では、そうだ。所在なげに雨を凌げる場所を探し、濡れていないコンクリートブロックの上に座った。
集合時間を過ぎる頃には、結構な大所帯になっていた。男は数人いるが、俺よりも若い、大学生くらいの子ばかりだ。そりゃそうか、日雇いに来る男なんて、訳ありか大学生くらいだろうなと勝手に納得する。女の人たちは、若い人から、わりと年配の人まで、髪の色も含めてバラエティに富んでいる。俺も含め男たちの個性の無さに少し悲しくなった。
栗谷さんの号令で、全員が倉庫の中に入る。倉庫は大きなプレハブで、床のコンクリートと高い屋根のせいか、雨が降っている外よりも、幾分かひんやりとしている。何と言うか、温もりを感じられない空間だ。
現場の責任者っぽい、厳つい顔の男がフォークリフトから降りる。栗谷さんに何かのリストが書かれた紙を渡して、日雇い人員を見回す。
「点呼が終わったら、経験者はこっち。初めての人はあっち。荷物はあそこ。よろしく」
ぶっきらぼうに指差しながら大きな声で指示を出すと、さっさとフォークリフトに乗って奥へ行ってしまった。栗谷さんがひとりずつ名前を読み上げ、返事のあったタイミングで紙にチェックを付けていく。名前を呼ばれた人たちは、それぞれ荷物を指定された場所に置き、持ち場に散っていった。
俺は最後に名前を呼ばれた。はい、と返事をして、皆と同じ場所にバックパックを置き、初めての人ゾーンに向かおうとすると、栗谷さんに声を掛けられた。彼女は周りに聴こえないよう小さな声で注意をしてきた。
「財布とかの貴重品は、持っておいた方がいいですよ」
「あ、じゃあそうします。そうか、そうですよね」
俺はバックパックから財布とスマホを取り出し、ズボンのポケットに収める。おそらく、盗まれただの何だのと騒ぎになるのを避けるためだろう。でも、どうして俺が貴重品をバックパックに入れていたことが分かったんだろう。透視能力でも持ってるのだろうか?
厳つい男は佐藤と名乗った。佐藤さんが未経験者に作業の説明をする。
ベルトコンベアの端に冊子が積まれていて、それを1冊ずつベルトコンベアに流す人がひとり。流れて来た冊子に住所や名前の書かれた紙を置く人がひとり。さらに、何かのグラフや情報入りの分厚い紙を冊子に挟む人がひとり。最後に、冊子を上に乗った紙ごとロゴ入りの袋に詰める人がひとり。
単純作業だが、最初に乗せる紙と、冊子に挟む紙は必ず同じ人の情報になるため、冊子が全て流れ切った時には、絶対にどちらの紙も使い切っていなければならないということだった。俺は、最初か最後の役だと、気が楽で良いなと思った。佐藤さんは、適当に配置を振り分けていく。俺は残念ながら紙を置く係に任命されてしまった。
それぞれの人員が配置に着くと、すぐに作業開始だ。冊子がベルトコンベアに置かれ、ゆっくりと進んでいく。俺は一番上から紙を取り、住所や名前が印字された面を上にして冊子に置く。これだけの作業で、またゆっくりと流れてくる冊子を待つ。さすがに遅すぎるように感じたが、逆に早いとトチりそうなので、手をパタパタと動かしながら、我慢して次の冊子を待つ。
見渡す限りプレハブの中に時計は無いし、作業中はスマホを見ることもできないので、どれくらい時間が経ったか分からない。そういえば、誰もトイレに行こうとはしないが、もし行きたくなったらどうすればいいのだろうか。そんなことを考えながら、冊子が流れてくるたびに紙を取って、置くという単縦作業を繰り返していく。やがて、冊子をベルトコンベアに置く役の人が手を挙げ、佐藤さんに作業完了を知らせる。
俺は最後の紙を冊子の上に置いた、つもりだったが、紙がもう1枚残っていることに気付いた。横の、もう1枚の分厚い紙を冊子に挟む係を見ると、ちょうど最後の1枚を取り上げて挟むところだった。俺の心臓の鼓動が大きくなる。佐藤さんが通りがかり、俺の台に紙が残っているのを見つけた。
「おい! 何で1枚残ってるんだ!」
他のレーンのメンバーたちが一斉に、ぎょっとした表情で俺の方を向き、すぐに自分たちの作業に戻る。俺は言葉が出てこず、ただ背中に冷や汗を流す。言い逃れのできない状況に陥った経験は数あれど、対処方法はひとつしかない。
「申し訳ございません!」
怒られる前に謝る。本職で似たようなことがあった時もよく使う手口だ。こういう時、下手に言い訳をし始めたりすると、さらに炎上することがある。紙が元々1枚多かったのでは、なんて言おうものなら、大クレームになるかもしれない。佐藤さんは残った1枚に住所と名前が印字されていることを確かめて、大声を放つ。
「栗谷ィ!」
「はい!」
栗谷さんが呼ばれ、こちらに全速力で走ってくる。茶色がかった髪が激しく揺れる。表情は硬く、何かを噛み潰したように口をへの字に曲げている。
「リーダーとこいつで、このレーンの冊子全部開けて点検しろ! すぐにやれ!」
「かしこまりました! 申し訳ございません!」
佐藤さんは俺の顔を一瞥すると、舌打ちして去って行った。栗谷さんが俺の肩をポンと叩き、何も言わずに冊子のひと山の横に屈む。俺もその横に屈み、ちらりと彼女の顔を見る。彼女はこちらを向いていて、目が潤んでいるように見えた。震える小さい声で呟く。
「怖かったね。やっぱり男の人に怒鳴られるの苦手かも」
そう言って、少し微笑む。俺に文句を言わないんだなと思って、自ら謝罪の意思を示すことにした。
「すいませんでした。でも……」
俺の唇に、彼女の人差し指が軽く触れる。
「作業しよう。言い訳は後で聞いてあげるからさ。最後のから順番に差し替えていこう」
栗谷さんは、鼻をすすると、積まれた冊子を一番上から取り出して、冊子に挟まれた情報と、冊子の上に乗った紙の情報を照合する。残念ながら、全部1枚ずつズレている。俺は、元々乗せてあった紙を袋から取り出して、余った1枚を差し替える。栗谷さんが挟まれている方の紙に印字された名前を読み上げ、俺は、渡された冊子の上の紙の名前を確認しながら差し替えていく。
体感で1時間くらいかかっただろうか。その作業をひたすら続け、ようやく、何も紙が乗っていない冊子が見つかった。結局、俺のミスだった。冊子に別の紙を挟む係が気付けばいいのにとも思ったが、そもそも俺がミスしなければ良かっただけだ。言い訳のしようがない。
見つかった問題の袋に、正しい情報の紙を乗せて、修正作業は完了した。念のために、続けて何冊か確認し、問題ないことが分かると、栗谷さんは佐藤さんの元へ報告に走って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作業は昼休みの1時間を挟み、午後5時まで続いた。俺はめちゃくちゃ慎重に紙を取り上げて、冊子に置いていった。最後の1枚を処理した時、大きく息を吐いた。間抜けなチャイムが鳴り、作業の終了を告げた。
プレハブの倉庫から出ると、午後3時ごろまで降り続いていた雨はすっかり止んでいた。
皆、道路に出ると、それぞれの帰路につく。俺も駅へ向かい、ズボンのポケットに手を突っ込んで猫背で歩いていく。アパートの冷蔵庫の中に何があったか思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。まだ、午前中の失敗を引き摺っているのかも知れない。
「ちょっと待って! えっと、吉田くんだっけ?」
後ろから栗谷さんが走り寄ってくる。明らかに二十歳くらいに見えるので、俺を「くん」付けで呼ぶのには違和感があった。でも、まあ、もう会うこともないだろうし、別にいいか。彼女は振り返った俺の前で立ち止まる。
「なんか、クレームとかですか?」
「えっ、違うよ。佐藤さんは、ミスしてもちゃんと直せばそれ以上何も言わないから」
じゃあ何の用ですか。いや、違うな。午前中に思いっきり迷惑かけたし、もっと丁寧に対応するべきだろう。どうやって返答しようか迷っていると、栗谷さんが続ける。
「こっちの道に行くのが君だけだったから、一緒に帰ろうと思って」
「あー、駅に行くんですけど、最短の道が分からないから、適当に歩いてます」
「そうなんだ。私はいつもこの道で駅まで戻ってたから、これが最短だと思ってたよ」
特に了承するでもなく、栗谷さんは勝手に横並びで歩き始める。助けてもらったし、拒否するのも悪いかと思い、そのまま歩き続ける。特に話すことはなくて、俺は無言を貫こうとする。しばらくして、彼女が俺の顔を覗いて話し始める。顔が近いんだよなぁ。
「もしかして、まだミスの事、引き摺ってる?」
「そうスね。本職では最近、あんな分かりやすいミスはしないんで。結構、へこんだかも知れないです」
「失敗しない人なんていないよ。ここじゃないけど、私も前にもっと酷いミスして、一時期、日雇いの仕事を紹介してもらえなかったんだから」
「そうなんですか。じゃあ、あんまり深刻に考えないようにします」
「それでいいと思うよ。うん」
懸命な励ましにあいながら駅に到着し、帰りの電車を待つ。栗谷さんと話していると、どうしてもさっきの仕事の事を思い出して、心が抉られる気がする。なんならひとりで帰った方が良かったなとも思った。
「吉田くんは、どこまで?」
「志木で降ります。栗谷さんもそっち方面ですか」
「うん。私はもうちょっと先まで行くけど、同じ方向だね」
相変わらず、顔が近い。パーソナルスペースが狭い人間は、他にも知っている。だけど、こういう態度は基本的に苦手だ。親しくなった後ならいいと思うけど、きっと彼女は誰にでもこんな感じなのだろう。こういうのを八方美人って言うんだろうか。
俺と栗谷さんは、普通電車に乗る。夕方の電車はそこそこ混んでいて、座れる場所は無さそうだ。吊り革につかまり揺られていると、彼女がまた顔を近付けて言う。
「ねぇ、ご飯食べて帰ろうか」
「うーんと、まあいいですよ。ミスのお詫びに奢りますよ」
栗谷さんはぷくっと頬を膨らませて、俺の言葉に反応する。
「別に奢ってもらいたくて誘ったんじゃないよ。明日は日曜日だから、ちょっと遅くなってもいいかなと思っただけ」
「じゃあ、割り勘で」
彼女は少し考え、にこりと笑顔になって言う。
「ごめん、やっぱり奢ってもらおうかな。今月あんまりお金ないから」
どっちだよ。俺の文句言われ損じゃないか。俺が頬を膨らましたいよ。
ともあれ、1時間ほど電車に揺られていると、いつもの駅が姿を現す。
「俺はここで降りるんですけど、どうしますか」
「もちろん、私も降りるよ。どこでご飯食べようか」
電車を降りて、改札を通り、東口から出る。さっきまで寂れた所にいたせいか、ビル街の明かりをやたらと眩しく感じる。たまに独りで行くラーメン屋か、チェーンの焼鳥屋か迷って、好きなものを注文できる焼鳥屋に向かうことにした。
少し歩いて行くと、見慣れた看板が見えてきた。
「栗谷さん、鶏肉食べれないとかないですよね」
「ふっふっふ。私は嫌いなものが無いのが一番の取り柄なのですよ。お腹空いたから、ちょっと多めに頼んじゃうかもだけど、いいかなぁ」
「別に問題ないですよ。ちょっとくらい多めに頼んでも、ここならリーズナブルですし」
自動ドアは俺たちを歓迎した。店に入ると、すぐに店員の大学生風の男が、大股で歩いてくる。
「2名様ですね。こちらへどうぞ」
通されたのは、4人用のテーブルだった。はっきりとした木目の入った分厚い木のテーブルの上に、注文用のタブレットが置かれている。ベンチシートに座り、手拭きでしっかりと手を拭った後、タブレットの画面に触れ、品書きを眺める。
「とりあえず、ももと、かわ、つくね、かなぁ。あと、ドリンクは角ハイボールにしようかな」
「一応聞いときますけど、栗谷さんは二十歳以上なんですよね」
「当たり前でしょ。私はもう23だよ。まだ大学生なんだけどね。あっ、もしかして10代に見えるって? もー、照れるわー」
別にそこまで言ってないが、そうかそうか。うーん。この話は踏み込まない方が良さそうだ。これ以上、彼女の個人情報は必要ないだろう。俺は彼女と同じものにプラスしてもう何本か串を選んで、キャベツ盛と唐揚げも注文した。ついでに俺もハイボールにした。
注文した料理が続々と運ばれてきた。ハイボールのジョッキを持ち、何の乾杯か分からないが、乾杯する。
栗谷さんは喉が渇いていたのか、食べ物より先にハイボールで喉を潤し、幸せそうな笑顔に変わる。コロコロと変わる表情に全部、意味があるように見える。俺とは違う世界にいる人のような気がした。
「それで、吉田くんは普段は何やってる人なの?」
栗谷さんはどこぞの司令官のごとく、組んだ両手の上に顎を乗せて、俺の個人情報の領域に踏み込んでくる。まあ、俺の情報の値打ちなんてどうでもいいか。
「俺は……平日は大学で事務やってます」
「へぇー、あの、窓口の向こう側にいる人ってこと?」
「そうですよ。派遣なんで大した仕事じゃないですけど」
「なんか面白そう。どこの大学?」
「……都内のどっかです」
大学名までは聞いてくれるな、という暗黙の意思を示す。これはちゃんと届いたようで、追い討ちで聞いてくることはなかった。彼女の在籍する大学も聞かないし、俺の働く大学も教えない。これでいいと思う。
最初に注文した串では少し足らず、お互いにもう何本か注文して、全部を食べ終わる頃には腹は一杯になっていた。栗谷さんは、顔が少し赤らんだが、酔っ払うほどでもなく、推しのバンドの新曲がどんな風にミックスされているかについて、熱弁をふるっていた。俺は多分少し酔っていたのだろう。それを前のめりで聞いて、言葉のひとつひとつに大げさなリアクションをしていた。
「はー。やっぱりたくさん食べちゃった。ごめんね、本当に奢ってもらって大丈夫だった?」
「こういう時のために日雇いもやってるって感じなんで、大丈夫ですよ。結構、遅い時間になったけど、送らなくてもいいんですか」
「あら、紳士なこと言うじゃない。でも結構です。もう大人なんで、ひとりで帰れますよーだ」
栗谷さんは相変わらずの笑顔で返してくる。駅の東口まで一緒に歩く。心なしか、それほど顔を近付けてこなくなった。これくらいの距離感が俺には心地良く思えた。駅に着くと、彼女は小さく手を振って離れていく。
「じゃあ、今日は楽しかったよ。さよなら」
「俺も、色々ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。久しぶりにお腹一杯まで食べちゃった」
もう一度小さく、じゃあ、と言って彼女は改札に向かう。俺がそのまま彼女の背中を見ていると、彼女は立ち止まり、こちらへ振り向いた。何かを思い出したような表情をしている。
「ねえ」
そう短く呟き、口を閉じてにこりとする。
「はい」
俺もなぜか短く返してしまう。
「……またね」
そう言った後の彼女の表情は、なんだか影のある微笑みに見えた。俺がぼうっとして黙っていると、彼女は続ける。
「またね、って言ったら、またね、って言って欲しいな」
なんだそんなことか、と思ったけど、なぜかその言葉が口から上手く出てこない。照れくさいのか、それとも、もう会う気なんて無いからだろうか。
「言って」
「……ま、またね」
俺が言葉を振り絞ると、彼女は煌めくような笑顔に変わった。
「ありがと」
最後にそう言って、今度こそ本当に改札の向こう側へ消えていった。
俺は呆然として、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ひとり呟く。グッバイ。
彼女が俺のアパートの部屋に残していった物は、歯ブラシやトリートメント、旅先で買った何に使うか分からない月のオブジェ。あと何かあったかな。とりあえず目に映る、いらない物をごみ袋に入れていく。
またも呟く。グッバイ。
何度目だろうか。甲斐性がないのは、自分が一番よく知ってる。だからもう28になるのに派遣社員で食い繋いでるし、趣味だって、ソシャゲくらいしかやってない。ソシャゲを趣味っていうのかも分からない。誰かと付き合っても続かない。同棲しても、俺が彼女のいる生活に飽きてしまい、気付けばまたひとり暮らしになっている。
このまま、ダラダラと生きて、歳を取って、ひとり寂しく死んでいくんじゃなかろうかと思う。ごみ袋に彼女の物を入れる度、自分の心の一欠片が剥がれていくような気がする。俺はどうして長続きしないんだろう。恋も、仕事も、人間関係も。
口を縛ったごみ袋をベランダに投げ捨て、自虐的な笑みを浮かべる。外は雨。今日は土曜日だが、副業となる日雇いの仕事を入れている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
電車で1時間、仕事でもなければ一生訪れることのない、寂れた街に下りる。駅には屋根も無い。改札を抜け、折り畳み傘をさして、スマホの画面で地図を見ながら現場へ向かう。
早めの電車に乗ってきたから、集合時間の30分前に現場に到着してしまった。到着したら、リーダーとして指定されている人の電話番号に連絡する必要がある。SMSでもいいらしいが、俺のスマホの契約だとSMSは有料、通話が10分まで無料だから、電話をかけることにした。
3コールで相手が電話に出る。
「はい、栗谷ほまれで……あっ、またフルネームで名乗っちゃった。えへ」
えへって。電話に出るなりハイテンションの声に驚いて、俺が黙ってしまうと、声の主が続けた。
「今日のメンバーの方ですよね。私、もう現場にいるんですけど、到着の連絡ですか?」
「えっ、あ、はい。俺も、もう現場にいるんですけど」
俺は後ろから肩を軽く叩かれる。振り向くと、目の前にスマホを耳に当てた女の人の顔があって、また驚く。距離、近くね?
少し後退り、スマホの画面の終話ボタンをタップした。
肩まで伸びる茶色がかった髪、デニムの動きやすそうなパンツに、日雇いの会社名が白字で入った黒いTシャツ。なんだか仕事ができそうな出で立ちに見える。
「リーダーの栗谷です。ここは初めてですか?」
「はい。……多分、ここは今日だけだと思いますけど、よろしくお願いします」
「まだ集合時間まで時間あるし、あと10人くらい来るから、その辺に座って待っててくださいね」
そう言って、栗谷さんはにこりと笑い、少し離れたところの集団の方へ駆けて行く。
集団は女の人ばかり5人で、今のところ男は俺だけみたいだ。日雇いの現場によっては、力仕事でない限り、女性ばかりの場合も多い。少なくとも俺の経験では、そうだ。所在なげに雨を凌げる場所を探し、濡れていないコンクリートブロックの上に座った。
集合時間を過ぎる頃には、結構な大所帯になっていた。男は数人いるが、俺よりも若い、大学生くらいの子ばかりだ。そりゃそうか、日雇いに来る男なんて、訳ありか大学生くらいだろうなと勝手に納得する。女の人たちは、若い人から、わりと年配の人まで、髪の色も含めてバラエティに富んでいる。俺も含め男たちの個性の無さに少し悲しくなった。
栗谷さんの号令で、全員が倉庫の中に入る。倉庫は大きなプレハブで、床のコンクリートと高い屋根のせいか、雨が降っている外よりも、幾分かひんやりとしている。何と言うか、温もりを感じられない空間だ。
現場の責任者っぽい、厳つい顔の男がフォークリフトから降りる。栗谷さんに何かのリストが書かれた紙を渡して、日雇い人員を見回す。
「点呼が終わったら、経験者はこっち。初めての人はあっち。荷物はあそこ。よろしく」
ぶっきらぼうに指差しながら大きな声で指示を出すと、さっさとフォークリフトに乗って奥へ行ってしまった。栗谷さんがひとりずつ名前を読み上げ、返事のあったタイミングで紙にチェックを付けていく。名前を呼ばれた人たちは、それぞれ荷物を指定された場所に置き、持ち場に散っていった。
俺は最後に名前を呼ばれた。はい、と返事をして、皆と同じ場所にバックパックを置き、初めての人ゾーンに向かおうとすると、栗谷さんに声を掛けられた。彼女は周りに聴こえないよう小さな声で注意をしてきた。
「財布とかの貴重品は、持っておいた方がいいですよ」
「あ、じゃあそうします。そうか、そうですよね」
俺はバックパックから財布とスマホを取り出し、ズボンのポケットに収める。おそらく、盗まれただの何だのと騒ぎになるのを避けるためだろう。でも、どうして俺が貴重品をバックパックに入れていたことが分かったんだろう。透視能力でも持ってるのだろうか?
厳つい男は佐藤と名乗った。佐藤さんが未経験者に作業の説明をする。
ベルトコンベアの端に冊子が積まれていて、それを1冊ずつベルトコンベアに流す人がひとり。流れて来た冊子に住所や名前の書かれた紙を置く人がひとり。さらに、何かのグラフや情報入りの分厚い紙を冊子に挟む人がひとり。最後に、冊子を上に乗った紙ごとロゴ入りの袋に詰める人がひとり。
単純作業だが、最初に乗せる紙と、冊子に挟む紙は必ず同じ人の情報になるため、冊子が全て流れ切った時には、絶対にどちらの紙も使い切っていなければならないということだった。俺は、最初か最後の役だと、気が楽で良いなと思った。佐藤さんは、適当に配置を振り分けていく。俺は残念ながら紙を置く係に任命されてしまった。
それぞれの人員が配置に着くと、すぐに作業開始だ。冊子がベルトコンベアに置かれ、ゆっくりと進んでいく。俺は一番上から紙を取り、住所や名前が印字された面を上にして冊子に置く。これだけの作業で、またゆっくりと流れてくる冊子を待つ。さすがに遅すぎるように感じたが、逆に早いとトチりそうなので、手をパタパタと動かしながら、我慢して次の冊子を待つ。
見渡す限りプレハブの中に時計は無いし、作業中はスマホを見ることもできないので、どれくらい時間が経ったか分からない。そういえば、誰もトイレに行こうとはしないが、もし行きたくなったらどうすればいいのだろうか。そんなことを考えながら、冊子が流れてくるたびに紙を取って、置くという単縦作業を繰り返していく。やがて、冊子をベルトコンベアに置く役の人が手を挙げ、佐藤さんに作業完了を知らせる。
俺は最後の紙を冊子の上に置いた、つもりだったが、紙がもう1枚残っていることに気付いた。横の、もう1枚の分厚い紙を冊子に挟む係を見ると、ちょうど最後の1枚を取り上げて挟むところだった。俺の心臓の鼓動が大きくなる。佐藤さんが通りがかり、俺の台に紙が残っているのを見つけた。
「おい! 何で1枚残ってるんだ!」
他のレーンのメンバーたちが一斉に、ぎょっとした表情で俺の方を向き、すぐに自分たちの作業に戻る。俺は言葉が出てこず、ただ背中に冷や汗を流す。言い逃れのできない状況に陥った経験は数あれど、対処方法はひとつしかない。
「申し訳ございません!」
怒られる前に謝る。本職で似たようなことがあった時もよく使う手口だ。こういう時、下手に言い訳をし始めたりすると、さらに炎上することがある。紙が元々1枚多かったのでは、なんて言おうものなら、大クレームになるかもしれない。佐藤さんは残った1枚に住所と名前が印字されていることを確かめて、大声を放つ。
「栗谷ィ!」
「はい!」
栗谷さんが呼ばれ、こちらに全速力で走ってくる。茶色がかった髪が激しく揺れる。表情は硬く、何かを噛み潰したように口をへの字に曲げている。
「リーダーとこいつで、このレーンの冊子全部開けて点検しろ! すぐにやれ!」
「かしこまりました! 申し訳ございません!」
佐藤さんは俺の顔を一瞥すると、舌打ちして去って行った。栗谷さんが俺の肩をポンと叩き、何も言わずに冊子のひと山の横に屈む。俺もその横に屈み、ちらりと彼女の顔を見る。彼女はこちらを向いていて、目が潤んでいるように見えた。震える小さい声で呟く。
「怖かったね。やっぱり男の人に怒鳴られるの苦手かも」
そう言って、少し微笑む。俺に文句を言わないんだなと思って、自ら謝罪の意思を示すことにした。
「すいませんでした。でも……」
俺の唇に、彼女の人差し指が軽く触れる。
「作業しよう。言い訳は後で聞いてあげるからさ。最後のから順番に差し替えていこう」
栗谷さんは、鼻をすすると、積まれた冊子を一番上から取り出して、冊子に挟まれた情報と、冊子の上に乗った紙の情報を照合する。残念ながら、全部1枚ずつズレている。俺は、元々乗せてあった紙を袋から取り出して、余った1枚を差し替える。栗谷さんが挟まれている方の紙に印字された名前を読み上げ、俺は、渡された冊子の上の紙の名前を確認しながら差し替えていく。
体感で1時間くらいかかっただろうか。その作業をひたすら続け、ようやく、何も紙が乗っていない冊子が見つかった。結局、俺のミスだった。冊子に別の紙を挟む係が気付けばいいのにとも思ったが、そもそも俺がミスしなければ良かっただけだ。言い訳のしようがない。
見つかった問題の袋に、正しい情報の紙を乗せて、修正作業は完了した。念のために、続けて何冊か確認し、問題ないことが分かると、栗谷さんは佐藤さんの元へ報告に走って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作業は昼休みの1時間を挟み、午後5時まで続いた。俺はめちゃくちゃ慎重に紙を取り上げて、冊子に置いていった。最後の1枚を処理した時、大きく息を吐いた。間抜けなチャイムが鳴り、作業の終了を告げた。
プレハブの倉庫から出ると、午後3時ごろまで降り続いていた雨はすっかり止んでいた。
皆、道路に出ると、それぞれの帰路につく。俺も駅へ向かい、ズボンのポケットに手を突っ込んで猫背で歩いていく。アパートの冷蔵庫の中に何があったか思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。まだ、午前中の失敗を引き摺っているのかも知れない。
「ちょっと待って! えっと、吉田くんだっけ?」
後ろから栗谷さんが走り寄ってくる。明らかに二十歳くらいに見えるので、俺を「くん」付けで呼ぶのには違和感があった。でも、まあ、もう会うこともないだろうし、別にいいか。彼女は振り返った俺の前で立ち止まる。
「なんか、クレームとかですか?」
「えっ、違うよ。佐藤さんは、ミスしてもちゃんと直せばそれ以上何も言わないから」
じゃあ何の用ですか。いや、違うな。午前中に思いっきり迷惑かけたし、もっと丁寧に対応するべきだろう。どうやって返答しようか迷っていると、栗谷さんが続ける。
「こっちの道に行くのが君だけだったから、一緒に帰ろうと思って」
「あー、駅に行くんですけど、最短の道が分からないから、適当に歩いてます」
「そうなんだ。私はいつもこの道で駅まで戻ってたから、これが最短だと思ってたよ」
特に了承するでもなく、栗谷さんは勝手に横並びで歩き始める。助けてもらったし、拒否するのも悪いかと思い、そのまま歩き続ける。特に話すことはなくて、俺は無言を貫こうとする。しばらくして、彼女が俺の顔を覗いて話し始める。顔が近いんだよなぁ。
「もしかして、まだミスの事、引き摺ってる?」
「そうスね。本職では最近、あんな分かりやすいミスはしないんで。結構、へこんだかも知れないです」
「失敗しない人なんていないよ。ここじゃないけど、私も前にもっと酷いミスして、一時期、日雇いの仕事を紹介してもらえなかったんだから」
「そうなんですか。じゃあ、あんまり深刻に考えないようにします」
「それでいいと思うよ。うん」
懸命な励ましにあいながら駅に到着し、帰りの電車を待つ。栗谷さんと話していると、どうしてもさっきの仕事の事を思い出して、心が抉られる気がする。なんならひとりで帰った方が良かったなとも思った。
「吉田くんは、どこまで?」
「志木で降ります。栗谷さんもそっち方面ですか」
「うん。私はもうちょっと先まで行くけど、同じ方向だね」
相変わらず、顔が近い。パーソナルスペースが狭い人間は、他にも知っている。だけど、こういう態度は基本的に苦手だ。親しくなった後ならいいと思うけど、きっと彼女は誰にでもこんな感じなのだろう。こういうのを八方美人って言うんだろうか。
俺と栗谷さんは、普通電車に乗る。夕方の電車はそこそこ混んでいて、座れる場所は無さそうだ。吊り革につかまり揺られていると、彼女がまた顔を近付けて言う。
「ねぇ、ご飯食べて帰ろうか」
「うーんと、まあいいですよ。ミスのお詫びに奢りますよ」
栗谷さんはぷくっと頬を膨らませて、俺の言葉に反応する。
「別に奢ってもらいたくて誘ったんじゃないよ。明日は日曜日だから、ちょっと遅くなってもいいかなと思っただけ」
「じゃあ、割り勘で」
彼女は少し考え、にこりと笑顔になって言う。
「ごめん、やっぱり奢ってもらおうかな。今月あんまりお金ないから」
どっちだよ。俺の文句言われ損じゃないか。俺が頬を膨らましたいよ。
ともあれ、1時間ほど電車に揺られていると、いつもの駅が姿を現す。
「俺はここで降りるんですけど、どうしますか」
「もちろん、私も降りるよ。どこでご飯食べようか」
電車を降りて、改札を通り、東口から出る。さっきまで寂れた所にいたせいか、ビル街の明かりをやたらと眩しく感じる。たまに独りで行くラーメン屋か、チェーンの焼鳥屋か迷って、好きなものを注文できる焼鳥屋に向かうことにした。
少し歩いて行くと、見慣れた看板が見えてきた。
「栗谷さん、鶏肉食べれないとかないですよね」
「ふっふっふ。私は嫌いなものが無いのが一番の取り柄なのですよ。お腹空いたから、ちょっと多めに頼んじゃうかもだけど、いいかなぁ」
「別に問題ないですよ。ちょっとくらい多めに頼んでも、ここならリーズナブルですし」
自動ドアは俺たちを歓迎した。店に入ると、すぐに店員の大学生風の男が、大股で歩いてくる。
「2名様ですね。こちらへどうぞ」
通されたのは、4人用のテーブルだった。はっきりとした木目の入った分厚い木のテーブルの上に、注文用のタブレットが置かれている。ベンチシートに座り、手拭きでしっかりと手を拭った後、タブレットの画面に触れ、品書きを眺める。
「とりあえず、ももと、かわ、つくね、かなぁ。あと、ドリンクは角ハイボールにしようかな」
「一応聞いときますけど、栗谷さんは二十歳以上なんですよね」
「当たり前でしょ。私はもう23だよ。まだ大学生なんだけどね。あっ、もしかして10代に見えるって? もー、照れるわー」
別にそこまで言ってないが、そうかそうか。うーん。この話は踏み込まない方が良さそうだ。これ以上、彼女の個人情報は必要ないだろう。俺は彼女と同じものにプラスしてもう何本か串を選んで、キャベツ盛と唐揚げも注文した。ついでに俺もハイボールにした。
注文した料理が続々と運ばれてきた。ハイボールのジョッキを持ち、何の乾杯か分からないが、乾杯する。
栗谷さんは喉が渇いていたのか、食べ物より先にハイボールで喉を潤し、幸せそうな笑顔に変わる。コロコロと変わる表情に全部、意味があるように見える。俺とは違う世界にいる人のような気がした。
「それで、吉田くんは普段は何やってる人なの?」
栗谷さんはどこぞの司令官のごとく、組んだ両手の上に顎を乗せて、俺の個人情報の領域に踏み込んでくる。まあ、俺の情報の値打ちなんてどうでもいいか。
「俺は……平日は大学で事務やってます」
「へぇー、あの、窓口の向こう側にいる人ってこと?」
「そうですよ。派遣なんで大した仕事じゃないですけど」
「なんか面白そう。どこの大学?」
「……都内のどっかです」
大学名までは聞いてくれるな、という暗黙の意思を示す。これはちゃんと届いたようで、追い討ちで聞いてくることはなかった。彼女の在籍する大学も聞かないし、俺の働く大学も教えない。これでいいと思う。
最初に注文した串では少し足らず、お互いにもう何本か注文して、全部を食べ終わる頃には腹は一杯になっていた。栗谷さんは、顔が少し赤らんだが、酔っ払うほどでもなく、推しのバンドの新曲がどんな風にミックスされているかについて、熱弁をふるっていた。俺は多分少し酔っていたのだろう。それを前のめりで聞いて、言葉のひとつひとつに大げさなリアクションをしていた。
「はー。やっぱりたくさん食べちゃった。ごめんね、本当に奢ってもらって大丈夫だった?」
「こういう時のために日雇いもやってるって感じなんで、大丈夫ですよ。結構、遅い時間になったけど、送らなくてもいいんですか」
「あら、紳士なこと言うじゃない。でも結構です。もう大人なんで、ひとりで帰れますよーだ」
栗谷さんは相変わらずの笑顔で返してくる。駅の東口まで一緒に歩く。心なしか、それほど顔を近付けてこなくなった。これくらいの距離感が俺には心地良く思えた。駅に着くと、彼女は小さく手を振って離れていく。
「じゃあ、今日は楽しかったよ。さよなら」
「俺も、色々ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。久しぶりにお腹一杯まで食べちゃった」
もう一度小さく、じゃあ、と言って彼女は改札に向かう。俺がそのまま彼女の背中を見ていると、彼女は立ち止まり、こちらへ振り向いた。何かを思い出したような表情をしている。
「ねえ」
そう短く呟き、口を閉じてにこりとする。
「はい」
俺もなぜか短く返してしまう。
「……またね」
そう言った後の彼女の表情は、なんだか影のある微笑みに見えた。俺がぼうっとして黙っていると、彼女は続ける。
「またね、って言ったら、またね、って言って欲しいな」
なんだそんなことか、と思ったけど、なぜかその言葉が口から上手く出てこない。照れくさいのか、それとも、もう会う気なんて無いからだろうか。
「言って」
「……ま、またね」
俺が言葉を振り絞ると、彼女は煌めくような笑顔に変わった。
「ありがと」
最後にそう言って、今度こそ本当に改札の向こう側へ消えていった。
俺は呆然として、しばらくその場に立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
平凡だった令嬢は捨てられた後に覚醒する 〜婚約破棄されたので、無敵の力で国を救います〜
(笑)
恋愛
婚約者である王太子アランに突然婚約破棄を告げられ、全てを失った貴族令嬢リディア。しかし、それをきっかけに彼女は自らに宿っていた強大な力に目覚める。周囲から冷遇され、孤立した彼女だったが、新たな力を手にしたことで、過去の自分から脱却し、未来に向かって歩き出す決意を固める。
一方で、王宮内には不穏な陰謀が渦巻いていた。アランの婚約者となったセリアが王国を掌握しようと暗躍していることを知ったリディアは、王国を守るために戦うことを決意。自らの新たな力を駆使し、陰謀に立ち向かうリディアの成長と戦いが描かれる物語です。
強大な魔法を持つリディアが、王宮に潜む陰謀を暴き、自分自身の未来を切り開いていく壮大な物語が、ここに始まります。
星空のペルソナ
uribou
恋愛
物語の舞台は、地方の小さな町にある高校。主人公は、高校3年生の男子、颯太(そうた)。颯太は人付き合いが苦手で、少し控えめな性格。そんな彼の唯一の楽しみは、夜に自宅の屋根に寝転んで星空を眺めること。
ある日、町に転校生がやって来た。彼女の名前は莉奈(りな)。都会から引っ越してきた彼女は、颯太とは正反対で明るく社交的。クラスの中心になって友達を作るのが得意だった。そんな莉奈は、偶然颯太が星について詳しいことを知り、興味を持つ。「私、夜空の星を写真に撮るのが好きなの。でも、星の名前とか全然知らなくて…よかったら教えてくれない?」と、颯太に話しかける。最初、戸惑った颯太だったが、彼女の純粋な好奇心に押されて一緒に星を見ることに。夜の屋上で、二人は星座を探しながら様々な話をするようになる。莉奈は、自分が都会で何かと期待に応えなければいけないプレッシャーから逃れるために引っ越してきたことを打ち明ける。颯太も、自分の内向的な性格に葛藤していることを莉奈に話す。二人は互いの悩みや夢を共有し、お互いの存在がだんだんと大切なものになっていく。やがて、颯太は莉奈と一緒にいることで自身を少しずつ表現する勇気を持つようになり、莉奈は颯太のおかげで自分のペースで生きることを学ぶ。
文化祭や体育祭といった学校行事を通して、二人の距離はますます縮まっていく。颯太はある夜の星空の下で、莉奈に「君のことが好きだ」と静かに告白する。莉奈もまた、「私も、颯太と一緒にいるときが一番幸せ」と応える。
婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する
アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。
しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。
理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で
政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。
そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
うちの座敷童さんがセマ逃げするんだけど、どうすればいい?
小雨路 あんづ
恋愛
「長男以外の子どもは十六歳で家を出る」
そんな廃れたしきたりによって家から追い出されたあたし。
一人暮らしするはずだった一軒家で、三つ指ついて出迎えてくれたのは、なんと「座敷童」を名乗る青年だった。
これは男嫌いのあたし(女子高生)が日常を過ごしていく中で、座敷童の青年(女装趣味)と恋を育んでいく物語ーーーと見せかけた、女装で迫る座敷童をイケメンパンチで返り討ちにする話である。
原稿用紙4〜9枚で綴る、そんなふたりの短編集です。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
幼い頃から家族に忌み嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる